龍王の丘

 おかあさんが丘の下から呼んでいます。

「あなたたちまだそこにいるの~?濡れたんじゃないの~?」


「は~い もう少ししたら下りるよ~」

   

 そこへさきほどのおじいちゃんが丘の小道をやってきました。


「あんたたちまだおったんかい?雨で濡れたんじゃないかい?」


「私たちなら大丈夫だよ。それよりこの丘の伝説っておじいちゃんは知ってるの?弥生の女王が植えた桜だって聞いたけど」


「そうじゃよ 大桜は弥生の女王が植えたもんじゃと聞いとる。それから祠にはこの大桜と村を守る龍神さまを祭ってあるんじゃ」


「それ以外は?」


「それ以外はよく知らんな。そうそう丘に雲がかかったときは龍神さまが下りてきておるから誰も丘には近寄らんことになっておる。じゃからだれも龍神さまを見た者はおらん。今も真っ黒い雲がかかっておったが龍神さまは下りってこんかったかな」


「・・・・」

 ふたりは無言で顔を見合わせました。


「それからなあ、昔のまた昔にたった一夜で丘の形が今のお椀型に変わったとの話もあるそうじゃが昔のことでようわからんわ はっはっは」


「・・・」

 また顏を見合わせる二人でした。 


 大桜を見上げながらおじいちゃんの話が続きます。


「この丘はなあ、なぜか昔より「龍王の丘」と呼ばれておるのじゃ。

 役場の地籍簿にもそう書いてある。しかし誰としてその由来は知らんのじゃ。じゃがよう考えてみい。わしが思うに龍とは龍神様のことじゃ。王とはこの大桜を植えた弥生の女王様のことじゃろう。じゃからここは龍王なんじゃ。そう思うとる。ええ名前じゃのう。じゃからここ吉念寺の村人はこの丘を信仰の対象として代々大切にしてきたんじゃ」


「そうなん この丘は龍王っていう地名なの いい名前だね」

 りんがうなずきます。


「私もこの場所にふさわしい地名だと思います」

 夏も納得したように答えました。


「あんたたちに言い伝えを教えたのはこの村の子孫じゃからじゃ。この村もすっかり過疎の村になってしもうて今では数人の年寄りしかおらんようになった。

 この龍王の丘の大桜はあんたたちが守るんじゃぞ。なっ!頼むぞ」


 おじいちゃんはそういうと丘を後にしてふもとへと下りて行きました。


「あのおじいちゃんもゆきのお墓のことは知らないようだね」

 りんがぽつりと言いました。


「うん。そうみたいだね」

 夏もおじいちゃんの遠ざかる後姿を見つめながら思いました。


「あなたたちもう日暮れだよ。いつまでそこにいるの~!」

 またおかあさんが丘の下から呼んでいます。


「は~い お腹空いたから下りま~す」

 二人は今日初めて知った、ゆきのお墓に合掌するとすっかり夕暮れになった大桜の丘を下りていきました。雷雨でびしょ濡れになったはずなのに衣服はもうすっかり乾いています。


「一番星見っけ!あれ金星だよね。宵の明星って言うんだよね」

 帰りはりんがダッシュします。


「濡れてるから滑るよ~」

 笑いながら夏が追います。


                ♬ サトウキビ畑(森山良子)


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