第2話 俺がお前らを、喰うんだ
……この町は、大きな家畜小屋だった。
魔物の、魔物による、魔物のための――人間の町。
町の外周には檻を思わせる堅牢な壁がそびえて立っており、出入り口の門は重厚な鉄扉でふさがれている。
そして、町のどの場所も、人食い鬼の魔物――オーガの監視つきだ。
誰も魔物には逆らわない。いや……逆らえない。
この町の人間たちはみんな、魔物の家畜としての生き方を受け入れていた……。
「……さァて、集まったな、人間ども」
その日――。
広場に集められた俺たち人間を見回して、オーガが満足げに言った。
「じゃあーー今回の“生贄”を選ベ」
……人は魔物に、定期的に生贄を捧げなければならない。
それこそが、俺たちが広場に集められた理由だ。
たいていの場合、魔物に捧げられる生贄は、あらかじめ話し合いで決められている。
それは、今回も同じであり……。
「……ほォ、綺麗に決まったなァ」
その場にいた全員の指先は、ぴたりと――。
――――俺に向けられていた。
「……テオ、悪いな」
側にいた友人のトールがうなだれる。
「だけど……お前のせいでもあるんだからな。お前があんなこと言わなきゃ……」
震える声で、こちらを責めるように呟く。
たしかに……俺が選ばれるのは、それなりの理由があった。
つい先日のことだ。
俺は友人たちに、こんな話を持ちかけてみた。
『――この町から脱出しないか?』
……と。
それに対する返事は、YESでもNOでもなく。
――拳、だった。
『……バカじゃないのか。人間が魔物に逆らえるわけないだろ。俺たちのレベルは……1なんだぞ』
トールが自分の手の甲を見せつけてくる。
そこに青白く輝いているのは――“レベル刻印”だ。
この世界の生き物は、“レベル”という数値によって命の価値が決められている。
そのレベルは種族ごとに定められており、生まれつき体のどこかに刻まれた紋章、いわゆる“レベル刻印”によって示されている。
たとえば、ゴブリンならレベル3、オーガならレベル10、ワイバーンならレベル37。
そして、人間なら――レベル1というように。
『……
トールが拳を震わせて、諭すように言ってきた。
『――いいか、テオ……人は、魔物には勝てないんだ』
その一件から、俺は町の中で危険人物扱いになった。
まぁ、それが普通の反応だろうなと思う。
俺だって、他のやつらと同じように生まれ育ったのなら、同じように動いていただろう。
「……テオ、お前は危険すぎるんだ。お前1人が変なことをするだけでも、俺たちまでひどい目にあうかもしれないからな……」
「……わかってる。恨む気はない」
「じゃァ、こいつで決まりだな」
オーガが、ひょいっと俺をつまみ上げる。
それから、食材の目利きでもするように俺を眺めまわして。
「なかなか美味そうな匂いだなァ。こいつは食うのが楽しみだ」
そう言って、側に置いてあった人間サイズの鳥かごに俺を収めた。
そのまま、俺は“出荷”されていく。
「…………」
俺はいかにも怯えていますよと言わんばかりにうつむいた。
今の顔を誰にも見られたくはなかった。
……口元に笑みが浮かんでいるのが、自分でもわかってしまったから。
(さて……今のところは、全て計画通りだな)
俺は、ほくそ笑みながら。
服に忍ばせていた針金を、こっそり鳥かごの錠へと差し込んだ――。
◇
それから、俺はオーガたちの拠点――町の中心にある城へと運ばれた。
城の食堂に入ると、すでに食事の支度が整えられていた。
(……俺を食べるための支度、か)
豪華な掛布がかかった長テーブルには、綺麗に磨かれた模様つきの大皿や酒杯、銀のナイフやフォークが整然と並べられている。
そして、その食器たちの前にいるのは――オーガたちだ。
「おっ、やっと帰ってきたかァ!」
――わっ、と。
席に着いていたオーガたちが、食材の到着にわき立った。
「遅ェんだよォ!」「今回の
「まァ、待て。ちゃんと切り分けてからだ」
そんな下品な声たちに見送られるように、俺は調理場へと運ばれていく。
調理場……といっても、そこは俺の知っているそれとは違った。
どちらかというと、屠殺場か。
「……さァて、料理の準備をしないとなァ」
オーガは俺の入った鳥かごを床へと下ろすと、こちらに背を向ける。
あまりにも無防備で、無警戒……。
鳥かごには鍵がかかっているし、まさか人間が魔物に抵抗するとは――抵抗できるとは、考えてもいないのだろう。
「~~♪」
オーガは鼻歌交じりに包丁を選んでいる。
俺はその隙に、さっと調理場内に視線を走らせた。
目当てのものは――。
(…………あった)
手近な台に無造作に置かれている刃物。
――先端の尖った大ぶりの屠殺用ナイフ。
俺はそっと鳥かごの外に出て、そのナイフへと手を伸ばし……。
「あァン? なにしてるんだァ?」
俺が動く気配を察知したのか。
肉切り包丁を手にしたオーガがふり向いた。
鳥かごの外にいる俺を見つけて、くしゃりと大げさに顔をしかめる。
「あァ、鍵閉め忘れたかァ? だがよォ、誰が勝手に出ていいと許可したんだァ?」
「…………」
「なんだァ? 人間のくせに反抗的な目だなァ? まさか、ここから逃げられるとでも思ったかァ? 無駄無駄……人間には、なんもできやしない。それがどうしてかは……わかるよなァ?」
俺の頭を指でつつきながら、せせら笑う。
「――レベルが低いからだ」
オーガは俺の手の甲を見下ろした。
そこに刻まれた紋章が示している人間のレベルは1。
一方で、オーガの肩に刻まれた紋章が示しているレベルは――10。
「神様ってやつは、よっぽど人間のことが嫌いなんだなァ。だから、人間を
オーガが肉切り包丁を振りかざす。
その岩塊のような筋肉が、びきびきと血管をうねらせながら膨張していき、そして――。
「――人間はァ……オレたち魔物様に食われるために、生まれてきたってことだよォッ!」
だん――ッ!!
と、俺に向けて包丁が振り下ろされた。
床が爆発するように砕け散り、側にあった鉄製の鳥かごがひしゃげて弾け飛ぶ。はらはらと砂煙のように舞う、細かい瓦礫と塵……。
……さすがはオーガの馬鹿力といったところか。
人間の10倍のレベルがあるのはダテじゃない――が。
「……なに、勘違いしてるんだ?
煙が晴れたとき。
俺は包丁の下ではなく――上に立っていた。
「……は?」
状況をつかめず固まっているオーガに、俺は嘲笑を向けてやる。
「
俺の手元で、あらかじめ用意していた魔法陣がきらめく。
――“
――“
人間には使えないはずの魔法――。
その発動と同時に、俺はその場から跳躍した。
こちらに伸ばされていた腕を足場にしてさらに跳び、オーガの眼前へ。
そこで俺は、背中に隠していた屠殺用ナイフを抜き放つ――。
「――――
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