第5章 無敵感、やばい ⑥
会議室を出てから、俺は翔真の肩を抱いた。
「…信じてくれてサンキュ」
小さな声で言うと、翔真がぼそっと返してくる。
「あたりまえだろ。その女の駆除んときは、絶対俺の班を連れてけよな」
「あぁ」
「一緒にやろうぜ」
「――――」
翔真の言葉に何度もうなずく。感謝と、途方もない安堵の気持ちを込めて。
〈生徒会〉に入っててよかった。今ほどそう思ったことはない。もしそうでなかったら、密告のせいでうちは〈生徒会〉の襲撃を受けてたにちがいないから。
俺は間違ってなかった。泣きたいほど安心する。
…って気分的に盛り上がったのはいいものの。
翌日、亜夜人から連絡が入った。調べたところ親父の再婚相手の女――いや、再婚相手のゴキブリは、どうも雲行きの怪しさを察して行方をくらましたらしい。
「すぐ見つけるから、ちょっと待ってて」
という事態に拍子抜けしつつ、しかたなくいつもの毎日を過ごす。つまり学校で授業を受けつつ寝て、放課後はバイトして、その後で〈生徒会〉活動。
七月も半ばを過ぎた頃には、目の前に現実が迫ってきた。
当たり前だけど夏休み前の期末テストが惨憺たる成績だったのだ。そしてうちの学校は、赤点を取った人間は全員、夏休み中にやる補習授業への強制参加が待ち受けている。
七月下旬某日。
試験結果を受け取った俺と翔真は、放課後の教室で憂鬱な気分を持てあましていた。
「だって試験前日の夜にフツーに駆除に出てたし…」
「何でそれで何とかなるって思ったわけ?」
「そういうおまえは」
「前日に集中して詰め込もうとしたんだけど、気がついたら寝落ちしてた」
「なにふたりして底辺自慢してるんです?」
ちがうクラスの昴が、スクールバックを抱えて近づいてくる。
「これから〈生徒会〉なら、いっしょに行ってもいいですか?」
「いいよ。…腹減ったー。その前にマックでも行くか」
俺が言うと、翔真は一度うなずきかけてから、ぱっと顔を上げた。
「な、ピザ取らねぇ?」
「ピザぁ? 食いてぇ!」
「って、…今? ここで?」
俺と昴の反応に、翔真は笑いながらその場で注文のアプリを立ち上げる。
「炭火焼きビーフのNYスタイルと、あとサラミとチーズ、トッピングのチーズ増やして、両方レギュラーサイズで、飲み物はコーラ三つ――」
「信じらんねぇ。ほんとに注文してる、こいつ…!」
腹を抱えて笑う俺の前で、翔真はすました顔でスマホをしまう。
「十分で来るってさ」
十分後、俺達は教師に見つからないよう裏門にピザを受け取りに行ってから、校舎の屋上に直行した。
「あっちぃ~」
午後三時半。まだまだ日が高い。屋上には昼間の熱気がもったりと残ってて、せっかく冷えてたコーラもすぐにぬるくなった。でもこんな時間に屋上で食べるピザは、めちゃくちゃうまい。
何だかんだ言いながら、いっしょにピザを食べる昴を見て、翔真がふと思いついたように言う。
「おまえ痩せた?」
「あ、俺も思ってた」
初めて会った時はぽっちゃり体型だったけど、今はそう感じない。
昴は「セクハラですよー」って言いながら、はにかむように笑った。
「前はインドアだったんですけど、〈生徒会〉に入って、みんなの足を引っ張らないようになりたいって思って、なるべく身体を動かすようにしました。筋トレして、有酸素運動して、汗をかくようにして。そしたら、すごく体重が落ちて…」
「よかったな。まぁピザ食え」
ずいっと昴の前にピザを押しやる翔真に、「悪魔かおまえ!」とツッコむ。
昴はめずらしく声を上げて笑いながら、俺達と同じ量のピザを食べた。その後、ゴミをできる限りコンパクトにまとめてビニール袋にしまい、証拠隠滅をはかる。
「じゃ、そろそろ行こうか」
三人で腰を上げた時、ちょうど傾きかけた陽に照らされた街が目の前に広がっていた。
黄金色のまぶしい景色に目を眇める。
「…なんか俺、今なら世界征服できそうな気分」
つぶやいた俺に、昴がしみじみ返してきた。
「わたしなんか――世界征服に失敗して破滅しても、全然後悔しない気分」
※
結局、ピザを食ったことはバレた。
たまたま廊下ですれちがった教師が、あたりに充満するピザの匂いに気づき、発生源を探した結果、昴が後ろ手に隠していたゴミを探し当てたからだ。
おかげで居残りで反省文を書かされた。
ようやく解放されたのは夕方六時。
ちょうどその時、亜夜人からLINEが来た。親父の家から姿を消した再婚Gが見つかったっていう報告だった。
夜の十二時に、そこに集合――そんな指示の後に添付された住所は、そんなに遠くない。
早速翔真が自分の班にLINEで連絡をした。
「うちの班は十時に俺んち集合ってことにした。けどまぁみんな、その前に集まるんじゃん? おまえらどうする?」
一人暮らしということもあって、ここんとこ翔真の部屋は、班員のたまり場になってる。
そのまま三人で〈寮〉に直行すると、案の定八時には班の全員が集まっていた。
コンビニで仕入れた菓子やら弁当やらを食って、ダラダラしゃべる。それを尻目に俺はスマホでテレビを見た。今夜は〈生徒会〉特集というタイトルのテレビ番組が放映されている。
軽く見られるバラエティ系かと思ったら、わりとガチな内容だった。
〈生徒会〉に好意的な識者だけでなく、批判的な人間も出演している。
『こういう状況です。〈生徒会〉の活動はやむをえないでしょう。今は国家を守るために闘争が必要だ』
『収容所などに隔離するというのならともかく、命を奪う必要はないという意見もありますが』
『〈生徒会〉がそれをしているかどうかは、はっきりしていません。ですが仮にそうだったとして、彼らの行為は犯罪ではありません。巧妙にしてひそかな侵略との戦いなのです』
『判断力の未熟な子供が、人を殺しているかもしれないんですよ?』
『〈西〉のテロだって〈東〉の人間をずいぶん殺したじゃないですか。放っておけば、また起きますよ』
『ですが押収された〈リスト〉の人間すべてがテロリスト予備軍と決めつけるのは、いささか乱暴ではないかと…』
『〈西系〉は罪を犯しながら、それを社会のせいにして開き直る。そして釈放されればまた性懲りもなく罪を犯すんです。〈西系〉は劣等種だ。彼らがいるせいで社会は劣化し、経済も脅かされている。市民は不安を覚えながら暮らさなければならない。これが普通の状況だと言えますか――』
「おい、斗和」
「んぁ…?」
誰かに肩を揺さぶられて目を覚ます。
番組がシリアスすぎて、いつの間にか寝てたらしい。でも夢の中でも小難しい話がずっと続いていた。眠った気がしない。
スマホで時間を確認すると、夜の十一時半。そろそろ出発だ。俺が立ち上がると、翔真が班員に声をかける。
「行くぞ」
数分もしないうちに、全員が武器を持って外に出ていた。
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