第36話 ルチルだから、助ける


私はすっかり目が覚めてしまって、彼女が消えたあたりの空間を、しばらくぼんやり見つめていました。

窓から見える月は薄く沈んで朝方の淡い空にありました。そう、もう朝がきていました。

そういえば、酒盛りをしていた二人はどうしているでしょう、と思いましたが、階下から、ルカとアルドの声は聞こえません。そうですよね、さすがに朝方まで酒盛りはしなかったようです。


私は身支度を整えて階下へ降りました。

台所と居間を兼ねる部屋のソファにはルカが寄り掛かり、眠っています。机にはいくつかお酒の瓶とお皿が残っていました。


私がお茶碗を流しに下げ、片付けていると、いつの間にやらルカが目を覚まして、ルチル、と私に声をかけました。


「おはようございます、ルカ。

こんなところで寝ているなんて、飲み過ぎたんじゃないですか?」


「いや……飲み過ぎたわけじゃない、アルドに寝室を貸したから俺はここで……あ、いや……でも飲み過ぎたな。

君のおかげで、久しぶりに友達と夜通し話ができた」


彼は目を細めて笑いました。


「狼に変らないというのは、いいことだな。

こうして友と酒を酌み交わすこともできるのだから。君に礼を言わないと。

ありがとう、ルチル」


「ええ……」


「ルチル?」


「はい」


「どうした? 浮かない顔をして。

何かあったのか?」


怪訝そうに、ルカが私に言いました。


「ルカは私のこと、すぐわかるのですね」


「そりゃ一緒にすんでるわけだしな」


優しい、と私は思いました。

でも、その優しさに、素直に喜べない自分もいることに、私は気が付いていました。

だって、誰にでも、彼は優しいのだって言われたんですから。


「ルカが私に優しいのは、私が呪いを薄めた、恩人だから、ですよね。

それだけ、ですよね……」


「急にどうしたんだ?

それだけってそんなわけないだろう」


黙っている私に、彼は何を思ったのか立ち上がり、私の目をじっと見ました。


「ルチル」


彼は一呼吸おいて言いました。


「俺がルチルを助けるのは、確かに恩があるからでもある。

それに、ルチルが困っていそうだっていうのもあるが……」


「ええ、わかっています。

あなたは困っている人には、誰にだって優しいのだときいていますし、きっとそうなのだろうと、私も思いますよ……」


彼は首を振り、ゆっくり、私をなだめるようにいいました。


「でも、それだけじゃない。

俺がルチルを助けるのは……ルチルが優しくて心の正しい人間だからだ。

だからその、ルチルだから、助けている、というか。

何を買いかぶっているのか知らないが、俺は誰にでも親切にするわけじゃない。

……ルチル、何があった? 誰かに何か言われたな?」


「それは、その……。

あなたの親切に、甘えすぎたり……それに、何か勘違いしないようにと……言われました」

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