19、ブユカラー
きょろきょろ落ち着きなく歩いていると、一人のこぎれいな少年が、ソファで足を組んで座る男の子の襟をただしているところだった。
男の子の方は、パッと見て育ちが良さそうな風貌。歳は自分と同じくらいで、指には年齢不相応なゴツゴツとした高そうな指輪がはめられている。どちらかと言えば痩せていて、目尻が少しだけ垂れているせいか、第一印象は優しそうに見えた。とにかく、こんな都会の上流階級を絵に描いたような子は初めて見た。
「よくお似合いです、坊ちゃん」
エシルバが驚いて二度見すると、今のは少年の方が言ったらしい。男の子はカップに注がれたジュースを飲むと、真新しい靴を見下ろして生気が抜けたような顔をした。
「いいかげん、この古くさい制服を廃止した方がいい」
「そうおっしゃらずに。使節団の制服は伝統的なデザインで、誇り高き者の勲章ですよ」
「なに見てるの?」
いきなり話し掛けられたので、エシルバの心臓は跳ね上がった。男の子はじろりとエシルバのつま先から頭のてっぺんまでねめつけるように見ると、自分の方が上だと言わんばかりに顎をしゃくった。
「へぇ、君が例の。僕はジュビオレノーク|ロゲン」
エシルバは笑顔で応えたが、どうも彼と自分を見る周りの視線が冷たく感じられた。
「事情はだいたいお父様から聞いているよ。君も随分と大変なんだってね」
「まぁ、いろいろとね」
「こういう所は初めてだろ? 君、島育ちだそうじゃないか。僕は生まれてからずっとロッフルタフしか知らないから、ある意味うらやましいよ。1週間もすればホームシックになるかもね。君の事情とやらを少し聞かせてほしいな。アバロンの騎士だなんて本当なの?」
「そうみたい。でも、もよく分からない」
エシルバはとぼけた。彼に全てを打ち明けるのは危険だ。頭の中にいるもう一人の自分がそう警鐘を鳴らした。ジュビオレノークは怪しみ深く目を細めたが、それ以上は立ち入ってこなかった。
「リフ!」
ジュビオレノークはソファの隅っこで頰づえをついているリフを呼びやった。
「君にピッタリの友達じゃないか」
「それ、どういう意味?」
リフは仏頂面でやってくると腕を組んで唇をとがらせた。
「君! さっきの!」
エシルバは大きな声で言った。
「知り合いなのか?」
「うん、ちょっとね」
今度はリフが言った。
「まぁいい。彼はパイロット志望のリフ|イルヴィッチ。去年のロラッチャー世界競技大会の優勝者で、父親はシュバルダロースターの俳優オヌフェ。なにせお父様と仲が良くてね、よく国際映画祭の記念パーティーに出席するんだ」
「今みたいな紹介されちゃ驚くかもしれないけど、そんな、大それた人間じゃないのさ、俺は。改めてよろしく」
リフは物おじせずにハキハキと言った。
「こちらこそ。パイロットだったなんて驚いたよ。それに君のお父さん、オヌフェ|イルヴィッチだったんだ!」
「家じゃただのどこにでもいるおやじさ」リフは言ってから、エシルバの肩を引き寄せてささやいた。「で? 儀式、どうだった」
「成功したよ」
「良かったな!」
「ありがと、君のアドバイス役に立ったよ」
「ジュビオ、私の紹介が先じゃなくて?」
つたが絡みつくような話し方にエシルバが振り返ると、女の子が唇をすぼめて立っていた。チャキチャキした声に、いかにもお嬢さま育ちといった話し方である。髪は美しい天然パーマで、顔はとげのある花のようにりんとしている。
「あぁ、失敬。こちらは僕の友人、いいなずけのウリーン|ファーアエル」
「いいなずけ?」エシルバは口をポカンと開けた。
「よろしく、エシルバ。お兄様も同じく新団員として選ばれたから、後でちゃんとあいさつしておいてね」
ウリーンは声高に言った。
それからジュビオレノークは近くにいた男の子ルシカ|ボッソを紹介した。彼はやけに大人っぽく見えたが、年齢はエシルバと同じくらい。とにかく髪が真っすぐで、左側の口角が不自然につり上がっていた。ほっそりとした目にはだるそうな態度が透けて見え、エシルバのことを見てもニコリともせずポケットに手を突っ込んだままだった。
エシルバがじっと腰巾着みたいな少年のことを見ていると、ジュビオレノークは忘れていた様子で手をたたいた。
