第35話 世界地図


 食料や物資の調達のため、俺たちはさっそくセイレーンの城へとやって来た。

 善は急げというか、この町で他にやることもないだけだが。


『ふん、ふふん、ふふ~ん♪ 略奪、略奪ぅ~♪ 今日は楽しい略奪の日ぃ~♪』


「なんだ、そのアホみたいな歌」


『略奪の歌よ。作詞作曲このわたし』


「だろうな」


 そんなこんなで、この街の兄妹(名前は忘れた)の案内で城内を進んでいく。


「まずは食料庫に行こう。囚えられている人間がいるなら、ここだろうし」


「へぇ、慣れてる感じだな。ここに来たことがあるのか?」


「ああ、何度もね」


「掃除や荷運びなどで城内にはよく入っていましたから」


「それは、そうか」


 考えてみれば当然のことだ。

 俺もオーガの城で雑用はやらされていたしな。


「で、魔物の残党がいるかどうかだが……」


『いなかったわよ。この城はもう、もぬけの殻ね』


 天井から、ひょこっとフィーコが顔を出す。

 どうやら、その霊体を生かして、ぱぱっと各部屋を調べてきたらしい。


「そうか――“魔力色覚ライラ”」


 とりあえず、敵の言葉は信用できないので、俺も魔力探知の魔法でサーチしてみる。

 が、魔物らしい魔力反応はなし。


「たしかに、いないな」


『まったく略奪しがいがないわね。大切なものを奪われて悔しそうにする敵の顔が見たかったのに』


「まあ、魔物がいてくれたほうがレベル上げもできたしな」


 そこは残念だが、今は非戦闘員である兄妹もいる。

 安全であることに越したことはないだろう。

 それから、地下にある食料庫へ入ると。


『さすがに暗いわね』


「そうだな……灯りが必要か」


「あ、ランタン持ってきてますので火を……」


「いや、その必要はない」


「え?」


『なるほどね……つまり、わたしが輝いているから問題ないってことね?』


「なに言ってるんだ、こいつ」


 とりあえず、灯りをつけるにも燃料がいる。

 今ここの町民に、あまり物資を消費させたくはない。

 というわけで。


「おい、フィーコ。ちょっと俺の手を見ててくれ」


『……? 急になによ。なにか面白いことでもするの?』


「ああ、そうだ。一瞬だから、まばたきせずによく見てろよ」


『ふ、ふん……まったく仕方ないわね。どうせ、人間のやることなんてたかが知れてるけど、せっかくだから見ていてあげてもいいわ。べつに興味があるとかそういうわけじゃないけど?』


