2.押しかけ
チャイムを鳴らすと、馴染みの家政婦さんが出て来た。
「城山ですが……ああ、澪ちゃんなら病院から帰ってお部屋に」
「病院? どうかしたんですか?」
「朝からちょっと……。
もう私では手に負えなかったの。
話してあげて」
家政婦さんの潤んだ瞳で見つめられ、頷いた。
「教えてください。彼女に何が起こっているのか」
「澪ちゃんはまだ自分の状態を受け入れていなくて」
自宅の長い廊下を歩いていくと重厚なドアが見えた。
「澪ちゃん? 亜美ちゃんが来ているわ」
中から澪の声がする。聞いたことがないくらい愛想がない声だ。
「体調が悪いの。帰ってもらって」
「今日来るって言ったよね。何で会ってくれないの?」
沈黙の後、か細い了解があった。
家政婦さんによろしくと任されて、
私は緊張しながら重みのあるドアを押し開けた。
「え?」
眼に入ってきたのはベッドに腰かけ、身動き一つしない彼女だった。
半袖の薄い洋服を着ているから変化は一目了然。
かなり痩せたようで、
元々細かった腕がそれで折れないのかと思うほど細い。
眼には黒い眼帯があった。
電話で話はするものの、
最後に会ったのは終業式の七月半ば。
変化なんて分からなかった。
「なんでそんなカッコしているの?」
澪は口元を引き上げて笑った。
「言ってなかったね。
私、この通り病気になっちゃって。
ママとパパとも話して、転校することにしたの」
彼女の声は夢で聞こえたように震えていた。
通信制の場所に編入ということにして、
勉学できそうならばやるというが、
今のところは療養に専念することなのだという。
今ならはっきりと分かる。
不安でたまらないのだと。
「約束は守れなくなりそうだよ」
その言葉に私の目から涙がこぼれた。
高校で同じクラスになり、意気投合して約束した。
私達で最高の作品を作ろうね。と
「今は約束より」
「わたしさ、生まれつき視力は強いほうじゃなくて。
いつかこうなるかも知れないって医者に言われてた。
夏休み前にね、亜美と話していた時に視界が暗くなったことがあった。
それから段々と酷くなって。
だから専門の学校に転校するの」
「私に言わなかったのはなんで?」
覆われていた澪の目から涙が溢れ出す。
「亜美はいいよね。生まれてから病院にかかったことない健康体だもんね」
澪自身も持て余していたドロドロした感情。
「……たとえ病気でも」
「出来る事はあるって? そうかもしない。
漫画なら表情で表現できたかもしれない。
けどイラストは違う。
どんなに人に頼んでも微妙な表情の変化を描けない!」
漫画と挿絵。
似ている分野であるからこその微々たる違いと表現できない苛立ちに本人もどうすることもできないのだ。
私と澪の立場はそれほど違いはないと知ってほしいから。
出来る事はきっとある。
「私だってどう伏線を張って、どういかすか目で見れないのは変わらない。人に言葉で言ったって書かなきゃ私には意味がない。
パソコンの配列を覚えて打っても完成品が見れなきゃ意味がないの」
澪は茫然と私を見た。
「……同じなの? じゃ、どうすればいい?
まだ左目だけだから平気。
でも右目だってかかるかもしれない。
薬を飲んでも進行をおさえるだけ治療法なんて見つかってない」
一気に噴き出した絶望と不安。
私は一瞬迷う。
かける言葉がこれでいいのかどうか。
でも澪があきらめても私だけは前を向いて励ましてあげたいと強く願った。
「こう言ってるけど私がそうなったら手段なんて考えないよ。
ただ突っ走るだけ。
でも絵の場合となると私は解決方法を知らない。
澪は見えなくなる可能性があれば辞めるの?」
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