響貴の章 ②
時刻は夜の三時。
本部の地下三階にある幹部専用の会議室は、重たい空気に包まれていた。
亜夜人は病院。斗和は追われる身となり、崇史はその追跡を監督しに行った。
ここにいるのは結凪と響貴、英信のみ。
英信は頭を抱えている。このところ続く不祥事と、その結果としての人心の〈生徒会〉離れを食い止める術がなく苛立っている。
何より響貴が斗和を逃がしたことが、とどめとなった。
「まさかおまえに裏切られるとはな…」
「裏切ったわけじゃない。ただあの瞬間は、斗和への恩が勝ったってだけで」
「うるせぇ。おまえとは絶交だ。もう一生口きかねぇ」
「ごめん。気の多い男で」
軽く返した時、響貴のスマホが鳴った。見ると、亜夜人からである。
メッセージには、母親から〈西〉の兵士が〈東〉に送り込まれてきたという情報を得た、とあった。すでに唐京に入り込んでいるらしい。
(兵士が…?)
にわかには信じがたい話だ。少なくともこの七十年、前例がない。
(もし本当だとしたら、何が目的だ…?)
考え込みながら、もしこれで大規模な攻撃でも受けたら厄介だと感じた。
そんなことになれば〈生徒会〉はふたたび世間の支持を取り戻すだろう。現在、意気消沈しているメンバーにとっては喜ばしい事態だろうが、自分の本意ではない。
「――――…」
その時、退屈そうにスマホをいじっていた結凪が、ふと顔を上げた。
「…ねぇ、なんかやたら静かじゃない?」
「…そういえば…」
本部の地下一階と二階には、活動のせいで昼夜の逆転してしまったメンバーなど、誰かしらがたむろしている。そろそろ駆除も終わった頃だし、話し声や物音が聞こえてきてもいいはずだ。
にもかかわらず、今はそういった物音がまったくしない。
「まさかみんな逃げたとか言わないでしょうね?」
やや尖った声音で言うと、結凪は席を立って部屋の外に出ていこうとした――否、出て行こうとドアを開けたところで、前を向いたまま一歩、また一歩と戻ってくる。
「…なんなの、あんた達…」
真っ青な顔で彼女がつぶやくのと同時に、カラ…っと鉄のこすれるような音が聞こえた。
投げ込まれた何かが、床をすべってきたのだ。
「――――!!」
サバイバルナイフを抜いた英信が、椅子を蹴って立つ。
「伏せろ!」
そう叫んだ瞬間、強烈な光が視界を灼いた。加えてドン! と生じた爆音の圧力に全身を強打される。たまたま――本当に偶然、英信の身体が盾になり、響貴は多少被害が軽減した。
しかしまともに食らった英信と結凪は、音を立ててその場に倒れ込む。
響貴がひとり這いつくばってうめいていると、部屋の中にバラバラと人の入ってくる気配がした。
全身黒一色、黒い覆面、ゴーグルをつけた、謎の一団。
言葉もなく、わずかなジェスチャーだけで、彼らは英信と結凪の身体を瞬時に外へと運び出した。
響貴はとっさに動けないフリで身体を横たえる。すると両脇から腕を持って運び出された。
(プロだ――)
一糸乱れぬ統率の取れた動きは、常人とはかけ離れている。出し抜くことができるとは思えない。けど――
廊下のある地点まで来た時、響貴は突然跳ね上がり、自分を運んでいた人間に足払いをかけ、体当たりをする。
バランスをくずした相手の脇をすり抜けて、すぐ横にあった個室タイプのトイレの中へ逃げ込んだ。すばやくドアを閉め、鍵を掛ける。床にしゃがみ込む。
変形するほどの勢いで、ドアがくり返したたかれる。兵士であれば、こんなドアをたたき破るのは造作もないことだ。とはいえ確実に数秒はかかる。
(数秒で充分――)
緊急時のやり取りは事前に決めてあった。
響貴はスマホを取り出し、亜夜人にスタンプを送る。
ゲームのキャラクターが、パソコンの前で頭を抱えている「もうムリ!」のスタンプ。これは、送られてきたら理由のいかんを問わず即座に〈生徒会〉関連の情報をすべて破棄する、という暗号だった。
〈生徒会〉の、表に出すことができない類のデータはすべて響貴と亜夜人が管理していたから。
「早く気づいてくれ…」
祈るようにひとりごちる間に既読がつく。
「よし――」
つぶやくのと同時に、ドアが破られた。降ってくる破片に身を竦めつつ、さらにスマホを操作する。
このスマホの中の情報もすべて消さないと。
その一心で、あらかじめ入れておいたアプリを開いた。気づいた相手が、頭に銃を突きつけてくる。
「よせ!」
それでも止めない。
目を血走らせて、実行ボタンをタップしようとした、その瞬間。
頭に、鉄のバットで殴られたような衝撃を感じた。
「響貴ぃぃぃ!!」
英信の絶叫が聞こえる。
(スマホは? ちゃんと実行できたのか?)
さ迷わせた目が、愕然とこっちを見つめる英信にたどり着く。
(ごめん――)
君に対して、あまり誠実じゃなかった。
おまけに肝心な時、あまり役に立たなかった。
こんなことなら解散なんて言い出さなければよかった。
最後までなるべくいい夢を見させてあげればよかった。
そうすれば、最期の最期に、こんなに後悔することもなかっただろうに。
食い入るようにこちらを見る目に、眼差しで伝える。
ごめん。最後まで一緒にいてやれなくて――。
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