第50話:結託
「だからそれをさっさと話せと言っているのだ」
ゲイルが苛々しながら組んだ腕を指で叩く。
「ゲイル王子殿下、その前にお聞きしたいのですが最近なにかございましたか?」
「……どういうことだ」
「いえ、何やらご機嫌が優れぬご様子でしたので、御身に何かあったのかと」
「……何でもない。そもそも貴様に心配される筋合いもない」
不機嫌そうにゲイルはソファに背中を預けた。
機嫌が悪いのは事実だ。
あのパーティーでの一戦は今でもしこりとなって残っている。
だがそれを認めることはできなかった。
認めればゲイルはルークの強さをも認めることになってしまう。
自尊心の強いゲイルにとってそれは絶対にできない相談だ。
それにゲイルはこのアヴァリスという男が嫌いだった。
先代から受け継いだ地盤とおべっか、政戦だけで今の地位についているような男だ。
いずれ王位についたらこういう無能こそ真っ先に追い払ってやる、とすら思っていた。
なのでアヴァリスにおべっかで心配されるのはことさらにゲイルの神経を逆なでするのだ。
そんなゲイルの心境など知らないアヴァリスは独りごちるように言葉を続ける。
「やはり先日のパーティーがご理由でしょうか」
その言葉にゲイルの形相が一変した。
やにわに立ち上がってアヴァリスを睨みつける。
「貴様!何が言いたい!この俺を虚仮にする気なら例えアヴァリス卿と言えども容赦はせんぞ!」
「いえ、滅相もございません!」
アヴァリスは大慌てで手を振った。
「ただ、あのようないかさま試合を気に病んでおられるのでしたら、それは無用な憂慮であると、そう思った次第でして……」
「いかさまだと?」
ゲイルの眉がピクリと動いた。
「そ、そうでございますとも!常勝無敗と謳われたゲイル王子がたかが従者にあれほど時間をかけるわけがない、あれはあの従者が何かいかさまをしたに違いないともっぱらの噂でございます」
「いや……だが……」
「あの者はセントアロガス大量誘拐事件でも王子殿下に横槍を入れてきたと聞いております。おそらく手柄を横取りされたと逆恨みして王子殿下の名を失墜させようと暗略を巡らせていたのですよ!」
口角泡を飛ばしながらアヴァリスが言葉を続ける。
「そもそもあの男がパーティーの場にいたこと自体おかしいと思いませぬか?聞けばあのルークとかいう男は最近ランパート辺境伯のところに出入りしたというではありませんか。おそらく王子殿下を陥れるために取り入ったのでありましょう。田舎者故権謀術数に疎いランパート辺境伯はまんまと騙されてしまったのでしょうな」
「うむ……しかし……」
そんなことはない、と言いたかったがあの戦いが実質敗北であったことを認めたくないゲイルの心にアヴァレスの言葉は甘い蜜のように沁み込んでいく。
「あのルークとかいう男、なかなかの食わせ者ですぞ。ランパート辺境伯を傀儡とし、その娘を
「た、確かにそれは俺もそう感じていた。あの男は危険だ」
ルークの実力を本能的に掴んでいたゲイル王子の直感はアヴァリスの甘言に塗り替えられていく。
「でありましょう?それにあのような試合では王子殿下の本当の実力など出せる訳もないのです。あれが実戦であればあのような小僧っ子は息つく間もなく王子殿下の刃の元に切り伏せられていたでしょう」
「当たり前だ。俺の力は実戦でこそ本領を発揮できるのだ。周りに気を使わねばならぬ試合などで本気を出せるものか」
アヴァリスは揉み手をせんばかりの勢いで話し続けた。
ゲイル王子もアヴァリスのなりふり構わないおべっかに次第に機嫌をよくしていく。
「然り然り、凡俗共はそのことを分かっておらんのですよ。大衆は口を揃えてルークをほめそやしておりますが、このアヴァリスはしっかと分かっておりますぞ。実戦であれば王子殿下に敵う者などいないことを」
「ふ、ふん、貴様も少しはわかっているようだな。しかし試合とは言え結果は結果だ。その事実は変えようがあるまい」
「いえいえ、そんなことはありませんぞ」
アヴァリスが大きく首を振る。
「今一度あの小僧に対して王子殿下の実力を見せつけてやればいいのです。今度は実戦の場で」
「馬鹿を言うな!たかが従者を見返すためだけに俺に真剣勝負をせよと言うのか!」
「いえいえ、そのような必要はありませんとも。ただ実戦において王子殿下の実力が比類ない物であると大衆に認めさせればよいのです。さすればあのような小僧などすぐに大衆の記憶から忘れ去られましょう。さすればきゃつにはペテン師の汚名がまとわりつき、この国にはおられぬようになりますよ」
「……だがそのような場をどうやって作るというのだ。戦争でも起こす気か」
「王子殿下、お忘れですか。近々そのうってつけの機会があることを」
アヴァリスの言葉にゲイル王子がかッと目を見開いた。。
「
「はい、その場にランパート辺境伯とあやつを招集すればこれ以上の好機はありますまい」
舌なめずりをしながら笑みを漏らすアヴァリスの顔は獲物を捉えた貪欲な獣のようだった。
◆
「お父様、どうしたのです?難しい顔などなさって」
「ああ、アルマか。いやなに、先ほどグリード卿からの書簡が届いてな」
ウィルフレッド卿は難しい顔で書面をアルマに見せた。
「武装した状態で領地に押し入った件で私を正式に告発するという通達だ。まったくあの男はどこまで厚顔なのだ!」
吐き捨てるように言うと書簡の束を机に放り投げる。
そのうちの1枚がひらひらと床に舞い落ちた。
「もうお父様ったら。怒っているからと言って手紙を床に落としては駄目ですよ……あら、これはなんでしょうか?」
書簡を拾い上げたアルマが不思議そうな顔でその書簡をウィルフレッド卿に手渡す。
それを見たウィルフレッド卿が表情を一変させた。
「これは……
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