停滞4

 かっはっは、とクロが笑う。俺、がっくりする。


「何かと思えば――目標の数が増えただけじゃないかよ」


「そういう反応をするかもしれないから、拙者は黙っておったのだ」


「ふん。で? どうやってわかったんだ?」


「拙者の鼻と耳とヒゲの効きが強くなった。猫になっていく過程のことだろうが、これはこれで役に立つ。前よりも〈刻駕〉の大体の場所がわかるようになったぞ」


 クロは耳をくるくると回し、ヒゲをひくつかせた。

 俺は尾を左右に振りつつ、


「それは――確かにいいな。でも、三つに増えたってのがなぁ」


「まさしく難問だ。だが安心せい。元々は一つだった物。互いに呼び合う力が働き、いつか一堂に会することが起こる可能性が高い」


「どういうことだよ、それは」


「物が人を操り、場所を移動するのだ。それくらいに魔剣の力は優れている。〈刻駕こくが〉は一つになるために、近いうちに集まることが予想される」


「じゃあ、そのタイミングを狙って――」


「さもあらん。〈刻駕〉を手にする。だがその前に、一つ、悪い因子も存在する」


「ブチかよ」


 察して言った俺に、クロは大きく頷いた。


「そうだ。お主もわかってきたではないか。小渕小判おぶちこばんもまた、〈刻駕〉を感じる能力を有していると容易に想像できる。もし、もしだ。あやつが、〈刻駕〉復活の時を知り、場所に居合わせたら、どうなる?」


「奪われる危険性大。でもって俺たちは皆終わり」


「そうだ。〈刻駕〉を手に入れた小渕は、じきにこの世を破壊しはじめるであろう。なので、捜索作業は慎重の上にも慎重を重ねてしなければなるまいな」


「わかったよ。俺にできることなら、何でもするよ」


「おお。お主もとうとう自覚が芽生えたか。よいではないか、よいではないか」


 ぐあっはっは、とクロが笑った。

 隣家の窓に明りが点いた。多分、蜂須賀はちすかが帰ってきたのだろう。手早く話を終わらせる必要がありそうだ。


「俺のほうはどうすればいい? 何かアドバイスはあるのか」


「お主のほうか。そうか、珊瑚さんご殿の周りに今日一日、小渕はおらなんだか。普通なら、明日も様子をうかがって尾行するのが――」


「駄目だ」


 俺は踏切遮断機のようにクロの台詞を遮った。


「時間がない。もっと突っ込んだ探し方が必要だと思う」


「ほう。申して見よ」


「今日、ブチの野郎は全然姿を見せなかった。あんな風にいかれちまって、珊瑚に狂っている奴が、影も形も見せないということは、多分理由があるんだ」


「ふむ」


「考えたくもないことだが、あいつはきっと、もうすでに珊瑚の家に住んでいるんだ。珊瑚と一緒に暮らし、珊瑚の持ち物に囲まれて酩酊めいてい状態におちいっているから、珊瑚の後をつけてまで学校に来る必要がないんだ。珊瑚の家の先住猫っていうのは、要するにブチのことなんだよ」


 クロがヒゲをぴんと前に立てた。瞳孔が開き、眼がきらきらと輝いている。


「お主、やるではないか。でかしたぞ」


 俺は腕組みをする代わりに、ぐん、と胸を反らし、


「まあ、俺もやるときゃやる男だからな。だが問題がある。どうやって珊瑚の家に忍び込み、奴をたおすかだ」


「あのの窓を割って、侵入すれば簡単ではないか」


「駄目! 絶対に駄ー目! 珊瑚の家のものを壊すなんてもってのほか! ガラス一枚割るのも禁止だ!」


「じゃあどうするのだ。中に忍び込まねば、状況を探ることさえ困難だぞ。特にこの令和の家は、密閉性が高いからの。猫一匹もぐり込めん」


「それは――そうだが」


 俺はまたしてもうなだれる。今少し冴えているように思えたが、これでネタ切れになってしまうのだろうか。

 空には月が浮かび、星のない空で独り輝いている。昨日よりも少し欠けているようだ。

 早くしろ。そうしないと、間に合わなくなる。

 靴音が聞こえた。

 聞き覚えのあるパターンだった。そうだ。ここ数日で憶えた脚運びだ。

 俺は草叢くさむらから道を覗いた。

 やはりだった。花連かれんがこつこつと夜道を歩いていた。

 俺は草叢を抜け出し、後を追う。花連は俺には気づかぬ様子で何ブロックか進んでいくと、珊瑚の家を臨める路地に立った。

 彼女はそのまま少しじっとして、二階の灯りを見ていたが、また靴音を響かせて去って行った。


「――そうか。わかった」


 俺は言った。


「いい考えを思いついたよ、クロ」

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