第41話 聖剣を抜いてみた
「ふむ……やはり抜けないか」
ミコりんが精霊王と無事に契約し、サンドイッチも食べ終わったあと。
俺は、聖剣の台座と向き合っていた。
聖剣は神話に語られていた通り、繊細な装飾がほどこされた細身の剣だ。その光り輝く剣身には、複雑な魔術模様が刻まれている。
ゲームでは、主人公アレクが台座から抜いていたが……。
「さすがに、元ラスボスが抜けるものではないか」
「むぅ、わたしもダメですねー」
怪力自慢のプリモでもダメだった。
案外、力でゴリ押しすれば抜けるかもと思ったが、なかなか特別性の台座らしい。
「主様ー。この台座の部分、ちょちょいと壊しましょうか?」
「いや、お前……いつもそんなこと言って、目に映る全てを破壊するだろ」
つい最近も、瓶の蓋を開けるはずみで、
「むぅ……あれから練習して、テクニカルな破壊もできるようになったんですよ」
「どんな破壊だ。というか、そもそもこの台座はプリモでは壊せないだろうしな」
「ほへ?」
軽く台座を蹴ってみるが……硬い。
さっき精霊王が作った“鳥かご”と同じような、異質な感触が返ってくる。
おそらく、台座の表面が精霊王の【空間操作】の力でコーティングされているのだろう。で、聖剣が主と認めた者が抜いたときだけ、その固定空間が解除されるといったところか。
台座を破壊できなくはないが、そこまでして聖剣を抜きたいわけでもない。
「ところで、ミコりんも聖剣を抜いてみないか?」
「思い出作りにもってこいですよ?」
ミコりんのほうを振り返ると、なにやら宙に浮かぶ透明なキューブに腰かけていた。精霊王と契約したことで手に入れた【空間操作】スキルを、さっそく練習しているらしい。
「んー、あたしはパス。べつに勇者になりたくないし、そもそも剣なんて使えないから」
「そうか」
まあ、ミコりんなら普通に聖剣抜けそうな気がするが。
「……ふはっ! 聖剣が抜けなくて残念だったのぅ! その剣は正しい心の持ち主にしか扱えん! 悪しき者には抜くことすらできんのだ! それが、聖剣ハイパーソードよ!」
ミコりんの側で四つん這いになっていた精霊王が、小馬鹿にしたように言ってくる。
というか、聖剣ってそんな名前だったのか。
マスターソ○ドより1ランク弱そう。
「ほら、どうしたのかのぅ? お? あんなに威勢がよかったのに抜けんのか? お?」
……先ほど負けた腹いせなのか、この老人、めちゃくちゃ煽ってくる。
だが、無理だと言われるほどやりたくなるのが俺の性分だ。
「ふむ。ちなみに、抜けばもらってもいいんだよな?」
「くふふ……抜けるものならな! ほーれ、聖剣が欲しいなら抜いてみるがよい!」
「よし、わかった。そこまで抜いてほしいのなら抜いてやろう」
俺はふたたび聖剣の柄を握りしめた。
俺のモットーは、『押してダメなら、さらに押してみろ』。
この場合は、『引いてダメなら、さらに引いてみろ』だ。
「スキル限定解除――【怪力無双】」
俺の全身がどす黒いオーラに包まれた。
魔力を腕力へと変換する鬼系の種族スキルだ。
しばらくまともに魔法が使えなくなるものの、その代償に見合った効果はある。
俺がふたたび聖剣を引っ張ると――今度は、ずずずずず……と柄が持ち上がった。聖剣の台座ごと持ち上がっているのか、神殿の床がびきびきとひび割れていく。
「ば、バカな……!」
精霊王の声から、先ほどまでの余裕が吹き飛ぶ。
「よ、よせ……! やめろ!」
精霊王が制止の声を上げるが、もう遅い。
俺はそのまま、聖剣の柄を思っきり頭上まで引っ張り上げた。
そして、神殿の床が破裂するとともに――。
――聖剣が、抜けた。
「な……」
「ほーら、抜けただろう?」
「さすが主様です!」
「いや、たしかに、抜けてはいるが……」
「うん、抜けてはいるわね……」
ミコりんが呆れたように言う。
「…………ただし、台座ごと」
ミコりんの言うように、神殿の床に埋まっていた台座が、聖剣の先っぽについたままだった。
剣というか、シルエットだけならもうハンマーだ。
「ともかく、約束通りこの聖剣はもらっていくな」
「ま、待て! 抜いたらとは言ったが、台座ごと抜くのはノーカンだ!」
「ノーカン? いつ俺が、“剣を台座から抜いたら”と言った?」
「ぐ……」
「約束は約束だ。まさか、精霊王ともあろう者が、約束を破るなんて言わないよな?」
「ぐ、ぅおおお……!」
「……詐欺師のお手本みたいなやり方ね」
「しかし……この台座感、気に入ったぞ。我が家の玄関に飾ってやろう」
「あ、ちょうど、玄関の間接照明になりそうですね」
「聖剣をインテリアにするな!」
とはいえ、インテリア以外に使い道がない。
聖剣はもともと竜王ニーズヘッグを倒すための剣だし。
この世界に聖剣を使って倒すべき存在がいるとすれば……それは、俺だろう。
まあ、それはいいとして。
「さて、精霊王も聖剣も手に入ったことだし……」
俺は精霊王の間に敷いていたランチマットを片づけながら言う。
「――精霊郷をもう1周するか」
「……は?」「……え?」「……ほ?」
ミコりんたちがぽかんとする。
「もう1周……?」
「え、帰るんじゃないの? 精霊王様と契約もしたし」
「もうダンジョンもクリアしましたよ?」
「いや、まだ納得のいくタイムが出ていない」
精霊郷に入った目的のひとつは、タイムアタックなのだ。
たしかに1周目のクリアタイムも7分は切ったが、かなりギリギリだった。
ゲーム知識のおかげで1周目からマップを把握してはいたが、現実世界で攻略した経験があったわけではないしな。
1周目の経験をもとにさらに無駄を省いていけば、5分は切れそうだ。
「というわけで、次からが本番だ。張り切っていくぞ」
「ええ……」
それから俺たちは、四天精をストップウォッチ係にして、精霊郷の周回を始めた。
マップの最短ルートを完全に把握したことで、どんどんタイムは伸びていった。
エリア9も神殿の外側から精霊王の間まで回り込めることが判明。これにより、さらにタイムは劇的に縮まった。
そして、ダンジョンボスの精霊王を13回ほどボコり、納得のいくクリアタイムが出たところで、俺たちは樹上都市フォリウムへと戻ったのだった。
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