第2章 人狼の城

第11話 再会


 オーガに支配されていた町を脱出したあと。

 月光に照らされた砂浜で、俺は不死鳥の少女と再会した。


『ふふ……驚いてくれたかしら?』


 少女は悪戯成功とばかりにドヤ顔をする。

 なぜか彼女は霊体になっており、その体を通して背後にある夜空が透けて見えた。


「……っ」


 俺はとっさに腰に手を伸ばし――。

 そこに武器がないことを思い出して舌打ちする。


「……なんで、お前がここに? 海に沈めてやったはずだが」


『ふふん……どうやら、わたしの不死身力を甘く見ていたようね。たしかに、あの肉体が蘇れなくなったのは残念だけど、不死鳥の魂はそもそも肉体の檻なんかにとらわれていないわ。じゃないと、肉体が蘇れなくなったら死んでしまうでしょう?』


「……なんでもありかよ」


 さすがは、レベル77の天恵ギフトの力というべきか。

 おそらく、“不死”ということにかけては、全ての魔物の中でも最高位の力だろう。

 これでは本格的に倒しようがない。

 なんとか現状を打開しようと、考えをめぐらせていると……。


『そう、警戒しなくていいわよ』


 少女がくすりと笑った。


『べつに、戦いの続きをしに来たわけじゃないわ。どのみち、今のこの霊体からだじゃ、魔力がないからまともに戦えないもの』


「…………」


 たしかに、この少女からは敵意が感じられない。

 それどころか、ほとんど魔力も感じられない。

 おそらくは、ここにいる少女は抜け殻みたいなものなんだろう。

 いくら超級魔法や神級魔法を扱う技術があったところで、魔力がないなら脅威にはならないだろう……ちょうど今の俺のように。


「……そうか」


 俺はわずかに警戒を解く。

 とはいえ、戦闘力がないからと油断するつもりはない。


「なら、なにが目的だ」


『お話をしに来たの。せっかく面白い人間に会えたのに、このままお別れじゃもったいないでしょう?』


「俺はもう二度と、お前に会いたくなかったけどな」


『そんなつれないこと言わないでよ。あんなに情熱的に殺し合った仲じゃない』


「それを言うなら、“俺がお前を一方的に殺した仲”だろ」


『う、うぐ……あ、あれはまだ本気を出してなかっただけよ。あんな負け方認めないんだから』


「あんな負け方、ね……」


 何気なく記憶を掘り起こしてみる。

 ついさっきの出来事だったためか、その記憶は鮮やかに脳裏に蘇ってきた。



 ――いいわ、認めてあげる。あなたは……強い。


 ――だから、特別に……本当のわたしで、あなたを殺してあげるわ。


 ――さぁ、美しく灼かれなさい。


 ――い、痛っ……ちょっ、待っ……! やめっ……! いったんストップ……!



「…………ああ」


『しみじみと思い出すのやめて』


「……よく考えると、舐めプしたまま負けるとか一番恥ずかしいやつだよな」


『よく考えるのやめて』


「やーい、敗北者」


『う、うぬぅぅうぅう……ッ!』


 めちゃくちゃ悔しがった。


「で、話ってなんだ? 敗北者?」


『ナチュラルに、その呼び方定着させるのやめて』


「いやでも、敗北者のことを、なんて呼べばいいかわからないし……」


『普通に名前で呼べばいいでしょう!?』


「……お前の名前って、なんだっけ?」


『さっき名乗ったじゃない!?』


「ああ……そういえば、なんか勝手に自己紹介してたな」


 思い出す。

 たしか……あれは、最初にこの少女の首をはねた直後だったか。

 あのときは正直、それどころじゃなかったが。


「たしか、お前の名前は……“フィーコ”って言ったな?」


『言ってない』


 不正解だった。


『なによ、そのインコみたいな名前? ふざけてるのかしら?』


「……いや、悪い。冗談とかじゃなくて、普通に覚えてなかった」


『そ、そう』


「…………」


『…………』


「……なんか、ごめんな?」


『いたたまれない感じの空気にするのやめて』


 心なしか少女がしゅんとする。


『ふん……まったく、これだから人間は低脳でダメね。この誇り高き不死鳥の名前を忘れるなんて、バチ当たりもいいところだわ』


「涙ふけよ」


『泣いてない!』


「で、名前はなんだ?」


『ふんっ……今度こそ、その頭に刻み込みなさい。わたしの名前は、フィフィ・リ・バースデイよ』


「ふ、ふぃ……めちゃくちゃ呼びづらいな、お前の名前」


 鳥の鳴き声っぽいというか、人間用の名前という感じではない。

 うまく舌が回らなくて、『フヒッ』みたいな発音になってしまう。


「仕方がない。バースデイさんと呼ぼう」


『なんか、誕生日の化身みたいになるからやめて』


「よっ、生ける誕生日」


『やめて』


「なら、もうフィーコでいいか」


『……結局、1周したわね。もう、それでいいわ』


「ちなみに、俺はテオだ」


『ふーん……って、テオ?』


 なぜか、ぴくんと反応を見せる。

 どうせ興味ないとか言われると思っていたから、その反応は少し意外だった。


「どうかしたのか?」


『…………もしかして』


 フィーコがしげしげと俺の顔を眺めてくる。

 しばらくそうしたあと、やがてなにかを納得したように頷いた。


『うん、気のせいね』


「そうか、気のせいか」


 よくわからないが、気のせいだったらしい。

 いや……なんの時間だったんだ、今の。

 そんなこんなで、敵同士なごやかな自己紹介タイムも終わったところで。


「で、話ってなんだ? 自己紹介をしに来たわけじゃないんだろ?」


 ふたたび本題に戻る。



『そうね。話っていうのは、端的に言うと――“確認”と“警告”と“提案”よ』


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