第7話 イザークの婚約者?

「イザーク副団長」


 イザークに買ってもらった団子串(味はみたらし団子に近いかな)を頬張りながら、あっちの屋台こっちの屋台とイザークを引っ張り回していたとき、イザークの名前を呼ぶ声に立ち止まった。


 女性にしては長身(獣人女性としてもね)の猫系獣人が立っていた。豹とかチーターとかジャガーとか多分それ系だと思う。尻尾が豹柄だから。猫系獣人はみんなツンとおすまし系美人ちゃんだな。金髪を一つに括り、ドレスじゃなくて制服みたいなズボン姿(男子と違うのはワイドパンツのようになっていること)で腰には剣を下げているからイザークの騎士団仲間かもしれない。イザークと同じ年くらいに見えた。


「ああ、キャシーか。今日は出か?」

「はい、王都警邏中です。イザーク副団長は明日まで休暇ではなかったのですか? 」


 やっぱり騎士団の人か。女性で騎士団とか、かっこいいな。


「ああ、今は休暇中だ」


「じゃあな」と私の手を引いて歩いて行こうとしたイザークをキャシーは引き止める。


「あの! ご相談があるんですが、今晩とか時間を……。あの、お食事でも」

「食事はシォリンと食べるし、シォリンを置いて出かけるのはちょっと無理だな」


 そこで初めてキャシーは私の存在に気づいたらしい。どれだけイザークしか見えていないんだって話しだ。だって、手をつないでお揃いに団子串を食べているんだから。


「シォリンとは? 」

「この子だけど」

「……副団長、弟さんはいらっしゃらないですよね? 」

「ああ、末っ子だ」

「ですよね。では、ご親戚とか? 」

「いや、全く血のつながりはないな。でも俺が保護してる」

「イザーク副団長がをですか? 」


 なんでしょうね。キャシーの言い方に険を感じる。「欠人」というのは、蔑まれる対象なんだろうか? イザークもシュテバイン伯爵邸のみんなからもそんな雰囲気は受けなかったんだけどな。


「何か問題でも? 」


 イザークの目つきがスッと冷めたものになる。冷めたというか、ちょっと怒りモードが入っているように見える。イケメンの冷めた表情は迫力がある。そして、私にはわからないけど多分魔力を放出してるんだろう。キャシーが蒼白になってよろけるように後退っているから。私の前では可愛い系イケメンだけど、目つき一つで雰囲気ってガラリと変わるんだな。今のイザークは可愛いというよりクールビューティーだ。男だけど。


「イザーク、イザーク。この人は同じ騎士団の人? 」


 私がイザークの手を引っ張って意識を私に向けさせると、イザークはコロリと表情を変えた。同じ人物とは思えない甘い笑顔だ。なんか勘違いしそうになるから止めて欲しいな。


「ああ、キャシー•リード。第七団隊の団員で、リード子爵家の御令嬢でもある」


 こちらも貴族か! 貴族の御令嬢も騎士団に入るんだ、凄いな。


「イザーク様の幼馴染みで婚約者でもあります」


 今まで副団長呼びだったのが、婚約者アピールか名前呼びに変えてきた。


 貴族だもんな、婚約者くらいいても当たり前か。しかも、美男美女、銀髪に金髪で目に眩しい。お似合いっちゃお似合いだけど、ちょっと胸がチクンとするのはなんでかな。


「そんな、親同士の戯言を持ち出されてもな」

「戯言ではありません! 家同士の約束です」


 戯言ではないわな。貴族ならさもありなん。本人の意見は無視して、色んな思惑やシガラミが絡み合ったドロドロした何かがあるんだろう。


「戯言だな。たまたまうちの母親がそっちの母親と幼馴染みで、子供が生まれたら結婚させようって約束しただけだろ。うちに男は俺以外に十人、女は七人もいるんだ。まぁ姉貴達はみんな嫁いだけど、兄貴達だって未婚は四人いる。選り取り見取りだ。誰がいい? 話をつけてあげても良いよ」

「年の近い私達でって話になったではないですか」

「赤ん坊の時にね。たまたま君が俺の手をつかんだからだろ。母親達がお似合いだ可愛いとか盛り上がって、婚約だ結婚だってほざいたんだって聞いてる。別に書面にした訳じゃなし、たいした意味はないよ」


 イザーク的には婚約の話はさして重みはないことのようで、しかも何故か私に向かって最後の方は話していた。


 いやね、キャシーが凄い目つきでこっちを……いや私を睨んでいるんですけど。私、食われるんですかね?


「わ……私は小さな時からイザーク様と番になるんだと」

「俺の番は君じゃないよね」


 氷点下の笑顔ですよ、イザークさん。魔力のわからない私だけど、冷え冷えとした空気はわかるんです。


「でも……」

「違うよな」

「……はい」


 気の強そうな女子が怯えまくっている姿は、逆に萌える? あ、イザークはそんなキャシーに全く無関心というか逆に不機嫌だ。

 キャシーはブルブル震えながらも、イザークへの感情は駄々漏れで、少しでも近寄りたいと尻尾がソワソワ動いている。


 可愛いなぁ。

 なんか、ずっと好きでしたってのが丸わかりだ。貴族のお嬢様が騎士団に入ったのも、イザークを追いかけてなのかもしれない。うちのメイド三人娘みたいに、妾だとか一夜の相手だとかほざいて虎視眈々と夜這いのチャンスを狙っているより、ずっとピュアで好感が持てるんだけどな。

 あ、私の好感はいらないですよね。

 イザークには項垂れながら、器用に私を威嚇してこないでください。


「君とは騎士団の副団長と団員以上の付き合いをするつもりはないんだ」


 キャシーは団服の裾をギュッと握り込んだ。


「それは……この子がイザーク様の」


 ブワッとイザークから氷点下の冷気が膨れ上がる。


「それも君には関係ない」


 どちらかというとホンワリ優しい系のイザークが、完全拒否の姿勢で尻尾まで毛を逆立ててピンッと立っている。睨んでいる訳でもないのに、笑顔の消えた無表情は顔が整っているぶん余計迫力があった。

 イザークに促されて、キャシーに背を向けて歩き出す。


「いいの? あの娘ほっといて」

「うん? シォリンは次は何が食べたい? それとも何か飲む? 足疲れたんじゃない? 抱っこする? 」


 キャシーの存在はガン無視され、そして私にはひたすら甘々な態度だ。イザークって本当子供好きだよね。本当は二十六歳なんだよって教えたら、私にもあの氷点下な態度になるんだろうか?

 イケメン過ぎて、成人女性にトラウマでもあるのかな? あんな美人ちゃんにも塩対応だし、うちのメイド三人娘などには目もくれていないらしいし。

 まさかのまさかだけど……ショタコンってことはないよね?


 ちょっと考えたくないイザークのフェチ疑惑に、わずかに距離を取ったのは無意識の行動だった。そして、そんな私の動きに目ざとく気づいて、イザークがほんの一ミリ眉を上げたなんてことは、全くもって気がつく訳ないのである!


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