第2話
成人の儀を行うまで、私が婚約者を決めるまで猶予が与えられた。
一つだけ不安なのはメイメイのことだ。メイメイが幸せになって、結婚して家庭を築く姿を見たいと思う。
この世界は剣と魔法の世界。
もしかするとメイメイの体をどうにかできる魔法も、どこかにはあるのだろうか。
メイメイの体にかかった魔法を取り消す魔法とか?
そんな魔法は聞いたこともないけれど。一抹の望みにかけて探してみようかな……。
「性に関する魔法ですかあ? ございますよう」
「あるんですか!?」
魔法の師にダメ元で聞いてみれば、あっさりと肯定された。
あるんすか!?
羊を思わせる白のふわふわとした天然パーマに丸メガネの師匠は本棚から一冊の古びた書物を取り出して、私に見えるように開いた。
「……ずいぶんと古いですね」
「まあ、かれこれ100年以上のものですからねえ」
「そんなに! ……あの先生、私の翻訳間違いであると思うんですが、もしかして魔王領と書かれていませんか?」
「さすがですねえ、ウルバノ殿下。この古魔文字を読み解けるとは、先生も鼻が高いですう」
開かれた箇所をどうにか読み解くと、師は顔を綻ばせて手をたたく。
書物は魔法で浮かせている。
魔文字とは魔族から発祥した魔法を扱うときに必要な特殊な文字だ。
魔文字で呪文を記すことで魔法が生じる。
魔文字は魔族の公用文字で、古魔文字は複雑すぎて廃れてしまった古い文字になる。
わかりやすくいうと漢字と繁体字だろうか。一見、両者は似てるんだけど複雑でむっず! となるのが古魔文字だ。
人の社会では基本的に使われてないけど、王家の義務教育の一部なんですよねえ……。
「ええ、その通りです。これは100年前に王家に輿入れした当時の魔王が結納品として持参した魔王領の文化や風土を記したものですからねえ」
「へ、へえ……つまり、どういうことでしょう」
「つまりい、殿下のおっしゃるような性の魔法は魔王領まで行かないと手に入りませんねえ。
もしくは、この書物を全て翻訳してしまえば、あるいは可能性はあるかもしれませんけど……何年かかることか、それにそもそも生き物を生まれたままの姿からいじくるのは人の社会では禁忌ですからあ」
「OH……」
降ってわいたチャンスである。しかし魔王領……。
噂では人の暮らす土地に侵攻を考えているだとか、そういう戦争の噂の絶えない地域だ。
とくに当代の魔王は一切の姿を見せず情報が少なく得体が知れない。
……しかし、そこにメイメイの体を治せる魔法があるかもしれない。行くべきか行かざるべきか。
答えを出せないまま、私は成人の儀の当日を迎えた。
魔王領に行くとしたら、かなりの準備と自由になる時間が必要だ。
残念ながら私にそこまでの時間はなかった。
「お似合いです、ウルバノさま」
「ありがと、メイメイ」
この日のために仕立てられた正装に袖を通した。
鏡の前に立ち、メイメイに身支度を手伝ってもらう。
肩までの金髪をハーフアップで軽くまとめ、白地に金の細かな刺繍が施された正装をしているウルバノは鏡のなかで立っている。
見た目だけなら完璧な王子さまなのに中身が私でさえなければね。
ともに鏡のなかのウルバノを眺めていたメイメイが私に深く頭を下げた。
「これまでお世話になりました……ウルバノさまに拾っていただけて私はあまりにも幸福でした」
「そういう最後のお別れみたいなのやめてよ。私はこれからもメイメイに世話になる予定なんだよ?」
「……ふふ、そうでしたね。少し気が早すぎましたかね」
「じゃあ、行ってくるよ。メイメイ、またあとで」
「はい。……行ってらっしゃいませ、……ウルバノさま」
部屋を出て、成人の儀を執り行う広間へと向かう。
廊下を歩きながら決心を新たにする。
儀が終わったらやっぱり魔王領に行こう。
さっきのメイメイの言葉に不覚にも鼻がツンと痛んだ。
こんな直前に泣き出すわけにもいかず、なんとか耐えたけど。
メイメイがいつか愛したい思える相手に出会ったとき、子供を欲しいと思ったときに自分ではどうしようもなかった理由で叶わないなんて、そんなのは惨すぎる。
たぶん、私はメイメイと自分を重ねている。
男とも女ともつかないメイメイに、男の体をした女の自分を重ねているのだ。
だからどうにかメイメイには幸せになってほしいと願っている。
私はこのまま恋もできない相手と結婚して子供を作る。
メイメイには恋をして、その恋した相手と幸せになって欲しい。
自分には出来ないから他の相手にそれを望むとか、とんでもないエゴだけど別にいいだろ。
それでもいいだろ、と思うことにする。
気が付けば成人の儀が始まり、玉座に座る国王の顔が見える距離まで歩いてきていた。
硬い大理石の上を一歩一歩、踏みしめながら前へ行く。
大広間の周囲には大勢の貴族、や聖職者が行く末を見届けようと立っている。
大広間の天井付近には伝説の描かれたステンドグラスがはめ込まれている。
