英雄ですが、人間不信になったので魔王を愛することに決めました

４４．刀使いマサラ

「なんだか白けちまったな……

　そういえば自己紹介もしてなかったな、俺の名はアイオン。

　おまえは？」

　ラースたちの乱入により、出鼻を挫かれた（くじかれた）アイオンは、目の前にいる大剣をもった大きな男に話しかけた。

「ふぅ、なんだかこちらもすまなかった。

　俺の名はバルト。

　最近まで帝国騎士団の騎士団長をしていた」

「帝国騎士団……

　バルト……

　まさか……

　剣聖バルトなのか！？」

「そんな風に呼ばれたこともあるな」

　アイオンは驚愕（きょうがく）していた。

剣聖バルトこそ、自分が最初に師事したいと考えていたその人物なのだった。

「剣聖バルト。

　勇者アイオンが一騎打ちを所望します」

「受けて立つ。

　ラース、次は邪魔するなよ」

「師匠も手出し無用です！」

　アイオンは聖剣（アーク）を、バルトは大剣（ムスペル）を。

互いに剣をしっかりと握りしめ、睨み合った。

最初に動いたのは、バルト。

バルトはその巨体を生かした体重を乗せた一撃でアイオンに斬りかかった。

「そんなものですか？」

　アイオンはその一撃を何もなかったかのように受け流し、返す刀でバルトの首を狩りにいった。

しかし聖剣（アーク）が首に触れることはなかった、バルトは自身の斬撃の勢いのままに前方に回転して回避していた。

　​反撃の為に立ち上がろうとすると、失敗して転んでしまった。

そして気が付く。

体を支えるはずの足が一本足りなかったのである。

「剣聖ってこの程度だったのか……」

　バルトの眉間には、いつの間にか聖剣（アーク）が添えられていた。

「ば、ばかな……」

「じゃあな」

　聖剣（アーク）が眉間に吸いこまれたバルトは、その巨体を一回だけ大きく振るわせて沈黙した。

そして、アイオンは背後で見ていた老人のほうに振り返った。

「マサラ師匠、これでよかったんですよね」

「馬鹿弟子にしては上出来だな。

　さてお嬢さんや、ワシらもやるとするかの」

「まさか勇者があの『刀使いマサラ』の弟子になっていたとは」

「懐かしい呼び名を知ってるみたいだな」

「ちょっとね。

　そんなことよりあたしと一緒に舞いましょう」

　ラースは扇（ヴァナ）を片手に舞を始めた。

彼女が舞うとその場に激しい風が起こり、当たり一面に妖艶な彼女の魔力がひろがってゆく。

「魅了の効果を持つ魔力を風で拡散、さらにはその魅力的な舞で魅了の効果を上げてるってとこか……な？」

「うふふ、どうかしらね。

　さすがの『刀使いマサラ』も見えないものには対応できないのじゃなくて？」

「見えている君を切り捨てれば解決じゃないかな！！」

　マサラは暴風の中で可憐に舞うラースへと切り掛かる。

しかしその刃は魔力を孕んだ風にぶつかり、甲高い音を鳴らすのみであった。

「なるほど、先ほどの風の魔術で風の結界を張っているということか。

　刃にも盾にもできるとは器用なものだな」

「斬撃をすべてはじき返す風の結界の中から魅了を続けるあたし。

　さぁ、突破できるかしら？

　急がないとあなたも勇者殿もあたしの配下になってしまいますわよ」

「師匠……」

　勝ちを確信しているラースの言葉にアイオンは不安げな言葉をこぼした。

「アイオン、そう不安そうな表情をするな。

　お前は勇者なのだろう？

　勇者は最後まで強がらなければならない。

　お前が背負った勇者とはそういうものだ。

　『勇者たるもの　死ぬ間際まで勇ましくあれ』」

「わかり……　ました！」

「それにな、俺と妖刀時雨（こいつ）に斬れないものなどない」

　マサラは妖刀時雨に語りかけ始めた。

「久しぶりに目を覚ませや、この寝坊助。

　お前の力を開放するだけの相手なんだ、一緒に楽しもうぜ」

　マサラの言葉に応えるかの如く、妖刀時雨は怪しげな紫色の光を放ち始めた。

そして、その光はマサラに吸い込まれる。

「え！？」

　光を吸い込んだマサラの体に変化が現れたのだ。

先ほどまでの老人はもうそこにはおらず、代わりに２０代と思しき青年が立っていた。

「この体で長くいることはできないしな。

　妖刀時雨（あいぼう）よ、久しぶりに暴れようぜ！！！」