「よし、いくぞ――閃光ソルレオ


 手の中に、かっ! と、光の玉を作り出す。



『あぁああああ――ッ!? 目が、目がぁぁッ!?』



「どうだ、明るくなったろう?」


『いきなりなにするのよ!?』


「ただの嫌がらせだ」


 そんなこんなで、とくに意味もなくフィーコの目をくらませたところで。


「わぁ、魔法……」「おぉ……」


 兄妹が魔法の光を見て、感嘆の吐息を漏らした。

 思わぬリアクションに少し戸惑う。


「すごい、こんなこともできるんですね、魔法って……」


「あ、ああ。そういえば、お前たちは魔法を使えないのか」


「まあ、魔法は魔物だけの力だと教え込まされていたしね」


「ああ……」


 ついこの間までのレベル1時代を思い出して、少しげんなりした。

 魔法の訓練をしようにも、数秒発動するだけでぶっ倒れる日々。

 もちろん、上級の魔法は使い方を知っていても、発動することすらできない。

 そんな状況では、魔法の知識があったところでまともに使えないだろう。


 それはそうと、光に照らされた食料庫内を改めて確認する。


「おお……これはすごいな。食材も調味料も種類が多い」


『セイレーンって、グルメだったのかしらね』


 フィーコも食べ物を前にして、すぐに機嫌を直す。

 あちらこちらに飛んでいっては、すんすんと匂いを嗅いでいく。味覚はないのに嗅覚はあるらしく、食べ物の匂いだけでも楽しもうとしてるんだろう。


「おお、これは……蜂蜜の飴か?」


 おそらく、セイレーンが喉のケアのために大量に持っていたんだろう。

 固形の蜂蜜や飴玉は、持ち運びやすいし、腐りにくいし、甘いし、エネルギー補給にもなるしで、冒険にはかなり重宝する。


「他にもスパイスやハーブもたくさんあるな……」


 人狼の城だと、調味料といえるものは塩ぐらいしかなかったからな。

 思えば、町の中で“甘きもの”が食べられるのも、セイレーンがグルメだったことも大きな理由なんだろう。


『ちょっと、調味料なんてお腹の足しにならないでしょう? そんなもので荷物かさばらせるなら、食べられるものを鞄につめなさいよ』


「調味料をバカにするな。冒険においては必需品だぞ」


 冒険先で食べるものがまずいと、じわじわと精神がやられていくからな……。

 今はまだまともな食料を補給できる町も多いからいいが、これから“王”がいる魔界に近づくにつれて、吐きそうになるほど不味いものを食べなければならない機会も増えていくだろう。


「今後、冒険先で食うものが軒並み不味くなるが……いいのか?」


『う……たしかにそうね。それは重要だわ』


 そんなこんなで調味料は優先的に集めていく。

 液体状のものは運ぶのにかさばるし、音も出やすいからダメだ。

 そんなこんなで、あらかた調味料をピックアップしたところで。


『あっ、いいものがあるじゃない!』


 フィーコが弾んだ声を出す。


「って……これは」


 フィーコが指さしたのは壺の群れ。そのうちの1つをのぞくと、壺の中にあったのは塩水に漬けられた大量の肉――――。


「……あ」


 兄妹たちも、その壺の存在に気づいたらしい。

 たしかに、ないはずはないのだ。ここは魔物の食料庫なのだから。

 俺はすぐに壺の蓋を閉めた。


「これは……見ないほうがいい」


「え……? ああ、気を使わなくてもいいよ」


「こういうのは慣れていますから」


「……そうか。どうする? とむらっておくか?」


「弔う?」


 兄妹がきょとんとする。


「そんなことはしないよ。もしも弔いなんてして、この人たちの魂が神のもとにでも行ってしまったら……せっかく死んだのに報われないじゃないか」


「…………」


 そういえば、そうだった。

 この時代では、神を信仰しているのは魔物だけだ。

 神に救いを求めるのは魔物だけだ。

 人間たちは神を信じて、ただ一心に――憎んでいる。


「でも、このまま放置するわけにもいかないだろ。やっぱり、埋めといたほうが……」


「いえ……」


 と、妹が弱々しく答えた。


「ここにある肉は煮溶かして、油をとろうと思います」


「…………」


 年端もいかぬ少女から出た言葉に、思わず絶句する。


「油にすれば、いろいろなことに使えます。だけど、埋めてしまったら……本当にただの“残飯”になってしまうじゃないですか。この人たちが生まれてきた意味も、殺された意味も、なにもなくなってしまうじゃないですか」


 妹が慈しむように壺をなでる。

 固まっている俺に、兄のほうが補足するように言う。


「僕たちは、殺される意味が欲しいんだ。魔物に屠殺されても、生きたまま食べられるのだとしても……そこに意味があるのなら我慢できる。だけど、仲間たちが意味もなく捨てられるのを見るのは……さすがに、つらい」


