第61話
「なぁオーエン! いつまで難しい顔しとんねん! そんなことやったら折れてまうで?」
レオンが声を張り上げ、手に持ったジョッキを掲げて言う。
今日は、いつにもましてログの酒場は賑わっていた。レオンが声を張り上げる必要がある程には騒がしい。
いつもなら店の奥に置かれている長テーブルが埋まることなど無いのだが、今日は俺達のパーティが独占したことで埋まっている。
それにまだ夕暮れ前だと言うのに飲んだくれ共の顔ぶれが勢揃いしていることもあっていつもより賑わいを見せている。
『あぁ、うん。ありがとう。全然、大丈夫だよ? 折れたりなんかしない』
至って自然に振舞った筈の俺に向けられているの視線は、どれも心配してくれているだろう様子だった。
『っあー……ごめんごめん! いや、落ち込んでるって訳じゃないんだ。違うんだ。だから心配しないで! 大丈夫! さ、皆、飲もう! 《オーエンズパーティ》の門出としては上出来だったはずだ!』
戦に死は付き物だということは、あっさりと割り切れなくても理解はしているし、整理も付いている。ログの酒場に着いて見知った顔との挨拶を交わした時にはもう気持ちは落ち着いていた。
だが、レオンにそう伝わるように行って見ても、明るく振舞っているように見えたのか、テーブルに顎が付きそうになるほど下から顔色を覗き込むように見られているのは変わらなかった。
「ほんま……かいな? ウィーツママさん等の逞しさをオーエンも見たやろ? あれくらいでええんやって! 戦いが終わってすぐに門の外まで出て客引きしとったやん」
「いやいや、ママちゃんズを参考にしたらダメだよー? 今日は踊り子として一応客引きをしてたみたいだけど、あれは絶対いい男を捕まえに来てただけだからねー!」
「えぇえぇ!? そうなんか!? それをはよ言えやー! 捕まってしもてたら良かったぁーあ!」
レオンはそう言って笑いを誘うような大袈裟な動きの臭いを演技を披露した。恐らく俺を笑わそうと無理に演じてくれたのだろう。
だが、それを目の前で見ていたヨウはそんなことだは知らず、レオンへと軽蔑の眼差しを向けていた。
「男ってそんなんばっか考えてんの? きももー……」
「――キモ無いわッ! むしろ健全やわ!」
「ふーん? グインツも鼻の下伸ばしてたしー……」
「ソッ、そんなことはッ、無いのである!」
「ねぇココちゃん? かっこつけてたぢゃんねー?」
「そ、そうカナ? あ、でも、眼鏡をクイクイしてタ」
「コッ、コレはッ! 癖である! 誤解である!」
グインツは立ち上がると取り繕うように眼鏡を指先で上げる仕草を何度もやって見せる。でも、必死に弁明していても耳の先が赤くなってしまっているから相当焦っているのだろう。そのグインツの様子を見ているだけでも笑えてくる。
「ぢゃー今度、ウィーツのママ達が踊ってるところ見に行こーよ!」
「いやっ――ヨウちゃん!? ダメだよ!?」
「なんでっ! 飲み屋を回ってる踊り子さん達なんでしょ?」
「そー……だけどー、そうじゃないというかー……」
「なにそれ! ウィーツはいつも見てるんでしょ!?」
「ボクは拾われた身だから仕方ないじゃんー?」
「分かんない! なんでダメなのか説明して!」
「子供のヨウちゃんにはまだ早いからダメー」
「なぁウィーツ! それってストリッ――」
『――アウットォオオオオオオオオッ!』
思わず大きな声で割って入ってしまった。驚きながらもヨウは訳が分からないと言った表情をしていた。
そしてカノンへと説明を求めるように視線で投げかけていたが、カノンの首振る様子を見てから先は口を噤んでくれた。無知故の過ちであったとしても、そんな話が母さんの耳に入ってしまったらと考えるだけでも恐ろしい。
『ハイッ! 話題を変えます! 以後、その話は無しです!』
