第3章 絶対王声都市
第22話 魔猪のスープ ~冒険者風~
人狼の城を出発してから3日後。
俺は森の中で、
魔猪の口元にぶら下がっているのは、食べかけの人間の腕。
おそらくは近くの村にでも入って、人間をつまみ食いしてきたんだろう。
食事の邪魔をしたせいか、ふしゅるるる……と魔猪はでかい鼻を不機嫌そうに震わせ――。
『来るわよ』
「……ああ」
魔猪が牙を振り回すたびに、樹齢うん百年はありそうな大木が軽々とちぎれ飛ぶ。障害物などこいつの前では、ただこちらの視界を遮るだけのものでしかないようだ。
俺は魔猪の突進を避けながら、近くで退屈そうにふよふよしていたフィーコをちらりと見た。
「フィーコ、こいつの
『知らないわよ、こんな野良の魔物の
「まあ、だろうな」
魔猪の額を見ると、そこに刻まれているレベルは14。
野良にしてはそれなりのレベルだが……同じくレベルが10台のオーガが“筋肉量を操作させる天恵”であったことからも、たいした天恵ではないと予想はつく。
「とりあえず、やっかいな天恵でもないなら話は簡単だな」
俺はこちらを睨んでくる魔猪と向き直った。
ふたたび突進しようとしてか、牙がまた高速回転を始める。
「俺を食うつもりか? 残念だが……」
手にした剣に、風の魔力をからみつかせる。
「――俺が、お前を喰うんだ」
森をえぐり飛ばしながら突進してくる魔猪。
俺はその突進と真っ向から対峙し――剣を振り下ろした。
「――
剣が、虚空を斬る――。
その刹那、剣身にからみついていた風が、鋭い衝撃波となって放たれた。
それは、まさに飛び翔る剣撃。
ひゅん――ッ! と、風はうなり声を上げながら魔猪へと迫り、その巨体の中心を……通過した。
魔猪の突進は止まらない。
だが、俺に衝突する寸前……。
その巨体はまるで俺を避けようとするように、左右に真っ二つに分かれ――ずしんっ! と、ふたつの肉塊が地面を転がり、衝撃で木々がざわざわと震えだす。
そして……静寂。
「――討伐完了だ」
しばらくして、魔猪の額のレベル刻印から光が浮き上がり、俺の手の甲へと吸い込まれた。
かちり、と手の甲に刻まれた紋章が変化する。
「……これで、ようやくレベル61か」
3日ぶりのレベルアップだ。
さすがに、そろそろ上がりにくくなってきたか。
人狼の城を出た時点でのレベルは60。
そこから3日間、それなりに野良の魔物を倒したのに、レベルは1しか上がっていない。
いや、前世でのペースを考えれば充分に早いのだが。
『そんなことより……それが、今日のランチかしら?』
「ん? ああ、そろそろ人狼の城で補給した食料も減ってきたしな」
魔猪を狩ったのは、文字通り、食べるためでもある。
俺はさっそく魔猪の足を切り落とし、肉を剥ぎ取った。
巨体だから足だけでも充分な量だ。
それから、鍋に“
最後に、魔猪の骨と肉とハーブをぼとぼとと鍋に投入して、岩塩で味を整えつつ煮ていけば――。
「――完成だ」
本日の献立に名前をつけるなら、『魔猪のスープ~冒険者風~』といったところか。
冒険中に食べるものといえば、だいたいこんな感じのものだ。
「ああ……懐かしい味だ」
前世では食い飽きていたが、久しぶりに食べてみるとやたら美味く感じる。前世でも現世でも家族の記憶がない俺にとっては、これこそが故郷の味みたいなものだ。
「……はぐ……はぐ……ッ」
作法など無視して、豪快に肉をむさぼり、骨の髄をすする。
その様子を、いつものことながらフィーコが指をくわえて眺めていた。
『ふ、ふん……野蛮な料理ね』
「とか言いながら、どうせ食べたいんだろ」
肉の塊をスプーンですくって、ほいほいと目の前で揺らしてやると。
『あっ……あっ……』
と、猫のようにつられる誇り高き不死鳥。
『……って、霊体だと食べられないじゃない!』
誇り高き不死鳥、学習能力がなかった。
そんなこんなで、なごやかな食事が続き……。
「それにしても……快適、だな」
『なによ、いきなり?』
「いや、なんとなく……そう思ってな」
そう、ここ3日間の道中は、まさに快適の一言だった。
人狼の城では派手に暴れたが、まだ追っ手には見つかっていない。
たまにフィーコに街道のほうを調べさせているが、どうやら追っ手らしき魔物たちは、俺がいたオーガの町の方面へと向かっているとのことだった。まさか、魔物の支配から脱した人間が、一直線に魔界へと向かっているとは思っていないのだろう。
だからこそ、快適な旅となっていたが……。
しかし、俺の冒険は“快適”ではいけないのだ。
「で、だ……」
俺はスープの椀をいったん置いてから切り出した。
「そろそろ、まともにレベル上げがしたい」
前世でのレベルアップのペースを考えれば、それでも充分に早いが。
しかし、“充分に早い”では――まだ遅い。
城を1つ潰した時点で、追っ手に見つかるのは時間の問題だ。
フィーコぐらいの魔物に見つかる前に、どれだけレベルを上げられるかが勝負となってくるが。
「……やっぱり、これぐらいのレベルになってくると上がりにくくなるな。野良のザコをいくら倒してもダメだ」
『ま、野良の魔物は、強くてもレベル20ぐらいだものね。それ以上のレベルの魔物はだいたい知性があるし、みんな爵位を与えられて領地管理をしてるんじゃないかしら』
爵位というのは魔物の階級だと、フィーコから説明を受けたことがある。
目安としては、レベル20台で騎士爵、レベル30台で男爵、レベル40台で子爵、レベル50台で伯爵、レベル60台で侯爵、レベル70台で公爵……といったところらしい。
爵位持ちの魔物は、軍事拠点や領地の管理にあたっており、野生でうろうろしていたりはしないとのこと。
「なら、強い魔物を倒したいと思ったら……どこかの町に入って、爵位持ちの魔物と戦わないとダメってことか」
『まあ、そうね』
となれば、次にすべきことは――都市の襲撃か。
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