***


彼らの足取りが交わったのは、偶然の話であった。


夕方6時。ガラス貼りの屋根から暗がりが見え始めた若松商店街の中央広場は、ちょうど4つの通りが交わる場所にある。


商店街の中心、更にその中心に集まった視線。ようやく世界を夜へと動かし始めた彼女の、"私も明星でありたい"と秘めた願いを揺らめかせたアクアマリンのピアス。女の子であった彼女が"大人に"なろうとしている瞬間を拡大し収めたヴィジョン。



「近くにいられはしませんが、自分の事のように嬉しいですね。」


並んでヴィジョンを眺める4人の男達。その中でも夏用のジャケットを羽織って、線が細く見えるのが古浦湊(こうらみなと)であった。アイドルであった彼女のマネージャーをしていた彼は、一度消えてしまった星が燻り始めた事を切に喜んでいる。


「楽しみだな。逃した魚が大きいのかどうか、直に分かるぜ?そいつを釣り上げるのが荒行かどうかもな。」


ふふ、と古浦は薄く笑った。会社の同僚である饗庭康隆(あいばやすたか)とは、見た目も性格も違う。ベルトの内側に収めたカッターシャツの袖を捲って金髪刈り上げの元重量級ボクサーが豪快に笑う姿が見えていたのだが、これが真っ向勝負のストレートでない事も古浦は読む事ができていた。



「どうでしょう?僕達の予想より大きくなるかもしれません。」


2人の視線の先には、赤く塗装された缶のコーラを飲んでいるぶっきらぼうな男。青いカッターシャツをラフに着た男の愛想の全くない表情が思慮深く見えるも、短く切られた無造作な髪が若干の野性味を感じさせた。


黒沢辰実(くろさわたつみ)。ヴィジョンに映る彼女が身に着けているアクセサリーのデザインを担当したのは彼、詳しくは彼が店長をしているデザイン事務所である。


「彼女次第でしょう。…言うなれば未だ"不確定要素"です。」


"ええ"と、ぶっきらぼうに答えて辰実はまたコーラを口にする。少し温くなったが、まだ残る炭酸の刺激が心地よい。


「"明けの明星"。彼女を言い表す言葉としては妥当な所ですよ。」

「詩人ですね」

「貴方も、同じ事をお考えになられてるのでは?」


音に聞こえない、辰実の愛想笑いだけが答えを語っていた。


ヴィジョンには彼女と、白ホリスタジオで彼女を撮影する様子だけが延々と流れている。その様子を眺めていた辰実よりも、隣に立っている浮田文則(うきたふみのり)は険しい表情で考え事をしている様子。


高い慎重に、ベストを着こんでカッチリ固めたスーツ姿には、一切の隙が見えない。


「まだまだ、彼女は"花形"でしょう。」


収益力や成長性に則った2次元のグラフではない、彼女がまだ"表現者"としての可能性を秘めているという意味であった。



篠部怜子(ささべれいこ)。


大学に在籍中、グラビアアイドルとしてデビューし人気を誇っていた。今まさにヴィジョンを占領している彼女が不祥事を理由に契約を解除されたのは半年近く前、大学の卒業を近くに控えた時の事である。


その後、若松商店街に拠点を構えるデザイン事務所に就職する事が決まる。いち社員として仕事をしていく中で、彼女を必要とする声があった。


奇しくも、声は怜子の"表現力"を求めていた。



"もう一度、グラビアに戻りたい"



これはあくまで彼女自身がそう願った事と、声に応えたいと願った事により始まった"篠部怜子"の物語。モラトリアムのどん底から、強さとは言えずとも泥臭く、それで美しく見える物語なのだろう。


誰が仕掛けた舞台なのかも分からない。それでも怜子を主演とする舞台の上でそれぞれの役を演じている事を、辰実は考えていた。


彼女の物語の上に敷かれた、自分の物語であるかもしれない。それでも彼女は、確かに中心にいた。

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