俺が手を叩きながら注目を集めたのも、男三人が小声で何やらやり取りをし始めたからだ。カノンが呆れた顔を見せているから間違いない。ここに来て男三人を横並びに座らせたのは間違いだったかも知れないと思えてきた。
『……あー、あっ! そうだ! レオンとウィーツ! 初めて覚醒した時のこと教えてよ! モンスターと戦ってれば勝手に覚醒するの? どうやって覚醒したの? パーティの今後の為にも教えて!』
無理矢理に話題を変えようとしたから、俺の興味の中心である覚醒についての質問しか思いつかなかった。だが以外にも皆が皆興味津々といった風で二人を見ていた。
「あー……覚醒かぁ。……オレはホンマの朝一、夢から覚めた時やったなぁ」
「ボクはダンジョンで休憩してる時にー……思い付き? ピンときた感じ?」
『え、モンスターとの熱いバトルの時にッ! ってーことじゃないんだ……?』
「せやなーカプノスのクラメンで、風呂入っとるときに覚醒したって人もおるしな」
「でも、成長は“必要”なのよね? 20階層未到達で覚醒してるなんて聞かないもの」
「多分そーちゃうかな? ある程度の強さは必要やと思うけどー……なぁ?」
「恐らく、としか言えないねー。きっとみんなもその内だと思うよー?」
覚醒者のレオンとウィーツは顔を見合わせ頷くばかりだった。強者に至る為の通過点としては分かりやすい基準となる覚醒だが、二人の話を聞いて見てもそこに至るまでの道筋までは得られそうに無いみたいだ。
『そっかー……じゃあ素直にレベリングするしかないか』
「せやなー。まぁダンジョン通うしかないわな!」
「あ、そうだわ。今後、パーティとしてダンジョンに通い出す前に“決めておきたいこと”があるんだけどいいかしら?」
そう言ってカノンは目の前の皿を押し退けて懐から手帳を取り出した。
「はい。じゃあ“スケジュール”“集合場所と時間”“報酬分配”“探検階層”などなど、色々と決めちゃいましょう」
『あぁ、そっか。防衛戦のせいでパーティとしての決め事が有耶無耶になったままだったね』
「そうね。ニーテがまだ働いてる内にさっさと決めちゃいましょ。その方が貴方もいいでしょ?」
カノンの気遣いに痛み入る思いだ。そう言われてみれば確かにと納得させられた。母が勤務を終えてこちらの席へと来るまでに決めておきたい。流石に母も口出しまではして来ないだろうが、要らぬ心配を掛けてしまうかも知れないからだ。
「個人的にはとりあえず“明日は休み”だと有難いわ。活性化の影響含め、情報収集、それにパーティ申請と今日の分の報酬受け取りの割り札を提出しに行きたいからギルドに顔出しておきたいわね」
『ぉおー助かる! あ、そう言えば活性化の影響でダンジョン内部にも変化があるんだっけか』
「基本的には変わらぬらしいが、一部構造の変化、それに今まで目にしなかったモンスター然り、アイテムが見つかることが少なくは無いのである」
「探索系パーティの稼ぎ時でもあるわね。それに王の兵団も派遣されるはずだわ。とは言っても流石に人員が多くても内部の情報が得られるまでには“時間を要する”はずよ」
防衛戦というダンジョンからの試練を乗り越えた人類への報酬は多岐に渡る。既に目に見える形として表れているものもあり、探検者でなくとも活性化による影響というものに人類の興味が注がれているのだ。
周りのテーブルでもその話で持ち切りだと言ってもいい。ログの酒場で座っているだけでも新しい情報が舞い込んでくる。
俺達が初めに得た情報はアンダーの居住3層の拡張だった。まだ正確な情報は耳にしていないが一回り大きく拡張されたらしい。土地の所有者である王国から出張って来たワーカーが今も必死に碁盤の目状に線を引いて回っているようだ。
その算出が終わる頃には経済が急激に回り始めるだろう。経済に明るくない俺ですら土地の貸し価格が下がるだけじゃないことくらい分かる。
