第43話 ストーリーをバグらせてみた
――聖女ラフリーゼ・ミットライト。
それは、『レジスタンス・ノア』のメインヒロインと言われる重要キャラだった。
ヒロインといっても恋愛要素があるわけでもないが……このラフリーゼと主人公アレクが出会うことによって、物語の歯車が動きだすのだ。
こいつも魔帝メナス討伐の立役者といってもいいだろう。
それに加え、俺はこいつと昔からの知り合いだった。
といっても、幼馴染というわけでもなく、関係は最悪で……つまり、なにが言いたいのかというと……。
……聖女ラフリーゼは、俺の天敵だ。
そんなやつが、なんで俺のもとに来た……?
この町にラフリーゼが現れるというイベントはないはずだし、ラフリーゼが単騎でラスボスに会いに来るというイベントもなかったはずだ。
「あの白百合の紋章は……」「まさか、聖女様……?」「なんでこんな場所に……?」
静まり返った集会所に、戸惑うようなささやき声がちらほらと出てくる。
その反応を見るかぎり、この町の人間にとっても、ラフリーゼ登場は想定外のことらしい。なにかしらの行事に出席するために来たというわけでもなさそうだ。
「…………やはり」
ラフリーゼが俺の前まで歩み寄り、なにかを確信したように頷いた。
……まさか俺の正体がバレたのか?
こいつの固有スキルのことを考えると可能性がある。
できれば、自由なセカンドライフのために悪目立ちは避けたいが……魔帝メナスが生きているということだけは周囲にバレるわけにはいかない。
こいつがなにか不都合なことを言おうものなら、戦わなければならないだろう。
そう身構えた瞬間――。
「――あなたが、勇者様ですね!」
ラフリーゼが目をキラキラさせながら、がしっと手を取ってきた。
「…………は?」
予想外の展開に、俺としたことが反応が遅れてしまった。
「お、俺が、勇者……?」
「はい! そのお顔は、間違いありません! 神託の通りです!」
「いや、待て。絶対に人違いだ」
――あなたが勇者様ですね!
このセリフは、ラフリーゼが主人公アレクと出会ったときに言うものだ。
さすがにラスボスに対して言うセリフではない。
たしか、本来のシナリオでは、『魔帝メナスが世界を滅ぼす未来を回避するために、後に勇者となる主人公アレクのもとへやって来る』という流れだったはずだが……。
「……突然のことで戸惑われるのは無理もありません」
「そうだな。ここ数年で一番戸惑ってると思う」
「しかし、神託を受け取ったのです。聖剣を手にした勇者が現れるという……」
「その勇者、本当に俺だったか? “ア”から始まって“ク”で終わる名前の人ではなかったか?」
そもそも、俺は聖剣を抜いていない。
いや、台座ごと抜いても勇者にカウントされる方式なら話は別だが。
「あ、失礼しました……自己紹介がまだでしたね」
「違う。自己紹介がなかったことに戸惑ってるのではない」
「私はソリスティア聖王国の神託庁に所属する12代目聖女、ラフリーゼ・ミットライトと申します。お気軽にラフィーとお呼びください」
「いや、自己紹介よりも、まず……俺が勇者なのかしっかり確認しろ」
「へ?」
ラフリーゼがきょとんとしたように目をぱちくりさせる。
「ふふふ、なにをおっしゃるかと思えば。確認するもなにも、あなたが手にしている聖剣を見れば一発でわかりますよ」
そう自信たっぷりに言って、ラフリーゼは俺が肩にかついでいる聖剣を改めて見て…………固まった。
「――台座がついてる!?」
「今さら気づいたのか」
「全然抜けてないじゃないですか!? えっ、なんで!?」
「いや、俺のほうが、『えっ、なんで!?』だからな」
「あれ……そういえば、あれ……? 神託で見た場面でも、台座がついてた気がする……」
ラフリーゼがショックを受けたように、その場にかがみ込んだ。
「そ、そんな……これでは……破滅の未来が……」
「えっと、聖女様? そもそも、台座ごと抜いても勇者にカウントされるの?」
ミコりんの質問に、ラフリーゼは力なく首を振る。
「たぶん……されないと思います」
「……そりゃそうよね」
うん……やばいぞ、これ。
……台座ごと聖剣を抜いたせいで、
「ど、どうしましょう……で、でも……聖剣を持っている時点で、聖剣の試練は受けたはず……精霊王様が聖剣を託したはず……力だって申し分なさそうですし……神託は神託ですので……これから抜けるかもしれませんし……」
ラフリーゼはしばらく、ぶつぶつ独り言を漏らしてから。
やがて、意を決したように顔を上げた。
「私があなたのもとに来たのは、他でもありません。あなたに頼みたいことがあるからです」
え……これ、続けるの?
「あなたが、
聖女は決意の光を宿した瞳を、俺に向けてきた。
「――どうか、勇者になって、世界を救ってくださいませんか?」
……少し、驚く。
それは、主人公アレクの冒険の始まりを象徴する、特別な言葉だった。
革命軍が全滅し、失意に沈んでいたアレクを再起させた言葉。
この問いかけに、アレクが「はい!」と答えたことで、『レジスタンス・ノア』の壮大な物語が動きだしたのだ。
「……っ」
ラフリーゼは少し自信がなさそうにうつむき、瞳をだんだん潤ませていく。
俺が黙っているせいで、不安になってきたのだろう。
……もしかしたら断られるかもしれない、と。
この少女がどれだけの決意を背負って、ここまでやって来たのかわからない。
だが、俺の答えは最初から決まっている。
俺は彼女にふっと笑いかけ――そして、答えた。
「――――いいえ」
◇
それから、何事もなく1週間が過ぎた。
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