学園アルカナディストピア

石田空

入学編

教会の少女

 この国では、週に一度教会に出かけるのが当たり前だった。

 白い壁、ステンドグラスにはアルカナカードの模様が描かれ、太陽の光を受けてきらめいていた。

 その中で、壇上から神官の明るい声が響き渡る。


「それでは皆さん、各自アルカナカードを手に、祈りを捧げましょう」


 国民は生まれたと同時に無地のアルカナカードを配られ、教会に行くことで、自分のアルカナを啓示される。

 自分の運命を知り、未来を知り、人生を知る。

 この国ではごくごく一般的なことであった。

 皆が神官である叔父の話を聞きながら、アルカナカードを手に取って礼拝しているのを、スピカは掃除をしながら見守っていた。

 ストロベリーブロンドの長い髪をハーフツインにした少女は、ワンピースの上にエプロンをかけて、モップを使って一生懸命に床を磨いていた。


(いいなあ……皆、堂々とアルカナカードを取り出して礼拝できて)


 彼女は教会の下働きとして、礼拝は免除されていた。もっとも、神官の姪が叔父のお手伝いをしているようなものなため、誰もえこひいきだとかくだらないことは言わない。

 それこそが叔父が姪を守っていることだったのだが。


****


 この国では、教会に行くことで、自分のアルカナが開示され、それにより身分や使える魔法、なれる職業まで定められていた。

 ほとんどの国民が啓示されるのは小アルカナ……杖、剣、聖杯、硬貨のいずれか……であり、平民として生きていくことが約束されていたが、稀に大アルカナが出現する。

 大アルカナは全二十二の魔法だ。魔力の強い者たちが授かるとされ、それらによって貴族に召し上げられたり将来を約束されている。

 皆自分の子供が大アルカナだったらと、子供が生まれるときに、占い師や魔法使いの元に担ぎ込んで、自分の子供が大アルカナでありますようにと祈るようなことすらされていた。平民の生活を脱出する一攫千金の方法が、身内の中から大アルカナが出現することだったのだから。

 しかし。

 たった一枚だけ、その存在が除外され、そのアルカナが定められたら死刑が宣告される者が存在していた。


──その者は世界の秩序を崩壊させ、この世界を終わらせる。見つけ次第に即刻処刑すること


 スピカが実家を離れ、叔父であるシュルマとふたり暮らしをしていたのは他でもない。

 彼女は生まれた瞬間に持って生まれたアルカナを秘匿するために、神官であるシュルマによってアルカナを偽装して生きてきた、処刑されるべき大アルカナの所持者だったのだ。

 スピカは掃除を終え、モップを掃除道具入れに入れたのと同時に、礼拝が終わった。

 今日の礼拝を終えたシュルマが礼拝堂を後にしたのを見て、スピカも一緒についていく。


「おじさん、お疲れ様」

「やあ。今日も掃除ありがとう」

「別にいいのよ。礼拝中、私やることがないし」


 スピカはストロベリーブロンドの髪を揺らして笑う。

 アルカナを秘匿しないといけないのはひと苦労だが、それ以外は屈託なく育ったのは、シュルマの育て方以外にも、彼女自身の強さがあってのことだろう。

 ふたりで料理をし、昼ご飯にサンドイッチと芋のスープを飲みながら、話をする。


「それで、スピカはそろそろ高校のことを決めたか?」

「そうねえ……おじさん私が目を離して大丈夫? 行きたい学校のほとんどはこの町から離れないと駄目だから困ってるの」

「まあ、魔法を使わずとも行ける学校ならいくらでもあるからな」

「私が魔法使ったら、ばれちゃうじゃない。どこに大アルカナがいるのかわからないのに

「まあ、大アルカナは皆、学園アルカナに召喚されるから町中には滅多にいないはずだよ」

「でもおじさん、そこ出身だったんでしょう? 三年間も隠し通せたの?」


 スピカの素朴な疑問に、シュルマは苦笑しながらスープをすすった。


「隠せなかったら、今頃おじさんは処刑されていたさ」

「それもそうね」


 学園アルカナは、通常の高校のように、受験勉強をして入学者を決めるようなことはしていない。

 国内にいる大アルカナたちの中から、さらに学園アルカナに在学するのにふさわしいと思われた者のみ、召喚される。

 それはどういう理屈なのかは、平民までには降りてきていないが、学園アルカナの生徒の過半数は貴族であり、スピカたちには縁遠い存在のように思えた。


「でもおじさんもアルカナを秘匿していたのに、どうして学園アルカナの召喚を受けたの

? それに召喚されただけじゃ、まだ入学してないじゃない。断れなかったの?」

「もちろん、おじさんのときも必死で隠していたからな。教会にも嘘の情報しか流さなかったから、どうやって調べがついたのかがわからない。誰かの大アルカナの魔法かもしれない。だから断ったら最後、なにかを隠していると神殿からの調べが入るかもしれなかった。そうなったら断れるものでもないだろう?」

「ふーん……」


 シュルマがスピカを引き取ったのは他でもない。ふたりは同じ大アルカナの持ち主なため、彼女が処刑対象の大アルカナを引き当てた時点で、ばれたら処刑される以上、彼女に秘匿の方法を教えるため、他の家族に迷惑をかけないためにふたりだけで生活していたのだ。

