12、ガンフォジリーの末裔
アソワール叔父さんの渋々といった一言で3人は家の中に通された。エルマーニョは嫌々人数分のカップを用意しにキッチンへ向かった。
「ガンフォジリー軍の統領は代々呪いによってその名前を受け継いでおり、殺した者だけが次の統領になれるという風習があります」
アムレイは言った。
「どうして……裏切ったの?」
エシルバは行き場のない感情を自分の中で消化しきれずに聞いた。
「分からない。でも、すごい反旗の翻しようだった。ただこれだけは言える。それぞれが、あらゆる葛藤を胸に戦った。中には命を落としたシブーもいたように、みんな必死に戦ったんだ」ジグは言った。
あれだけ知りたいと願っていたことなのに、エシルバは知ってから激しい後悔を覚えていた。この話が本当なら、全てつじつまが合うではないか。アソワール叔父さんがシブーを嫌っていた理由も、父親のことをろくに話さなかった理由も。
「なにも分かっていなかったのは僕の方だ」
エシルバは沈んだ声で言った。そばにいたユリフスがエシルバの手を力強く握った。彼女の手から伝わる体温は、きれいな花の香りを吸ったときみたいに心を和らげてくれた。
「思い出したくもない記憶さ」ポツリとエルマーニョが言った。「俺たちはロッフルタフの住宅街に住んでいたんだ。反乱のせいで町は火の海。住んでいた家も壊されて……俺たちは夜逃げしたんだ」
エルマーニョは口火を切ったように話し始めた。このまま歯止めがかからないと見たのか、アソワール叔父さんは立ち上がって手で制した。グッと引っ込んだ息子をなだめると、どこか遠い目でエシルバを見返した。
「あぁ、私たちは逃げた。その通りだ」
「僕のお父さんの――せいで?」
エシルバは悲しみのあまり途中で言葉を詰まらせた。
「未だに役人は信用できない」
3人はじっとエルマーニョの言葉を聞いていた。
「俺の母さんは反乱のせいで死んだ」
それまでどっしり構えていたジグの目がわずかに細まった。
「ジグ?」
ジオノワーセンが驚いた。
「あの夜、ジリー軍の連中に殺されたんだ」エルマーニョは顔をゆがませながら続けた。「反乱をあそこまで拡大させたのは、初動の対応の遅さにも原因がある。早ければ、あんなに人が死ななくて済んだんだ。母さんも同じだ……」
ジグは立ち上がると「ちょっと失礼」と言って外に出ていった。これには仲間の2人も予想外らしく示し合わせたように互いの目を見て首を傾げた。数分しても戻ってくる気配がなかったので、ジオノワーセンが様子を見に席を外した。
ジグとジオノワーセンが一緒になって戻ってきたのはそれから10分後のことだった。
「話の途中に申し訳ない」ジグは座りなおして言った。「エルマーニョ、君の言いたいことはもっともだ。反乱の拡大を招いたのはわれわれの対応に問題があったからだ。君の母親のことは……本当に、気の毒だと思っている」
「エルマーニョ、本当にごめん」
自分の父親のせいで苦しんでいる彼を見て、エシルバは謝ることしかできなかった。そうさ、父親が反乱なんて起こさなければ誰も悲しまずに済んだのだ。一方、エルマーニョは心の中で大きな葛藤を抱いているのかイライラしていた。
「お前が謝ることなんてない」
「だって! 僕にはそのくらいしかできない」
完全に面食らったのかエルマーニョはシュンと静かになった。ややあって自分の過ちに気付いたのか深呼吸をして首を横に振った。
「そんなことを言わせるために、俺は今まで黙ってたんじゃない」
「ゴドランの名前はすっかり世界に広まっている」アソワール叔父さんは言った。「彼が犯した罪の大きさを考えれば、家族だって平穏に暮らすことはできないんだ。お前のことを思えばなおさら」
「分かった、分かったよ」
エシルバは大人がよく言う「あなたのためを思って」という言葉が大嫌いだった。でも、今になって思えば「これほど正しいことはない」とさえ思うのだった。
