03、友人宅にて

 そこへオレンジの収穫用ラックを抱えた屈強な男が入ってきた。筋骨隆々で逆三角形の体に、生傷だらけのいかつい顔。ぎろりとした殺人スナイパーのような目にきつく結ばれた山形の口をしている。


「おい、まただぞ! またイノシシめにオレンジを食われたぞ! この真冬にイノシシがでるとはどういうことだ? 不思議なことがあったもんだ」男は陽気に言った。


 イノシシがどうやって木に登るのだろう? エシルバはそっちの方が不思議でならなかった。


「リフ! けがは大丈夫か」


 男はリフを見つけた途端にラックを投げ捨て、リフをひょいと肩に乗せた。


「下ろしてってば!」リフは顔を真っ赤にしてもがいた。


「おっとすまん、握りつぶしちまうところだった! とにかく、あんな大事故に遭ってこの程度で済むとは相当運がよかったもんだ」


「エシルバ。この人はロギ叔父さん。えぇと……俺の父さんの弟で、うちのオレンジ農家を継いだんだ。昔は暴走族でこの辺暴れまわってて有名だったらしいけど、今はすっかりこの通りさ」


 すっかりとは、はて……エシルバは目の前の大男に圧倒されながら言葉を失った。リフは彼がすっかり丸く収まったかのような言い回しをしたが、エシルバにしてみれば丸くなるどころかどこも角はとれていないように思えた。それに、彼がリフのお父さんの”弟”だなんて! まったくイメージがかけ離れているではないか。


 ロギ叔父さんは恐怖で緊張するエシルバにあいさつしてから、なにを勘違いしたのか――


「初対面は誰でも緊張するもんだ。かわいげのある子じゃないか!」


 と言ってエシルバの肩をポンポンたたいた。それから出身地やら大樹堂での生活を根掘り葉掘り聞かれ、エシルバはかくかくしかじか受け答えした。すっかり借りてきた猫になったエシルバの元に、すかさず「叔父さん、お茶でも飲む?」と助け船を出してくれたリフには感謝しかなかった。


 家庭環境は人それぞれだ。でも、エシルバが驚いたのはロギ叔父さんが外に止めてあるバイクも家の中で騒ぐ若者たちを見ても、何一つ文句を言わないことだった。


「オヌフェは来とらんのか。あいつは仕事バカだからなぁ、たまには来ればいいものを」


「父さんは明日来るよ」リフは答えた。


 その晩、エシルバはリフが用意してくれた部屋に泊った。


 思い返せば、この一年色々なことがあった。今や政府の敵ガンフォジリー軍の統領になってしまった父親。星(ブユ)に選ばれ、巨大な隕石アバロンの衝突を阻止するためにシクワ=ロゲン使節団に入団した。たくさんの仲間と出会った。

 天才的なパイロットのリフ、水壁師を目指すポリンチェロ、発明家のカヒィ。エシルバの右手には星に選ばれた証しである鍵の文様がくっきり浮かんでいる。この”鍵”が彼らとの出会いを結びつけたのだから、まったく皮肉な話である。


 どんなに楽しいことがあろうとも、故郷の蛙里を忘れたことはなかった。アソワール叔父さんは元気だろうか? 最後まで引きとめてくれたユリフスは? 一緒にたくさん遊んだエルマーニョや親友のアルたちは、今も変わらずにいるのだろうか。そして、彼らは遠く離れた異国の地でシブーとして励む自分のことを、同じように思ってくれているだろうか――


 翌朝、エシルバはリビングに下りてがく然とした。食べカスは落ちているし、お菓子の袋だけでなく テーブルやソファの下にピクリとも動かない人間が転がっていた。昨日聞いたイノシシが荒らしに来たのだと本気で思ったが、イノシシは人間を食べないはずだ。


「おはよう、よく眠れた?」


 リフが二階から松葉づえを片手に下りてきた。


「うん」


「ひどいよな」


 リフは部屋を見渡して肩をすくめた。ソファの下から伸びる脚を見つけたのか、そばにあった雑誌を丸めてたたいた。「あんだよ」不機嫌に出てきたのはリフの兄ロウだった。


「お風呂入れば?」


 ロウは面倒くさそうにうなってから、ぐうぐういびきをかいて二度寝した。不良仲間たちは帰ったのか、リビングには酔っぱらって寝るロギ叔父さんとごみ袋を片手にウロウロするシプナおばさんがいた。二人はリビングの片づけを手伝った後、リフの部屋に移動した。


「見て、これ――ブルワスタックで売っている魔除けなんだって。父さんがいろんな所に行くから、よくお土産をくれるんだ。これがトロレルの置物で、これが南の島に旅行に行った時に買ったお土産。喉渇いた? 今ジュース持ってくるから待ってて!」


 リフがいなくなった間、エシルバは部屋の中にある数え切れないくらいのメダルやトロフィーに夢中だった。彼の才能が金色や銀色の形となってキラキラと輝き、一瞬の栄光を切り取った”物”として人生を象徴している。


 別の部屋からガタンと物音がし、エシルバは驚いて廊下に出た。奥のドアが少しだけ開いていて、少しだけのぞいてみると隙間から黒猫が飛び出して勢いよく階段を下りていった。

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