大工は勿論、上物の建築素材、家具に調度品、何から何までこの数日間で価値が変動してしまう筈だ。風が吹けば桶屋が儲かると言うようにどこまで影響が見られるかと想像するだけで浮足立ってしまうような気分になる。
『色々と楽しみだ。カノンの情報収集能力には期待してる! あ、でもちゃんと休んでよ?』
「分かってるわ。余裕あるときに顔出して、ちょーっと“気楽に”受付嬢の仕事を熟すだけだもの」
『なら、いいんだけど無理しないでね。あ、もうミドルへの転属って目標は良いんだっけ?』
「一応、情報収集に有利だからワーカーとしてのクラスアップは捨ててないわ。だから貢献度は溜めないといけないけど昇進に前ほど執着はして無いわね」
そしてカノンは俺にだけ聞こえるように“誰かのお陰でね”と意味深に囁いた。それと同時、俺の足先が揺れた。
あざとくもカノンは俺の足を皆に分からぬようにテーブルの下で小突いたのだ。探検者としての道筋を得たカノンの夢は変わってしまったがこういうところは変わらないらしい。
「まっ、それはいいとしてー、まずは簡単なことから決めましょ。集合場所は“ミドルのゲート前”で、どうかしら? 集合時間はー……」
カノンが進行するままにパーティとしての決め事を定めていく。長い話になりそうだと背筋を正してはみたが、思いの外、滞りも無く円滑に話は纏まっていく。そのほとんどが二つ返事というか、カノンの提示した条件がそのままに決まっていく。
フーガさんは報酬分配が等分であることに難色を示していたが、サポーターと言えど俺達と同じだけの報酬を受け取る権利があると皆で言うと渋々ながら納得してくれた。すったもんだあったのはそれ位のものだった。
そして、これからパーティを組むにあたって不足があれば都度、変更して行こうと締め括られた。
「とりあえずは20階層から30階層で様子見ってことで。……はい。じゃあこれで一通り“オッケー”ね。……あ、そうそう、ココ? 胸当ては“ちゃんとしたもの”を、着けてる?」
「……胸当て? えと、その、……下着のことで――ィひゃ!?」
「やっぱり。これじゃ駄目じゃない。ちゃんとした物じゃないと防具としても不安だし、それに動きにも支障が出るでしょ? いくら後衛と言ってもちゃんと金属製の、押さえの利くものにしなさい?」
苦言を呈したカノンは顔を赤くしたココの胸元を抑えながら何やらアドバイスをし始めた。
ココの装備は見るからに後衛のものと分かる作りであるが、そのゆとりある部分を押さえ付けてアドバイスをし始めるから前で見せられている側の俺達は目線のやり場に困ってしまう。
『……ちょっとカノンさん? 公共の場でなにを?』
「なにをって? あぁ、オーエンの装備で言うと“カップ”のことを教えてあげてるのよ?」
『カップってパンツの? 下の装備の股間部分に着いてるヤツ?』
「そう。大事でしょ? 男性の胸当ては装備の上に着いてることが多いけど“女性は”揺れないように下着の上から着けて押さえるのが当たり前なの」
そう言ってカノンは自らの胸をノックするように叩き、コツコツと堅い物が入っているような音を鳴らした。
『ほぇー……なるほどー……』
「いいココ? ちゃんとこの部分で“調節”できるものを買うように。汗もかくし、休憩中に緩めたい時もあるでしょ? 明日の夕方で良いなら一緒に見に行ってあげるわ」
姉と妹のような二人のやり取りを感心しながら眺めていると、
「グインツ? どこ見て、何を、納得した感ぢ?」
「い、いや、別に……で、ござるよ?」
「は? ま、ぢ、で、……ぶっ飛ばすよ?」
「だから何も言っておらんでござろう!?」
「ヨウちゃんの個性だから仕方ないよねー?」
「……は? 何が、私の個性だって?」
「一定数の需要はあるんじゃないかなー?」
「――ッ!」
徐に立ち上がったヨウはフォークを逆手に握りしめていた。だが、まだ牙剥き出しの鬼人にも良心はあるようだ。
フォークを握りしめた手を震わせ、呪詛のような怨念の声を吐き出しながらも、寸でのところで踏みとどまっていると言った状態だ。
