第9話激昂する男と証明された結婚

ガイウス様は優しかった。

この邸から出られなくなり、いつアーサー様に何かされるかと、不安しかない毎日に救いが見えた気がした。

日が昇れば、アーサー様に何かされるという恐怖がなくなるのだ。


それに、ガイウス様は何故私を助けてくれるかはわからないけど、顔色一つ変えないガイウス様はきっと私に興味はない。

私には白い結婚でも何でもいいのだ。


「でも、荷造りと言われても、何もないのよね」


お茶会に来てそのまま倒れて一度も家には帰ってない。しかも、家族は私のもの一つ持って来ないのだから。

ガイウス様が戻るのを待つだけだ。


「…結婚したからガイウス様ではなくて、旦那様とお呼びしなくてはいけないわね。使用人もいないと言ったから頑張ってお料理も掃除もしなくては…」


アーサー様から離れられると思うと、どんな生活だろうが新しい生活に少しだけ期待していた。


そして、走って来る足音と共に乱暴に扉が開いた。


「リーファ!ガイウスが来たと聞いたぞ!何故部屋に入れたんだ!」


乱暴に大きな音を立てて開けたのはガウン姿のアーサー様だった。

ガイウス様が来たから、誰かが寝ているアーサー様を起こしたのだろう。


おそらく、結婚の話がさくさくっと進んだから、その間にきっと見張りのメイドが執事か誰かに報告して、アーサー様に報告という感じだろう。警備は寝てたからきっとそうだと思った。


「何の話だったんだ!?」

「け、結婚の話を…っ!」


扉を開けた勢いのまま、アーサー様は近付いて来ると今までにない怒った顔だった。

その剣幕にゾッとし、後退りしてしまう。


「結婚!?ガイウスが求婚してきたのか!?」

「し、しました!だから…私は…!」


窓際を背に追い詰められて、後ろに逃げ場が無くなる。そんな私をアーサー様は力任せに両腕を掴んできた。


「ガイウスと結婚なんかさせないぞ!!リーファには俺がいるだろ!?」

「痛い!離してください!!」

「リーファ!何故、拒否するんだ!?リーファ!」


両腕が折れそうなほど強い力で掴まれ、アーサー様は明らかに激昂していた。

嫌だと言っても離してくれない。

私を責めるようにリーファと呼ばれるのが、怖くて堪らない。

その時、アーサー様を止める叫び声がした。


「何をしているんだ!?リーファ!」


私とアーサー様を引き離してくれたのは、ガイウス様だった。


「リーファ、大丈夫か?」

「…っ!」


腰を抜かしたようにその場に座り込み、声にならない涙が溢れてしまった。

そして、アーサー様はロウさんに羽交い締めにされるように抑えられている。

初老のロウさんに若いアーサー様をどうやって抑えられるのか不思議にさえ思うほど、アーサー様はロウさんから抜け出せない。そんなアーサー様は、離せと叫び暴れている。


「ガイウス!リーファに近付くな!」

「…それはこちらのセリフだ。人の妻に許可なく近付かないでもらいたい」


ガイウス様は私の目の前にしゃがみこんだまま、怒りを秘めたように静かでそれでいて力強くハッキリと言った。

私を妻だと…。


「妻…妻だと!?何を言って…!」

「登記官!婚姻証明書の受理をしてくれ」

「は、はい!…女性は?リーファ・ハリストンご令嬢も間違いないですね!?」


登記官はこの現状に驚きを隠せないまま慌てふためくように確認してきた。

妙に迫力のあるガイウス様に負けたのかもしれない。


「間違いありません…私はガイウス・クローリー公爵様と結婚致します…!」


登記官に間違いなく聞こえるように、涙を抑えてそう言った。それでも登記官には震える声に聞こえただろう。


「待て!!結婚なんか認めないぞ!リーファは…!」

「アーサー様に認めてもらわなくて結構。この結婚は陛下もお認めになっていますから、これ以上不満があるなら陛下に談判されても問題ありませんよ」


ガイウス様はアーサー様を抑える為に、はなから陛下に話を通して来たのだろうか。

そうでなければ、いくら公爵様とはいえ、このアーサー様の邸に許可もなく入り込めるわけがない。

私が外壁にいたから、警備が手薄になったのかもしれないけど。


「リーファ…、荷物はまとめたか?」

「ありません…私の物は何も…この邸から出られなくて…何も…」

「荷物一つ持ってこさせなかったのか…」


涙を流している私にガイウス様は、ジロリとアーサー様を睨んだ。

アーサー様はバツが悪いのか、顔を背けた。


「リーファ、立てるか?すぐに邸を出るぞ」

「た、立ちます…!」

「では、行こう。ロウ、リーファが馬車に乗り込むまでアーサー様から目を離すな」

「承知していますよ」


ロウさんがアーサー様を抑えている間に私は、ガイウス様に付いて行った。


廊下にはリーファと私の名を叫ぶアーサー様の声が後ろからただ響いていた。






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