悪魔で襲撃・3

 スピカは食堂の様子を、下僕と化したアレスから距離を置きつつも観察した。

 ズベンは火の玉で牽制をかけ、火の玉から逃げ回っている間に身動きできない場所に追い込み、自身のアルカナカードで触れて、下僕に変えているようだった。

 今はスカトもルヴィリエも無事なのは、追いかけてくる下僕の数が多過ぎて、ズベンのアルカナカードで触れられるスペースがないからみたいだ。

 ふたりとも得物を振り回してどうにか無事だが、それもいつまでもつかがわからない。

 しかし。スピカが少しばかり考える。


(下僕にさっさと残りの面子を捕まえさせて、アルカナカードで触れれば全員下僕になるし、アルカナカードを献上させられるのに、それをしてない……もしかして、下僕にできる数には限度がある? いや、どちらかというと)


 先程アレスとテーブルの下でしゃべったことを思い返す。


『ゾーンは魔力を食うんだよ。あんなの展開したら俺が魔力枯渇で死ぬわ』


(ゾーンは空間を維持する魔法だってことだよね。ズベン先輩が今アルカナカードの力を、ざっと三つ同時に使ってる。これって、同時に維持したら相当魔力を食うはず……今下僕になっている数は、ざっと六人。それ以上はズベン先輩が増やす気がないみたいだし、多分それ以上はあの人が魔力切れ起こすから使えないんだ。だとしたら、火の玉は牽制程度にしか使えない……今だったら、ズベン先輩本人を狙える?)


 そこまで考えて、スピカはズベンの位置を確認した。

 食堂のシャンデリアの隣で飛んでいる。それなら、まだなんとかなりそうだ。スピカはテーブルに手を突いた。


「……アレス、ごめんね!!」


 スピカはそのままテーブルの近くの椅子をアレス目掛けてぶん投げると、テーブルに一気に乗り上げた。

 アレスはいつもよりも動きが鈍く、椅子が脳天を直撃して、目を白黒とさせて尻餅をついている。その間にスピカはテーブルから一気に跳躍した。


「って、テーブルの上に乗って、そのままスベンちゃんを引きずり下ろす気ぃ? 残念!」


 ズベンはそのまま羽をはためかせてヒョーイと飛んで避けた。そこまではスピカも予想していた。

 スピカはそのままシャンデリアにぶら下がると、教会の庭に設置した鉄棒で逆上がりをする様を思い出しながら、腹筋を使って一気に体を大きく揺らす。


「ちょっと、スピカ……!!」


 椅子を使って下僕を牽制していたルヴィリエは悲鳴を上げるものの、スピカは気にせず、そのままパッと手を離した。


(やっぱり、ズベン先輩も魔力がギリギリだから、もう火の玉は使えない! だったら、あとはあの人を捕まえれば、アルカナカードを取り上げられる……!)


「ちょっと、しつこ……っ!」

「ズベン先輩、ごめんなさい!!」


 スピカはそのまま手でクロスをつくると、そのままズベンに体当たりした。そのままぐらつくズベンのスカートから、カードフォルダーが落ちる。

 それにはさすがにズベンが慌てる。


「ちょっ……! やめなさいってば……!」

「スカト! そのままカードを取り上げて!!」


 アルカナカードが離れたら、魔力を流し続けることができず、能力が途切れる。

 ……魔法が切れる。

 スピカにしがみつかれたズベンは、そのまま床へと真っ逆さまに落ちる。スピカは痛いのを必死にこらえながらも、ズベンを逃がすまいと必死にしがみついていたが、ズベンは必死で逃げようとスピカを蹴ったり踏んだりしようとするが、それでもスピカはその腕を緩めることはなかった。

 スカトがカードフォルダーを拾ったところで、「いっだぁぁぁぁぁぁ……」と声が聞こえた。

 声を上げた人たちからは、尻尾が消えていた。スカトは床に落ちたカードフォルダーを拾い上げると、中身を検めた。


「【悪魔】のカード……たしかに」

「ああん、もう! 返しなさいよぉ! それはズベンちゃんのだ!」

「返したらまた僕たちを襲う気だろう!? そうなったら返す訳ないだろ!」


 スカトがそう吠えると、ズベンは途端に涙目になる。


「ふえぇぇぇん……」

「……駄目だったら駄目だ」

「うん、駄目だ」


 そうスカトに同調したのは、スカトからひょいとカードフォルダーを取り上げて中身を眺めているアレスだった。

 ようやく椅子を降ろしたルヴィリエが声を上げる。


「アレス! もう、いきなり洗脳なんてされないでよ!」

「逃げられるか!? いきなり襲われたあとは、もう俺の意志なんか全然関係なかったし。で、このカードどうしよう? 俺ら全然アルカナ集めに興味ないのに」


 それに四人とも「うーん……」と考え込む。

 正直、またもズベンに襲われて洗脳騒動なんかに巻き込まれたら困るから、取り上げたいのが本音だが、このカードを受け取ったら最後、アルカナ集めに参入と見なして、またも厄介ごとに巻き込まれかねない。