「彼はロゲン家で執事をしているジャキリーン|アータナムキン」
仕事場に執事同伴でやってくる人間がいるのかと、エシルバはあんぐりと口を開けながら聞いていた。あまりの価値観の違いに話に追いついていけそうもない。
「皆さま、どうぞよろしくお願いします」ジャキリーンはニコニコして言った。
エシルバはなんだかなじめないと思い、世間話を切り上げて輪の中から脱出した。でも、ある程度は覚悟を決めてきたはずだ。社会に出るということは、少し気に入らない相手ともうまく関わっていかなければならないのだと。
友達ができる自信もなかったので、エシルバは一人ぶらぶら部屋の中を歩いて壁掛けの絵を見たり、古びた家具の木目を観察したりして暇をつぶしていた。
すると、背の低いテーブルから小さなお尻が突き出ているのが見えた。落とし物でもしたのかと思い、エシルバは向かい側から同じように腰をかがめてテーブルの下をのぞいた。
「何を探しているの?」
目が合ったので声を掛けると、両耳が大きく猫っ毛の男の子が驚いてテーブルに頭をぶつけた。目を凝らしてよく探すと、膝が何か硬いものに触れた。
「もしかしてこれのこと?」
「僕の500ロク!」
男の子は部屋中に聞こえる声で叫んだ。エシルバは薄暗いテーブルの下で手を伸ばし彼にコインを渡した。そろってせき込みながら立ち上がると、突然男の子がエシルバの顔を見て噴き出した。
「なに?」
彼は真顔になって自分の右眉毛を指さした。エシルバは眉毛にわたごみがついていることに気付き急いでほろった。
「ありがとう」
「こちらこそ」
男の子は舞台俳優のようにお辞儀すると、クルリと方向を変えて歩き出した。
「待って。君も使節団の人なんでしょう?」
男の子は足を止めて振り返り、ゴホンとせき払いした。
「そう。カヒィ|レフタだ」
カヒィは澄ました顔で言ったが、エシルバがおかしそうに笑ったのを見て人よさそうに笑ってくれた。2人はお互い踏み込んで握手した。
「何かあった?」
「え?」
エシルバは驚いた。
「君、さっき暗い顔をしていた」
カヒィがエシルバを見て言った。
「……なんだか僕、場違いなんじゃないかと思って」
「場違いなら君は最初からここには呼ばれない。使節団はしばらく活動を休止していた。だから、新しい団員も採っていなかった。でも、今や君や僕が入った。とにかく大丈夫、そういうのは気にしなくていいんだ。それに僕、君に会いたいと思ってた」
「どうして?」
「アバロンの騎士、すごいなって。大丈夫、ここの人はみんな知ってることだ」
しばらくカヒィと立ち話をしていたが、やがて彼は思い出したようにこう言った。
「あの子に変なこと言われなかった?」
カヒィはエシルバに顔を近づけ遠目にジュビオレノークを見た。
「どうして?」
「彼はシクワ=ロゲンの偉大な創始者のご子孫さまだからさ。ここじゃ王様みたいな崇められようだ。でも、驚いただろ? 使節団なんてだいたいはコネだからね。まぁ、コネで入れても、あとは実力次第だと思うけど」
「君もコネなの?」
「どうだかね」
カヒィは意味ありげに笑った。
ルバーグが部屋の中にやってきた。
「会場の準備ができた」
団員たちは次々部屋の中になだれ込んだ。テーブルの上には素晴らしいごちそうが隙間なく並んでいた。海鮮オードブル、野菜サラダ、つぼ焼き、黄金色のバムル……カヒィは腹を空かせていたのか大皿いっぱいに料理を盛り付け始めたので、エシルバも負けじとたっぷり料理をよそった。
「そんなにとって、食べきれるの?」
誰の声かと思えばポリンチェロだった。カヒィは口をモグモグさせながら汚れた指をゴシゴシ服で拭くと、彼女がきれいに盛りつけたお皿を見てセンスのない自分の皿を見下ろした。
「食べきれる」カヒィは言い張った。
エシルバが逃げるようにカヒィの影に隠れると、ポリンチェロは気まずそうに目をそらした。
「ん? 2人ともなに? どうした?」
「別に」
エシルバは料理を食べながら言った。
「わぁ。君、センスあるね」
「こういうの得意なの」