とは言え、その様子を見てもウィーツはヘラヘラと笑っているままである。そしてウィーツであればいともたやすくヨウの攻撃を避けられるであろう。だからこそ俺は、ヨウとウィーツの間に割って入ることにした。
『――服の作り的にねッ!? よッ、よく考えられてるってことだよね?! ねッ!? その感じの服の胸元から金属が見えちゃッ、なんだかッ、勿体ない感じがするもんねッ!?』
見開かれたヨウの目は何処か虚ろだった。だが、視線を逸らすことなく言い切った。途中余計な事を口走ろうとしたであろうウィーツをけん制しつつ押し切れたように思う。だとしても顔からは冷や汗が噴き出る。
そしてこういう時に限って喉が鳴り、頬は引き攣る。俺が取り繕ったとバレてしまえば元も子もない。どうか早とちりしたと誤認してくれ、と願いながらヨウの反応を伺っていた。すると、
「……ふ、ふーん? そ、そーゆーことっ、ねー? さ、流石、オー君! そーなんだー、見えないように上から布を充ててるんだー……よ?」
乗り切った。ヨウの反応を見るに誤魔化せたみたいだ。それどころか要らぬ勘違いをしたと思い込んだヨウは恥じらいを見せている。
「……オーエンって、ヨウちゃんに甘――」
『――ウィーツ! 余計な事はッ、言わない!』
「そ、そうであるぞ! お主のせいで拗れるのだぞ!」
「裏切りは良くないよ! グインツが始めたくせにー!」
収まったと思えば今度はグインツとウィーツまでも立ち上がり、互いに責任の擦り付け合いを始めた。
こうしてヨウ達三人組を見ていると仲が良いのか悪いのか分からない。絶妙なバランスによって今まで保たれていたのだろう。フーガさんも止める様子も見せない。レオンとの会話を優先している辺り、慣れたか呆れているかといったところだろう。
「あ……せや、ウィーツの武器見してや。それ、どないなっとるんか気になっとってん」
ウィーツが立ち上がったからか、武器が視界に入ったのだろう。レオンはウィーツの武器を見て興味深そうにしている。
「ん、これー? いいよー。はい、どーぞー」
「さんきゅー、……へぇ、魔道具と組み合わせとるんか」
『え、レオンって武器をぱっと見ただけでどうなってるか分かるの?』
「お? おー……あぁ、せやせや。まだ言うてなかったっけか。それがオレの能力の一つでもあるねん。……でも、コレなんや思てたんと違うなぁ。刀身強化でもしてるんか思てたけど違うんやな」
レオンは刀を鞘から抜かずに手に乗せただけで武器そのものの良し悪しを見極めているようだった。能力の一つと言っていたが、ログさんの持つ【目利き】のようなスキルなのだろう。
「へぇー! 見るだけで分かるって便利だねー?」
「せやろ? でも、正確には手に持てば分かるっちゅーもんやで。武具に限られるけど素材やら、能力やら、それの使い方が流れ込んでくんねん。……ところで、これ光らせるだけの意味ってあるん?」
「ほほー、そこまで分かるのか! それは我が光らせる為だけに改良した魔道具の刀であるのだよ。ウィーツの能力は印象に残った場面の投影再現であろう? だから派手であればこその為にそうしているのだ」
「そっ、ボクがグインツに頼んで作ってもらったんだー。ここに魔力を充電してーその輪っかのトリガーを引けば光るんだよねー。緑色の残光が綺麗だったでしょー? ボクにとってはそれだけで意味有ー!」
己が能力を高める為にそうしていたとは気付かなかった。俺もレオンと同じように切れ味が上がるだとかの効果がある物ばかりだと思っていた。
まさかそれがただ光るだけだったとは。と言っても戦場で見たウィーツを思えばそうするのも納得せざるをえない。
『なるほどなぁー……、皆色々考えてるんだなぁー……』
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