鬱金香
プランターに植えたチューリップの黄色い蕾が日に日に膨らむ。それがアリスは憂鬱だった。春のブルーパーティに参加してくれるパートナーがいないからだ。
普段のパーティではいつも同じパートナーに同伴している。彼は幼馴染で昨年正式に婚約したばかりだ。王立キルティング校では特進科の中で優秀な成績を修め、あのクラブロイヤルを見事に務め上げて卒業した。
アリスがあと二年早く生まれていれば、二人でブルーパーティに参加できたかもしれない。だが、大学で活躍している彼に余計な気を遣わせることもできなくて、だれに相談することもできず一人チューリップに水をやる。
ドレスならいくらでも持っている。流行りのアクセサリーも、人気の靴も。礼法には自信があるし、音楽の教養だって身に着けた。特進科に選ばれた名誉に驕ることなく、クラブロイヤルのフリッツと競うほど優秀な成績で、友人にも恵まれている。
けれど誰がアリスをブルーパーティに誘うだろうか。かつてクラブロイヤルの一員だった婚約者をもつ女学生なんて面倒な存在でしかない。分かってはいるのだ。
「……ヘクター」
ため息交じりに名前を呼んで、慌てて口元を押さえる。こんな憂鬱は腹の底に閉じ込めて、隠しておくべきだ。何をどう言ったところでヘクターは卒業してしまっているのだし、アリスと学園生活を送ることはできない。
そんなものだと自分に言い聞かせて、変わらない学校生活を送る。同級生に勉強を教えてあげて、分からないところは教師に質問して、誠実な日々を送る。同級生がブルーパーティに誘うのを躊躇っていれば背中を押してあげたし、初めてのブルーパーティに戸惑っていれば礼儀作法を指導してあげた。
そして感謝されるたび、胸の焼けるような感覚に嫌気がさす。あの清廉なヘクターの婚約者なのだから、アリスだって澄んだ心の人間であればよかったのに。
「ねえアリス、呼んでるわよ」
そういって放課後の教室で友人に声をかけられたときも、どうせまたブルーパーティ絡みだろうと予想していた。
アリスの考えは正しかった。
ただ。彼が相手だなんて、思いもしなかっただけだ。
「やあ、アリス。今時間ある?」
彼が教室にひょっこりと顔を出すと、それだけで黄色い悲鳴があがった。
彼にはファンが多い。注目を集めるのは不本意だが、学校内でほとんど交流をしたことがなかった彼がわざわざ呼びに来た理由には興味があった。
可及的速やかに席を離れ、彼のもとに駆け寄る。そのまま教室の外に誘導したかったのだが、彼はにっこりと笑って動こうとしなかった。
諦めて、じろりと見上げる。この男はヘクターの弟とは思えないほど素行が悪いのである。今も同級生全員の前で堂々とアリスの手をとる。
「……何ですか、ルーベン」
「俺のパートナーになってよ」
——年上の義弟は跪き、手の甲に口づけを落とした。
湧き上がる歓声を背に、眩暈がした。
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