 皆が皆、【恋人たち】のエルメスやレダほど物分かりがいいわけではないのだから。

 そう考え込んでいたところで、アレスが手にしていたカードフォルダーが急に取り上げられたのだ。スピカが未だに抱き着いたまま拘束しているズベンではない。

 あれだけ無茶苦茶なことになっていた食堂のいったいどこにいたのか、見慣れない男性がカードフォルダーを取り上げたのだ。白髪に色素の薄い金色の瞳の、全体的に細長くてのっぺりとした男性であった。ユダも陰鬱な雰囲気を隠しもしなかったが、彼もまた全体的に悲壮感が漂っている。

 彼は溜息をつく。


「ズベン……だから止めようって言ったのに……【世界】の言うことなんてろくでもないんだから」

「うるさいわねぇ、シェラタン! ズベンちゃんは【世界】ちゃんと仲良くなりたいんだからぁ……!」


 どうもこの悲壮感漂う先輩は、ズベンの友達のようであった。

 カードを取り上げられたアレスはむっとする。


「あの、先輩方。まだやる気っすか? もうこちとらカードも能力も見せてもらったんで、次は容赦せずお相手しますけど?」


 アレスの持つコピー能力だったら、さすがに何人も洗脳するほど魔力はなくても、空を飛ぶくらいだったらできそうだ。アルカナカードにさえ触れられなかったら洗脳できないんだから、もうアレスは洗脳できないはずだ。

 シェラタンと呼ばれた先輩はブルブルと首を振る。


「ううん……ズベンはもう魔力足りないし、わたしは君たちと戦う気はないから。ズベン、もう帰ろう」

「ううううううううう……ズベンちゃんの野望がぁぁぁぁ……」

「やめときなよ。本当にろくでもないよ」


 スピカはおずおずとズベンから離れると、シェラタンはのそりとした動きでズベンを引っ張り上げて起こす。

 ズベンは捲り上がったスカートを正すと、シェラタンが取り戻したカードフォルダーをばっと取り上げて、そのままスカートにしまい込んだ。


「……次は絶対に容赦しないから!」


 そのままびしっと指を差すと、シェラタンと一緒にプリプリとした様子で食堂を後にしてしまった。

 どっと疲れたように四人は肩を竦めた。なによりも食事がまだ終わっていないのに、既に食事ができそうもないほどにテーブルの上も食堂内もぐちゃぐちゃになってしまっている。

 戦闘に使ってしまったからと、掃除をこなして片付けながら、皆は顔を見合わせていた。


「あのシェラタン先輩は、アルカナ集めに全然興味なさそうだったね。すぐ帰ってくれたし」

「ん-……でもあの人のほうがやばそうだと思ったけどな。ズベン先輩のアルカナ能力は質が悪いけど、あの人が馬鹿だから助かった」


 実際問題、ズベンがもう少しばかり魔力量が多かったら、全員洗脳された上でアルカナカードを奪われていたし、スピカのアルカナが割れた時点で詰んでいた。あっちが勝手に魔力枯渇に陥ってくれたおかげで助かったのだから、これは完全に運の問題だった。

 アレスの指摘に、スピカは首を捻りながら、テーブルに付けた自分の足跡を布巾で清める。


「シェラタン先輩のほうがやばいっていうのは?」

「……あの人の魔力量、多分ズベン先輩より上だ。なんか毛穴がじりじりしたから」


 スピカは他人の魔力量がわからないが、そんなもんなんだろうかとスカトとルヴィリエを見たら、スカトは「ん-……」と首を捻る。


「僕にはシェラタン先輩の魔力量はよくわからなかったけれど、あの人、あんな混乱状態の食堂で下僕に巻き込まれることも僕に殴られることもなく潜伏できたんだから、ただものじゃないとは思う」

「ああ……そういえば私が椅子を振り回しているときにもあの人いなかった……いなかった人が急に出てくることってあるの?」

「……あの人、ゾーン使いだろ。でなかったらいくら不幸そうで影薄そうだとしても、あの状態の食堂で平然としてたのかわからん」


 そう聞いて、ようやくスピカはアレスがシェラタンを警戒していたのかがよくわかった。

 自分のゾーンに引きこもっていたら、そりゃ巻き込まれる訳がない。

 シェラタン本人が無気力だったからアルカナ集めに対しても無関心だっただけだ。もしズベンのよくわからない言動と同じく積極的にアルカナ集めに加担していたらと思うと……この四人では太刀打ちできなかった。


「魔力、増やしたほうができること増えるよね……多分」


 スピカがそう言うと、アレスは「そりゃな」と頷く。


「午後から魔力増量の授業だし、そこで頑張るしかないだろ。頑張ればどうにかなるもんでもないけど、ゾーン使いを何人も敵に回したくない」

「うん」


 カウスが自分たちの敵にならないだけ、シェラタンがやる気がないだけで、既に五貴人全員がゾーン使いだと聞いているのだから、なにもしないよりは幾ばくかましのはずだ。

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