第75話 鬼人族の国3

「して、この者が大陸に渡りしセイランと申す者か。表を上げよ」


 ここは鬼人族モリオン国の都、テクタイにそびえる城の一室。12代将軍の前、セイランとその藩主一行が向かい合う。

セイラン一行の周りに居並ぶ老中の面々。その内の一人が報告する。


「上様、この者はミカセ家との縁を結び、藩主宛の書状を持ち帰っております」


「だがその書状には、我らには協力はできぬと書かれていたと聞く。誠か」


 今、鬼人族は隣の有袋獣人の国、ビラマニ国と敵対関係にあり、国境で一進一退の攻防を繰り広げている。

その戦いの助力が欲しい幕府に対し、セイランは正座で伏し目がちのままゲンブよりの言を言葉にする。


「上様、恐れながら、ゲンブ ミカセ殿は敵対している間は助力できずとも、和平後であれば助力いただけると申しております」


「上様。確かにそのように書かれております」


 書状は、シャウラ村ゲンブからセイランがいるカルセド藩に宛てられた物であるが、幕府に対しても同様であるとの添え書きがある。


「セイランよ。そなたはミカセ家御当主と直接会ったと聞く。どのような人物か」


「ゲンブ殿は思慮深きお方。その奥底までは拙者では見通すことはできませぬ」


「上様。助力が欲しいのは今。大陸の武力の一部でも輸出いただければ、こちらが有利となります」


「左様。紛争終結後では意味がありませぬ。助力できる力すらないかもしれませぬ。王国の王族と交渉されるのが良ろしいかと」


 現在も幕府と王族の間は良好で、その都度、魔弾銃などの武器の輸出をしてもらっている。だがそれだけでは足りず膠着状態となっている。王国の他の兵器も輸出してもらいところである。


「セイランよ。そなたの見たミカセ家の力はどうじゃ」


「上様。ミカセ家の武力は圧倒的。1国をも制圧できる力に御座います。地に鉄車が50輌走り、空に16機の空飛ぶ魔道具、走る甲冑が百騎以上大剣を振るっておりました。これも一部分。魔獣討伐に充てた武力でございます」


 室内にどよめきが起こる。


「セイラン。そなたは神龍族を見たか」


「ミカセ家に仕える2体の神龍族。キイエ様とセミュー様にお目通りさせて頂いております。もし敵対すれば、国の存亡に関わると存じます」


 神龍族。その存在と強大な力はこの国にも伝説として伝えられている。


「その武力、我らにも向かうと思うか」


「上様。その武力は人に向かう事はありまぬ。それは魔獣殲滅に対してもでございます。ゲンブ殿はその力で魔獣との共存を目指すと申されておりました」


「魔獣との共存か……。深淵が見えぬと言う言葉そのままだな。ミカセ家は我が鬼人族の恩人。その昔、新大陸との間で友好を結ぶ際にご尽力していただいた。今日の繁栄があるのもミカセ家のお陰」


「左様ですな。ミカセ家の申し出を断ったビラマニ国は帝国との戦争となり、甚大な被害が出たと聞きます」


 老中が試案を巡らせる中、12代将軍が告げる。


「今回のミカセ家御当主からの書状。その真意、今一度吟味するものとする」


「御意に御座います」


 一同、頭を下げる。


「カルセド藩一行ご苦労であった。下がってよいぞ」


「はっ」


 将軍家臣の者に案内されて控えの間へと戻ってくる。将軍謁見の間を離れて緊張が緩む。


「セイランよ。我らは明日このテクタイを立ち藩へと戻る。おぬしは家臣5人と共にここに残り、将軍様の指示に従え。判断つかぬ時はワシの所へ文を寄こせばよい」


「殿。分かり申した」


 他の家臣も緊張が解けたのか笑いながら話す。


「セイラン、ここでの滞在費は幕府持ちだそうだ。テクタイにはそうそう来れるものではない。楽しんでまいれ」


「お前達も役得だな。セイランと一緒なら遊び放題だぞ」


「まあ、余り羽目を外さぬ程度でな。では我らも引き上げるか」


 城を離れ、宿泊している屋敷へと戻る。

翌日。カルセド藩の藩主一行は帰路につき、セイランと従者5人がテクタイに残る。



 それより1週間。


「相変わらず、セイランは稽古に余念が無いな」


「この前、セイランと試合しおうてみたが、国を出る前よりも強くなっておるな。ワシではもう相手にならんようだ」


「新大陸で何かを会得したのであろう。だがたまには街に出ることも良しとせねばな」


「では、拙者が明日にでもセイランを芝居小屋に連れ出しましょう」


「そうしてやってくれ。3日後にはまた将軍様に会いに行かねばならぬ。ここにられるのも、それまでであろうからな」



 3日後。


「セイラン、表を上げよ。此度我らはビラマニ国との紛争を終結させる事にした。そのためアンデシン国に仲介を頼む。その特使としてセイラン、お前が赴け」


「アンデシン国でありますか」


 居並ぶ老中の一人が説明する。


「アンデシン国はいかなる時も中立の立場。仲介には打って付け。なれど依頼ある時は使者を首都まで行かせねばならぬ」


「魔の森に囲まれたアンデシン国。危険な旅になるが新大陸を旅したおぬしならば、大丈夫であろう」


「セイランよ。共を付けるゆえ、書状を持ちアンデシン国へ向かうが良い」


「上様、恐れながら拙者に共は不要。一人で行きとう御座います」


「共は要らぬと……」


「上様。セイランは新大陸へ赴いた際。共を一人亡くしております。まだその痛手が消えておりませぬ」


「うむ……。ゼケレス、そなたの領地の道場より強者を共として選べ。セイランより強き者なれば死する心配も無かろう」


「はっ、御意に」


 将軍は下がり、セイラン一行は別室にて詳細の説明を受ける事となった。



 道中の国境までは馬車で行けるが、アンデシン国の首都、メレシルまでの道は無い。連絡の手段もなく直接赴く必要がある。


「首都までは、魔の森を馬にて進まねばならぬ。以前行ったのは26年前と38年前。案内人はおらぬ」


「ではどのようにして行けと申されるのか」


 セイランの従者から疑問の声が上がるのも当然。


「古来よりの地図がある。これにて首都メレシルを目指して欲しい」


 示されたのは、両手で広げられる程度の地図の写し。縦横に四角く区切られた細い線と、国境から首都までの簡単な道筋が赤く記入されていた。


「この地図に数字は書かれておりませなんだか」


 地図を見たセイランが疑問を口にする。


「確かにセイラン殿が言われる通り、元図には所々不明な数字が記されておる」


「その数字をここに書き記したい。拙者に元図を見せていただけぬか」


「元図は貴重な物。畳何畳にもなる大きさゆえ、おいそれと見せる訳に行かぬが、その数字は重要なものか」


「位置を知る手掛かりとなるもの。おそらく印も打たれているはず」


「うむ。元図を触らせることはできぬが、確認の立ち合いをする事は許そう。後で別邸まで来られよ」


 旅の準備について打ち合わせた後、セイラン一行は城を一旦後にする。アンデシン国への出発は5日後と決まった。

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