聖なる剣を抜く王の伝説だ。
私を待つ国王の前には錆びた剣が突き刺さっている。
この国に伝わる聖剣で、王位継承権を持つ王子が産まれたときに国王が台座の深くに突き立てる。
そして17年後に成人を迎える王子が剣を抜いてみせることで聖剣に認められた次代の国王であると示すのだとか。
聖剣を抜く儀式への挑戦自体は全ての人に与えられるのだけど、あいにく私は剣が抜かれるところを見たことがなかった。
剣を抜くというのはステンドグラスにもなっている、この国に古くから伝わる伝説だ。
最もこの儀式事体がパフォーマンスに過ぎないわけで。剣の柄に手を伸ばす。
陽光で温まったのか、少し温い。
それを掴む手に力を込めて、思いきり引き抜く。高く掲げた剣の刃がステンドグラスから差し込む色とりどりの光を反射して広間全体をさらに鮮やかに照らし出した。
まばゆい光に思わず目を細める。
なんとも神々しい光景だろう。
そしてその光景の中心に立つのは次代の若き王。だからこそ王子の成人の儀にふさわしいとされてきたんだろう。
抜いたばかりの剣を国王へと掲げる。
いくつかの洗礼があり、成人の儀は無事に終わろうとしていた。
そのときだ。
ステンドグラスが勢いよく割れた。カラフルな硝子の雨が広間に降り注ぐ。
「魔物だわ!!」
誰かの叫びが響き渡った。
天井付近にはコウモリのような翼を羽ばたかせる見たこともない紫の肌の生き物。
驚く間もなく、翼をもつ魔物が次々と窓を割り、入り込んでくる。
「近衛隊! 扉への動線を確保して客人の避難誘導をしろ!」
「はっ!! 皆様! 慌てず落ち着いてください!」
我先にと逃げようとするに招待客たちにより広間にはパニックが伝播してしまっている。
国王とともに近衛隊の騎士たちへ声を張り上げて、私はついさっきまで聖剣の突き刺さっていた台座のある広間の真ん中に留まる。
聖剣は容易く引き抜かれ、錆び付いていた刃が真っ白に光り輝きだす。
おお! 聖剣っぽい!
聖剣の放つ光を受けて次から次へと魔物が私をめがけて飛んできた。
どうやら、魔物の狙いは私の持つ聖剣であるらしい。
城内で魔物の犠牲者を出すのは好ましくない。王家の面子にかかわる。
避難が終わり広間内には幾人かの騎士が残った。
やってきた伝令が告げたのは城内のあちこちに魔物が侵入したという報だった。
「ウルバノ殿下。どうされます」
「城内に残る者の避難は済んでいるのだろう。皆は避難場所の警護へ向かってくれ。私が残る城内の魔物を狩ろう」
「ですが、おひとりで相手をするには数が多すぎるのでは?」
荘厳なステンドグラスは無残に割れて、足元には魔物の黒い血と肉片が転がる。
刃についた血を払った。
騎士の言葉に私は口の端が持ち上がっていくのを自覚する。
一人ではないのだ。
「心配無用だ。……避難場所の指揮を父上に任せきりにする気か、早く向かい国王の助けとなってくれ」
「っ、はい!」
騎士たちは返事をして足早に広間を出ていった。
すると私の足元の影がうごめきだす。
影が盛り上がる。
「記念の儀が大変な騒ぎとなってしまいましたね、ウルバノさま」
「仕方ない。メイメイ、城内の様子はどうだった」
影から現れたのはメイド服のままのメイメイだ。
手には魔物の黒い血を滴らせるナイフが握られている。
エプロンにはシミが一つもないのはさすがと言わざるを得ない。
メイメイは影に関する魔法を好んで使うことが多い。というか影魔法の適正しかないらしい。
「近衛兵に誘導されてほとんどの者は避難場所へ」
「そっか。じゃあ片付けよう」
「はい。仰せのままに」
城内に入り込んだ魔物は思っていたより数が多く、殲滅には白かった正装が黒く染まってきってしまうまでかかった。
「どうして突然、魔物たちがやってきたのかな」
「おそらくは聖剣の継承で、一時的に聖剣の使い手がいなくなるのを狙ったのでは」
「そうじゃなくてさあ、今までは大人しくしてたわけじゃん? ここにきて人の領地へ攻めてくる理由がないじゃない」
城の上空で旋回する魔物を見上げながら、メイメイと話をしていた。
魔王領への旅行を計画しているから、あまりあちらとの関係が悪化するのは困るんだけどな。……ん?
「魔王領は魔王が統治してる、魔物の王が魔王。城を襲ってきたのは魔物」
「……はい?」
「もしかしてさあ、これって魔王の宣戦布告だったりするのかな」
「それは、どうでしょう……私からはなんとも」
嫌な予感ほど当たるもので。
魔物の襲撃事件の一週間後、改めて魔王から宣戦布告のお知らせが届いた。
というわけで当代の聖剣の使い手となった私が魔王討伐の旅に出ることに決まりました。
いえーい(白目)
いえいえ……予定があったとはいえさ、こんなことってある?
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