第3章 駆除は数こなせば慣れる ④
翌日――
電車の中で会った翔真は〈生徒会〉の制服を着ていた。
「おま…っ」
「あれ? おまえなんで普通なの? ちょっともー、やだぁ。俺だけ目立つじゃん!」
翔真は明るく笑った。けろっとしている。
でも暗黙の了解があるのを感じた。俺も、翔真も、昨夜のことは絶対口にしない。
何でもないふうを装って、肩をすくめる。
「うちまだ親にも妹にもカミングアウトしてないし」
「まぁ言いにくいよな。俺は言ったけど」
「どうだった?」
「全然ダメ。元々うちの親、〈西〉きらいだからわかってもらえると思ったんだけど…。『なんでおまえがそんなことしなきゃならないんだ』って、すげー言われた」
「千春には? 言ったのか?」
訊ねると、翔真の顔が曇った。
「あぁ。…なんかボロクソ言われた。〈生徒会〉なんか理解できないし、したくないんだってさ」
「彼女らしいな」
俺の言葉に、鼻を鳴らす。
「世の中がきれい事だけで動いてると思ってんだろ。どうせ」
「…いいのか?」
翔真は、いつも結凪の話ばっかしてるけど、リアルには前田千春のことを一番大事にしてる。
他の女子とは比べものにならないくらい、彼女が特別なのを、俺は知ってる。
でも翔真は、どうでもいいと示そうとするかのように、そっけなく吐き捨てた。
「関係ねぇよ。本当のことなんか何も知らないくせに、上から目線でムカつく」
※
その日、学校が終わってから一度家に帰ると、ダイニングで母親と鉢合わせた。
ばったり会ったっていうより、待ちかまえていた感じ。普段、平日のこの時間に家にいることなんて、まずないのに。
「え、どうしたの? 仕事は?」
目を丸くする俺に、母親は〈生徒会〉の制服を投げつけてきた。
「あんた、これ何?」
「………」
バサッと音を立てて床に落ちた黒いジャケットを、俺はかがんで拾う。
「…勝手に人の部屋あさんなよ」
「私だってそんなことしたくなかった! でも茉子が、昨日の夜にこれ着て帰ってきたあんたを見たって言うから…っ」
母親は俺の肩をつかんで揺さぶる。
「正気? あんた、おじいちゃんがどんな死に方をしたのか、忘れたの!?」
「だからだよ」
俺は彼女の目の前で学校の制服を脱いだ。それから、〈生徒会〉の制服を身にまとう。
「じいちゃんみたいに、誰も傷つけないでマジメに暮らしてたって、目ぇつけられるときはつけられるんだ。ある日突然囲まれて、駆除される」
ジャケットのボタンを、ひとつひとつはめていく。
「だったら俺は向こう側に行く。やられる側じゃなくて、やる側になる」
「…本気で言ってるの…?」
母親はぼう然と立ちつくして言った。
「どうしたの? 斗和。あんた、そんな子じゃないでしょ? おじいちゃんが殺されたせい? あの事件が、あんたを変えちゃったの…?」
泣きそうな顔で訴えてくる相手に、俺はへらっと笑う。
「まぁいいじゃん。俺が〈生徒会〉にいれば、うちの誰かがヤバいとき、かばってやれるし」
「適当なこと言わないで! そんなこと何の理由にもならない!」
「じゃあ母さんは、自分は絶対〈生徒会〉にねらわれないって言えんのかよ?」
「なにを言ってるの…?」
俺の問いに、彼女は混乱する顔で首を振る。
「…そんなこと、あるわけないじゃない」
「なんでそう言い切れんだよ? 母さんは、駆除されたじいちゃんの娘なのに」
「………」
「俺はやだよ。ある日突然、この家から誰かが消えるなんて」
「斗和――」
「そんなの、絶対に許さない!!!」
絶句する母親の目を見据えて、俺は押し殺した声で断言した。
「………」
返事はない。黙って見つめてくる目に背を向けて、家を出る。
(そもそも…何を言われたって、今さら抜けるなんて無理だし)