「ハハッ」思わず笑った。どうして笑っているのか分からない。泣きたいのに笑えてくるというのが今の正直な気持ちだった。
「もう少しまともなお父さんなのかと思ったら、こんなにろくでもない人だったなんて。
じゃあ、刑務所にいるっていうのはうそだったんだね? ゴドランは悪い王様になって、
今もどこかにいるわけだね?」
「ゴドランは刑務所にはいない」
アソワール叔父さんは答えてからジグを見た。「正直、あなた方が来た理由は察しがついています。私たちの夜逃げを手引きしてくれた者から事情は多少聞いていますから。誰が、と言うつもりは毛頭ありませんがね」
「こちらも無理に名前を聞き出すつもりはありません。私たちはエシルバ|スーの力を借りたいのです」
ジグはそう言って全員の顔を見た。父親が反乱の首謀者であることを聞かされた次は、たかが10歳の男の子に対して力を借りたいだなんて、とエシルバは思った。
「これをご覧ください」
ジグの合図でジオノワーセンはゴイヤ=テブロ(通信機器)の立体映像で宇宙を見せた。暗黒の空間を真っ赤な星が尾を引いて進んでいる。誰もが目の前にあるこの未知の物体について驚愕した。
「これは、なに?」
エシルバは思わず尋ねた。
「アバロンです。正式には紅星スカンダーキュ一九七六。政府機関でのみ扱われている極秘情報。このまま進み続ければ衝突は回避できません。もっとも、巨大な隕石と言った方が分かりやすいとは思いますがね」アムレイは言った。
ホログラムのそばにはカウントダウンが示されていた。計算が得意なエルマーニョは瞬時に脳内の電卓をたたき恐ろしい数字を導き出した。
「あと15年6カ月」
エルマーニョは言った。
「みんな……死んでしまうの?」
エシルバの手を握ったままユリフスが言った。
「私たち人類の技術を総動員してもこの隕石を破壊することはおろか、進行方向を変えることすらできません。たった一つ、残された方法をのぞいては」
そう言うとジグはエシルバの右手を優しく包んだ。
「君だよ。この巨大な隕石アバロンを阻止できるほどの可能性を持っている」
「実は、この事態を870年も前に予言していた人々がいました。惑星ブユの言葉を唯一聞ける存在……古代ブユ人です」アムレイは言った。
「エシルバには関係ないでしょ?」
ユリフスが言った。
「彼はブユの暴走伝説という物語に登場する予言に選ばれた人間なのです」
アムレイはためらいもなく口にした。すると、そばにいたジオノワーセンが彼の話を借りて続きを語り始めた。
「ブユの暴走伝説。ブユは人間が暮らすこの星――ブユが星自身を壊し、再生するために巨大な一枚の扉をつくりました。扉を開いたとき、暴走、つまり天変地異が起こり世界は終わってしまう。ブユは扉を開く権限を人間に与えるため、三大界の守護者に三つの鍵を託し、一つの鍵を人間に与えた。
物語では、ブユに選ばれ鍵を授かった一人の人間が運命に導かれ、扉を開き世界に終わりをもたらそうとした。そこへ、善なる者が現れて、彼の暴挙を食い止めようと戦った。最後は無事、ブユの暴走を阻止することができた――というハッピーエンド」
ジオノワーセンは続けた。
「これは伝説ではなく、本当にあった話。シクワ=ロゲンは元をたどれば大昔、ブユの暴走を阻止したとされる英雄シクワ|ロゲンの名前。ロゲンには7人の弟子がいたけど、そのうちの3人が悪の道に走り、仲間を裏切り、ブユの暴走を起こそうと鍵を探したのが始まり。
3人の弟子のうち、ひときわ悪名高い一人の男がいた。その名前はユン|ガンフォジリー。ユンは星に選ばれし者だった。最後の決闘でロゲンに殺されたユンは、今もなお呪いとしてガンフォジリーの王に力を与えている。時代は移り変わって現代、ユンが持っていたブユの鍵は巡り巡って新たな命へと受け継がれた」
ジオノワーセンはついに話の核心に触れた。
「ユン|ガンフォジリーの末裔、エシルバ|スーへと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます