第52話 殺処分



「――セラフィム様、脱走者と思われる人間を捕らえました」


 純白の羽根がふわりふわりと舞い散る礼拝堂。

 そこに、結界騎士たちが列をなしてひざまずいていた。

 その先頭にいる結界騎士団長のルークが、祭壇に向けて報告をする。

 

 祭壇にまつられているのは、台座に刺さった純白の聖剣。

 この都市に結界を張っている古代遺物――聖剣・白夜ノ剣。


 しかし、ルークがひざまずいている相手は聖剣ではなく、それを踏みつけるように腰かけている天使のほうだった。



「――聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」



 死天使セラフィムは、歌い続ける。

 それは賛美歌――あまりにも神聖すぎる“自分”を讃えるための歌。


「ふぅ……」


 やがて、セラフィムが悩ましげな吐息を漏らす。


「……慈悲深き私はとても悲しくお思いです。いつ、私が……“私への賛美”を止めることをお赦しになりましたか?」


「し、しかし……! 今はお伝えすべきことが……」


 と、反論しかけた騎士に、セラフィムはにこりと微笑みを浮かべた。



「――口ごたえしたので“窒息死”」



「……ッ、ぁッ、ぐぅ!?」


 騎士が舌を噛みちぎり、溺れるように床でもだえながら絶命する。


「賢明なる私がおっしゃいましたでしょう? この世界では、正義の代弁者たる私こそがルールなのだと」


「…………っ」


 騎士たちが、はっと怯えたように口を開いた。


「「「――聖なるかな! 聖なるかな! 聖なるかな!」」」


 死んでいった仲間から顔をそむけ、騎士たちが叫ぶ。

 すでにはり裂けた喉から血を吐きながら、魔物を讃え続ける。

 全ては――“救済”のために。


「さて、あなたごときの報告はおわかりになりました。わざわざお聞きになられた私に、感謝を捧げることをお赦しになりましょう」


「……ありがたき幸せ」


 ルークが奥歯を噛みしめながら頭を下げる。

 傲慢だが――これは正当な慢心だろう。

 このセラフィムには、それだけ力があるのだ。

 だから、その力に服従するのは、家畜にんげんとして生まれた者の宿命だ。


「して……脱走者は今、いずこに?」


「別館で眠っています」


「では、正しきことを行いなさい」


 セラフィムが微笑む。


「脱走者もしょせんは人間……あなた方ごときでも殺処分はできるでしょう。あなた方ごときが聖なる私に“救済”される資格があるのか、それを示すのです」


「……はっ」


 ルークは膝をついたままうやうやしく一礼をした。



   ◇



 ルークを先頭に結界騎士たちが、別館にある脱走者の部屋へと向かう。


「……脱走者の様子はどうだ?」


「とくに不審がられている様子はありません。眠り薬の効果が出たのか、すぐに全員眠りについたようです」


「そうか……それなら簡単にいきそうだな」


 ルークはほっと胸をなで下ろす。

 思い出すだけでも、テオの存在感は圧倒的だった。

 同じレベル1の人間のはずなのに、結界騎士が全員で束になっても手も足も出ないんじゃないかと思えるぐらいに。


 そんな彼があっさり眠ってくれたのは、それだけ自分たちを信頼してくれていたということだろう。

 あまり気分は良くないが……。


「とにかく……あとは脱走者を殺すだけだ。そうすれば、僕たちは“救済”の資格が得られる」


「はいっ!」


 ルークが自分に言い聞かせるように言うと。

 騎士たちは興奮を隠しきれない様子で頷いた。


「俺たち、ようやくここまできたんだな……!」


「ルーク騎士団長! セラフィム様に“救済“をしてもらったら、みんなで一緒に外の世界へ行きましょう!」


「……ああ、そうだな」


 どうも先ほどのテオの話を聞いて、騎士たちは感化されたようだ。

 それは、ルークも同じだった。


(外の世界、か……)


 何気なく窓の外を見るが、あいからわず外の世界は結界に阻まれて見ることはできない。

 生まれてから、ただの一度も……見たことがない。

 テオが言うには、外の世界には、木が、水が、草が、空が、砂が、岩が――どこまでも、どこまでも、広がっているらしい。


(……本当に、信じられないな)


 ルークの世界の全てだったこの結界都市でさえ、地図上では小さな点にすぎないのだ。

 そして、それ以上に信じられないのは――テオという脱走者の存在だった。


 ――俺は魔物の“王”を殺して、人類を解放する。


 魔物に刃向かい、外の世界を冒険している人間。

 この世界でもっとも勇気がある者。

 まるで、本来の言い伝えにある“勇者”そのもののような人物だ。

 ルークがいつかなりたいと憧れた姿のまま、彼は現れた。


「もしかして、テオさんなら……」


 自分とは違う選択ができたのだろうか。

 本物の“勇者”になることもできたのだろうか。


「……? なにか言いましたか?」


「いや……なんでもないさ」


 ルークは苦笑すると、気持ちを切り替えるように頭を振る。

 どうせ、人が魔物に勝てるはずがないのだ。

 テオが人間としてどれだけ強くても、あのセラフィムに勝てるはずがない。


 どのみち、彼の冒険はここで終わる。

 それならば、この手で終わらせる。終わらせなければならない。



「――彼は、僕の敵だ」



 覚悟を決めるように、ルークは呟いた。

 もしも出会い方が違ったのならば……テオと一緒に、外の世界を冒険する運命もあったのかもしれない。

 だけど、今さらだ。

 今日出会ったばかりのテオよりも、この都市にいる人間の“救済”を優先する。


「ここです」


 やがて、脱走者の部屋の前にたどり着いた。

 それから鍵穴から部屋をのぞいていた騎士が、「眠っています」と小さな声で合図する。

 ルークは一度深呼吸をし、告げた。


「それじゃあ――脱走者の殺処分を始めよう」

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