もう後戻りはできない。
オリエンテーションで水に沈められたゴキブリは、俺の手の中で動かなくなったんだから。
俺はもう前に進むしかない。
※
今日は、初めての駆除らしい駆除だった。
対象のゴキブリを家の近くで待ち伏せ、帰宅する前に取り囲み、スタンガンで気絶させて心臓をナイフで深く刺す。
ゴキブリに馬乗りになり、鮮やかな手つきでとどめを刺したのは美穂子先輩だ。
「場所はここ。覚えて。肋骨に邪魔されると心臓まで達しないこともあるから、必ず刃を横にしてね。あと刺した後、手首をひねって傷口を広げるのがポイント」
その横で中井先輩が続ける。
「ちゃんと心臓を刺せば、数秒から数十秒で終わる。他の場所は刺してもそうそうすぐ死なないし、動脈なんか刺した日には出血も多くなるから勧めない」
つぶす前に気絶させて、なるべくゴキブリを苦しめないようにするのもルールのひとつだった。
そのほうがこっちの気分的にもやりやすいってのもあるし、よけいな労力を使わずに効率的にすませるためでもあるし、駆除は使命であって遊びじゃないってみんなで確認し合うためでもある――らしい。
その後、宮野と竹地がゴキブリの死骸を四輪のゴリラカートに入れて、ブルーシートをかぶせて所定の〈ゴミ捨て場〉に捨てに行く。
残った俺と翔真は、中井先輩達と現場の片づけに当たった。
ちなみに駆除そのものよりも、後片付けのほうが大変だ。特に新人はくどいほど教え込まれる。
駆除した後、現場は徹底的にキレイに片づけて、そこで何があったのか、一般市民に気づかせないようにしなければならない――って。
「でも生徒会がしてることは正しいことなのに。なんでそうまでして世間の目を気にするんスか?」
翔真が納得いかない様子でぼやく。中井先輩は苦笑交じりに応じた。
「恐ろしいのは〈西〉の人間――そう思わせるためだ。血だらけの現場をそのままにしておいたら、〈生徒会〉のほうが恐いんじゃないかって、誤解する人間が出てくるかもしれないだろ?」
「社会秩序を保つためにも必要よ。私達がやってるのは駆除であって、殺人ではないんだもの。その差をわかっていない人間に、罪を犯してもいいんだって思わせるような痕跡は残すべきじゃないわ」
美穂子先輩は胸を張って主張する。
「私達には使命と責任があるの。犯罪者となんか、いっしょにされたくない」
「わかります。当然ッス!」
翔真は真剣な顔で相づちを打った。
俺もだまってうなずきながら、血の一滴まですべて消された現場を見まわす。
(じいちゃんもこうやって駆除されたのかな…)
首つり自殺に見せかけられてっていう、形のちがいこそあれど、班で囲まれてスタンガンで意識を奪われたのだろうか。
想像するだけで、すぅっと頭の芯が冷えていく。
(まだだ。〈生徒会〉に入ったくらいで安心なんかできない…)
むしろ下っ端のままでいて、じいちゃんのことがバレたら最悪だ。今になってそう思い至り、気が焦った。
(誰よりも活躍して、もっと偉くならないと――)
もっと〈生徒会〉に貢献して、〈西〉のスパイやテロリストだなんてありえないって皆から思われるくらい、徹底的にメンバーになりきらないと。
俺がゴキブリじゃないことを、俺自身の手で証明しないと。
「斗和、どうかした?」
声をかけてきた翔真に首を振る。
「…うぅん。なんか腹減ったなぁって」
「おまえら、神経太いな!」
あきれたような中井先輩の声に笑い、何事もなかったかのように片づけられた駆除現場を後にする。
※
翌日の朝、食卓の上には弁当がなかった。
俺は〈生徒会〉の制服を着て家を出た。
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