「……そうか」


 前世からはかけ離れた価値観。

 この世界は、こんな若い兄妹に……こんな言葉を吐かせるのか。

 いや、この兄妹だけじゃない。

 きっと、世界中の人間たちが同じようなことを考えて生きているのだ。


「あ、あの……?」「……て、テオさん、どうかしたんですか?」


 兄妹が怯えたような顔をする。

 おそらく、俺は今、よほどひどい顔をしているのだろう。

 そして、この兄妹にはきっと……俺がそんな顔をする理由がわからないのだろう。


「……これを煮るなら」


「え?」


 俺は顔をそむけてから、しぼり出すように続ける。


「……あとで魔法で火を起こしてやるよ。近くに森もないし、この町じゃ燃料は貴重だろ?」


「ああ……ありがとう。君には助けられてばかりだね」


「いや……」


 まだ……こんなものじゃ、助けたとは言えない。

 人間を魔物から解放しなければ、意味がないのだから。




   ◇




 それから城内をめぐって、旅道具などをかき集めたあと。

 俺たちは城の司令室のような部屋で、戦利品を広げた。


『まあまあの収穫ね。やっぱり、レベルが高い魔物は持ってるものが違うわ』


「剣もちゃんと手に入ったしな」


 武器庫へも寄り、剣も4本新調できた。


「ただ、コボルドの剣か……」


『なにか問題があるの? 前の剣と同じでしょう?』


「ああ、同じ剣だ。質も悪くないし、問題もない。だが……“問題がない”じゃ、これからの戦いでは心もとないと思ってな」


 昨日のセイレーンとの戦いを思い出す。

 おそらく、セイレーンが最終手段として出した音波は、破壊することに長けたものだったんだろうが……それでも、剣を壊された。

 強化魔法をかけていたのに、だ。


 破壊されないように強化魔法をもっとガチガチにかけることもできただろうが……そうなると魔力消費がでかすぎる。


「どこかで、もっと強い武器でも手に入ればいいけどな……」


『うーん、強い武器って言ったら、サイクロプス製の武器かしらね……でも、そもそも武器を持ってる魔物ってだいたい低レベルだから、強い武器ってかなりレアなのよね』


「そうか……」


 まあ、今考えても仕方ない。

 それよりも、と俺は戦利品の1つである、丸められた皮紙を取り出した。


『なによ、そのボロ紙』


「これが今回の最大の戦利品だ」


『ふぇ?』


 年季が入って紙が古くなっていたので、慎重に開いていく。


『あ、これは……』


 と、フィーコはすぐにわかったらしいが、兄妹のほうはきょとんとしたように紙を見ていた。


「なんですか、この絵?」


「不思議な絵だね。なにがモチーフなのかわからないけど……」


「……ああ、そうか。この時代の人間じゃ、知らないのも無理はないのか」


「はい?」


「この紙に描いてあるのは――この世界だ」


「「えっ!?」」


 兄妹がそろって素っ頓狂な声を上げる。

 そう、俺が戦利品として入手したのは、世界地図だ。

 やはり高レベルの魔物が持っている地図だけのことはあり、地形から都市の配置まで、かなり詳細に描かれている。


「……世界って、こんな形してたんですね」


「ちなみに、この町があるのはここだな」


「こ、これが、僕たちの町……? ただの……点じゃないか」


「こんなに……小さいんですね」


「……知らなかった。世界はこんなにも……広いんだな」


「ああ、広いよ。何回生まれ変わっても冒険し尽くせないほどにな」


 だから、冒険はやめられない。

 俺はきっと何度生まれ変わっても冒険者になるだろう。


「……みんな、こんなに広い世界を知らずに、死んでいったんだな」


 兄の目から涙がこぼれ落ちる。

 ずっと鳥かごの中にいた兄妹にとっては、刺激の強いものだったらしい。

 もしも、彼らが鳥かごから一生出られないのならば、この地図はなにより残酷な毒になるかもしれないが……。


「安心しろ……すぐに、お前たちも外の世界に出られるようになる」


「……はい」


 兄妹はそれからも飽きることなく、食い入るように地図を眺めていた。

 彼らに希望を与えたからには、その言葉を真実にしなければならない。


 この時代の人間たちが、自由に外の世界に出られるようにするためにも。

 この世界地図を使って――この先の冒険の針路を決めることにしよう。

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