ポリンチェロはゴイヤ=テブロ(通信機器)で撮った料理の写真を見せてくれた。ゴイヤ=テブロはアタッシュケースの中にあったあの透明なレンズのことだ。どれもプロの写真家が撮ったような出来栄えで、2人して彼女の才能には驚かされた。
「うまく撮れてる」カヒィは褒めた。
「このゴイヤ=テブロってシステム、本当にすごいの。写真がこんなにきれいに撮れるんだもの。さっそくおじいちゃんに送らないと」
「よかったら撮ってあげるよ、今日は記念すべき結成パーティーだろ?」
カヒィの提案に、ポリンチェロは無邪気にほほ笑んでうなずいた。カヒィは自分のゴイヤ=テブロで彼女とエシルバを写した。
「もっと笑って」
カヒィに促されて2人は苦笑いした。
写真を確認したカヒィは偶然2人の間にリフの間の抜けた顔が入っているのを見つけ、ブッと噴出した。
「もう一枚。そこの――ツンツン頭、入れよ!」
「俺の名前はリフだ」
今度はリフとカヒィも入って一枚パシャリ。
その後、リフはエシルバの隣で大量に盛り付けたお皿を見せびらかしたが、大食いのカヒィには誰も及ばなかった。
「君は普通の役人なの?」
エシルバは黙々と動かしていた手と口を休めてポリンチェロに聞いた。
「私は……水壁師見習い」
ぎこちなく言う彼女は、やっぱり目も合わせようとしなかった。
「水壁師?」
「水の壁をつくる人のことだよ。とても難しい国家試験に合格しなきゃいけない」
リフが会話に入ってきた。
「そうそう、コンクリートなんかよりも数百倍は硬い鉄壁さ」
今度はカヒィが言った。
「確かネルがここの専属水壁師だって言ってた」
エシルバは記憶をたどりながら言った。
「それよりさ、エシルバは何色だったの?」
リフの質問に何を聞くのだろうとエシルバは首をかしげた。
「石の色だよ。ほら、採石の儀式で自分の石を取り出しただろ?」
「……あぁ、そのこと? 赤色だったよ」
「そっか! 英雄色か、君にピッタリだな」
「人によって色が違うの?」
「もちろんさ。パーソナルブユカラーって言って、色によってその意味も違うんだ。採石の儀式のとき、色とりどりの杯を見たろ? 俺はオレンジ色。ポリンチェロは確かピンク色」
「種類はどのくらい?」エシルバは尋ねた。
「9色って言われているけど、たまにレアな色の人もいる。君からすれば言われても面白くないと思うけど、ガンフォジリーは赤と紫の混色だ。不思議なことに、どんな色の人間でもやつの呪いにとりつかれてしまえばその色になってしまうんだって」
それを聞いたエシルバとポリンチェロは顔を強張らせた。
「カヒィは何色だった?」
エシルバが興味津々に聞くと彼はなぜか決まり悪そうに視線を外した。
「僕の色……大したことないよ」
「教えてくれたっていいじゃん」
リフは不満そうに言った。
「まぁ、いいじゃない。この際だから、あなたたちに面白いものを見せてあげる。どこか暗い部屋の方が見えやすいと思うんだけど」
即座にひらめいたのか、カヒィは3人の肩をつかむと周囲を見回してから隙を見てテーブルクロスをめくり中に入れた。中は彼女がご所望する真っ暗な空間だった。
「おい、カヒィ。小学生みたいな遊びはやめようぜ」リフがぶつくさ言った。
「でも僕たち、小学生くらいの年だよ」エシルバは言った。
「シーッ」
カヒィは唇に指を当て、ポリンチェロは首に下げていたペンダントを出し、金具につながれていたガラス球を外して手の上に置いた。彼女が深呼吸すると、ガラス球の中にピンク色の光がポッとともり、徐々に輝きを増していった。3人はまばゆいピンク色の光に目を細めた。
「携帯灯というの。体の中にあるエネルギーを変換して使う道具」
光は4人の周りをグルグル回り、やがてホタルのようにエシルバの前髪に止まった。エシルバとリフは大喜びで彼女の携帯灯を借り、光をともしてみることにした。実際難しいことはなく、見事に自分のエネルギーカラーをともすことができた。ここでもなのだが、やっぱりカヒィは自分の色を教えたがらなかった。
エシルバは彼が実はとても素晴らしい色を持っていて隠しているのではないかと思ったが、本当のところは誰も分からなかった。
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