 なおアルカナが肉親同士で同じことが多い。処刑対象の大アルカナを引き当てた時点でシュルマは結婚を諦め、さっさと出家して神官をしていたからこそ、スピカのアルカナの偽装に付き合えたのである。

 ふたりでのんびりと食事をしている中、ふいにシュルマがばっと窓を見た。


「え、おじさん?」

「誰だ!?」


 普段の穏やかなシュルマの声とは思えない低い声に、スピカはきょとんとする。

 やがて窓からなにかが滑り込んで、ぱたりとそれは床に落ちた。

 スピカはそれを拾い上げ、呆然とする。


「【学園アルカナ入学証明証】……?」


 スピカの肉親以外で、彼女のアルカナを知る者はいない。

 町の皆だって、彼女のことは一般的な小アルカナだと思っているはずだ。


「……いったい全体、どういうことなんだ。どこで漏れた……!?」


 シュルマは壁をガンッと叩く。スピカは呆然とその封筒を眺める。


「あのおじさん。これ、読んでしまっても大丈夫なの?」

「スピカ、落ち着いて聞きなさい」

「私落ち着いてるわ。おじさんのほうこそ落ち着いて。悪戯かもしれないじゃない……開けるわね」


 蝋で留められた封を開くと、中に入っていた手紙を読み上げる。


「【スピカ・ヴァルゴ様、学園アルカナ推薦入学おめでとうございます。当学園は全寮制になります故、三年間は学園から出ることは禁じられておりますので、入学前に心残りがございましたら是非ともお済ませください……】なにこれ、まるで脅迫とか遺言状書けとかじゃない。これ、本当に学園アルカナの召喚状なの?」

「……ああ、すまないな。私のほうが動揺して。合ってるよ。合ってるさ。この内容、一言一句全て、私に送られてきたものと同じだ」


 シュルマは動転した気を落ち着かせようと、何度も眉間を指で揉んでから、ようやく口を開いた。


「学園アルカナにいるのは、全員大アルカナだ。生徒も、教師も……な。私も全員の大アルカナの魔法に遭遇したことはない……実際に、全大アルカナが揃うことのほうが稀なのだからね……だから、相手との相性次第ではお前が大アルカナを偽装していることがばれるというのは、覚悟しておきなさい」

「……おじさん、卒業できたんでしょう? どうやって処刑されずに卒業できたの」


 この召喚状の内容が本当だとすれば、三年間学外に出ることすら許されていないようだ。貴族の学校はどうだか知らないが、平民のスピカからしてみれば厳し過ぎるように思える。スピカの疑問に、シュルマはどうにか絞り出すようにして答えてくれる。


「私の場合は、幸いにも性格が合った仲間のおかげで、偽装に協力してもらえたというのが大きい。ただそれは平民だから協力してもらえたというのが大きい。貴族階級の中には、処刑になんの疑問も持っていない人間も大勢いるから、貴族階級の大アルカナに見つかったら処刑されるということは忘れずにいなさい」

「平民はともかく、貴族に近付き過ぎないほうがいいってことね。わかった。おじさんの知っている大アルカナのことを教えて」

「ああ……」


 スピカはシュルマの話を、一から十まで必死で聞いていた。

 もしアルカナがばれてしまった場合、死に至る。説明文はきちんと聞き、説明文はきちんと読み、危ないことにはできる限り首を突っ込まない。自分は大丈夫なんて思い上がるな、ばれたら死ぬ。

 小さい頃からシュルマに口酸っぱく言われ続けたおかげで、彼女の危機管理能力は万能だった。

 全部を聞き終えて、スピカは「はぁ……」と息を吐いた。


「全二十二しかないから、全員いるんじゃないかと思っていたのに、穴だらけじゃない」

「だから言っただろう、一部の大アルカナは貴族……それも上のほうが独占しているから、学年によっては学園アルカナにいない場合もあるんだ。全員揃うことは稀だ。特に」


 言われていないアルカナの名前を、シュルマは言う。


「新聞にも書いてあることだが、【世界】は王族以外はまず持っていない。ただ【世界】とかち合った場合、お前は本当に危ないのだから、その場合はどんな手を使ってでもいいから、学園アルカナから逃げなさい」

「私のアルカナを公表してないのに、勝手に調べをつけて召喚してくるのに、逃げ切れるのかな? そもそも全寮制だから、出るとなったら大変そう」

「できれば【世界】に見つからないことを、私も祈っているよ……いったいどういうことなのか、こっちも知りたいよ」

「うん……わかった」


 スピカは頷いた。


「私頑張るから。おじさん、私が無事卒業できたら、そのときは褒めてちょうだいよ」

「……兄さんたちに顔向けできないことするんじゃないぞ?」

「わかってるってば。お父さんにもおじさんにも、絶対に迷惑かけないから」


 そう言って彼女は笑った。

【運命の輪】。

 この叔父と姪の持つアルカナの運命は、過酷なものだ。

 しかし、その【運命の輪】こそが希望だとは、今は誰も知らない話。


****


【運命の輪】

・自身のアルカナカードを偽装できる。

・×××

・×××

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る