第52話 森への配達

 魔術師協会からの依頼で、デンデン貝の届け物をする事になった。

王都の中や普通の町なら郵便屋さんが配達してくれるけど、その届け先は魔の森の中だ。


 魔獣がウヨウヨ居る森の中なら、私達の仕事だろうけど。どういうことなのか依頼元の協会の職員に詳しく聞いてみた。


「なんでそんな所に住んでるのよ」


「その方は、ここ何年も森で研究している魔術師の方です。その森には貴重な動植物がいてその研究に没頭しているそうなのです。優秀な研究員ですので協会としても、できれば王都に戻って来て欲しいと思っているのですが」


「そんな森の中にひとりで暮らしているの? その人、女の人なんでしょう」


「ええ、時々は近くのカフの町に行っているようですが、自給自足で暮らしておられるそうで……」


 余程の変人じゃないの。好き好んで危険な魔の森に住み着くなんて。


 その魔術師の人への連絡と、戻って来るように説得するのも今回の依頼に含まれているらしい。王都から南東に馬車で5日かかる町の近くの森にその人は住んでいると言う。


「今回は少し危険だし、私とセイランだけで行くわ。セイランはその刀、使いこなせるのよね」


 ユイトの村で修理してもらった刀はすごい切れ味だった。魔剣になったって言ってるけど、本当みたいね。


「この水紋刀。完全に制御できるようになった。護衛は任されよ」


「ボクも一緒に行くよ。機動甲冑でボクだって十分戦える。それに魔の森に生えている珍しい薬草が手に入るかもしれないし」


 確かに魔の森の奥には、高値の薬草が生えてるだろう。そこに住んでいるその魔術師は、薬学の知識もあるそうだし、その薬草が目当てで住み続けているのかも知れないわね。折角行くなら薬草採取をして経営の足しにしたいところだわ。


「そうね。じゃあユイトも行きましょう」


「それなら、あたしも連れて行ってください。森の奥にあるハーブの事をユイトさんに教えてもらいたいです」


 薬草採取は、いつもユイトと一緒だから今回もついて行きたいんだろうけど。


「森の奥は危険なのよ。戦えないあなたを連れて行く訳にはいかないわ」


「危険ならなおの事、監視役としてのあたしが必要じゃないですか」


 確かにそうなんだけど、どうしたものか……。


「良いではないか。森の中、離れて行動しないのであれば、拙者とユイト殿で守る事はできよう」


 確かに今回は魔獣討伐じゃなくて、届け物のために森の中を歩くだけだ。ユイトの機動甲冑とセイランなら守り切る事はできるだろう。


「それじゃ、カーゴも用意してみんなで行きましょうか」


 エアバイクとカーゴなら1日と掛からずに行けるでしょうし、町で宿屋を探す手間も省けるわ。

翌日から1日かけてカフの町へと向かう。この前、セイランとミルチナにはエアバイクの講習を受けてもらったから、運転を交代しながら走れて楽だわ。



 到着した町は小さく、近くを流れる川の向こうに魔の森が広がっている。


「魔の森まで、すぐ近くなのね」


 カフの町と魔の森の間には川が横たわり、森は近いけど魔獣たちは町の方には来ないらしい。


 川には細い橋がかかっていて、魔獣避けの門扉も付いている。森に住んでいる魔術師さんはこの橋を渡って町に来ているという。人ひとりが通れる幅で、この橋をカーゴで渡る事はできないわね。


 町中の馬車の停車場にカーゴを置いて、町の人に森にいる魔術師さんの事を聞いてみた。


「ああ、森の魔女さんかい。ほとんど町には降りてこんよ」


 森の魔女さんか。ぴったりの名前ね。


「その森の魔女さんは、この町で薬草や薬を売ったりしてないんですか」


「ここで商売なんかはしてないな。町には2ヵ月に1回ぐらいか、買い物に来るが生活用品を買ったらすぐに森に帰っちまうからな。自分が買う分だけ物々交換のように薬を売っていく程度だ」


 よく品物を買いに来ていると言う商店主に聞いたけど、この町でその魔女さんに会うのは無理みたいね。やっぱり森に入らないとダメか。


 魔術師協会からもらった地図を頼りに森に入る。鬱蒼とした森に魔獣の声が響いている中、ユイトの機動甲冑にくっ付くようにして歩いて行く。


「メアリィさん。そこら中に魔獣がいますよ。こちらを警戒して襲って来ないようですけど」


 ミルチナが森の中を監視してるけど、遠見鏡を見るまでもなく魔獣がうろついているのが分かる。


「魔獣討伐もせず、人の手が入っていない森ですものね。よくこんな所に住んでいるわね」


 森の奥地という程でもないけど、王都の森に比べて魔獣の数が多いわ。あまり刺激しないようにしないと。

しばらく歩くと、地図にあった丸い平地に大きな木が1本だけある場所にやって来た。


「あの木の上が、森の魔女と言われる人の家よ」


 それにしても大きな木ね。木の根元まで来て見上げると、大きな木の枝に支えられた家が見えた。


「ごめんください。リリアベーヌさん。魔術師協会から伝言を届けに来ました」


 あれ、誰もいないのかな、返事が無い。


「あの~。どなたかいらっしゃいますか」


「聞こえているわよ。そんなに叫んでいると魔獣に襲われちゃうわよ。今、そっちに行くから待ってなさい」


 私達がいる木の反対側で扉が開く音がした。裏手から現れたのはエルフ族の人。

白く透けるようなハリのある肌に青い瞳、薄い緑の髪が背中まで伸びている。エルフの人って、みんな美人さんなのかしら。


 私と同じぐらいの年齢に見えるけど、落ち着いた雰囲気は年上のように感じるわ。エルフ族の年齢はよく分からないわね。


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