第26話 ネズミ捕獲作戦2

「その、大ネズミは岸辺に穴を掘って、巣にしているんだって」


「それで 岸辺付近で姿を消したのですな」


「今回は、生け捕りにしないとダメだから、巣穴を見つけて捕まえるつもりだけど、どうかな」


 確かに、あの湖で泳いでいるところを捕まえるのは難しいかもしれぬな。


「いかにして捕らえる。下手に巣に手を入れると魔獣でないとは言え、噛まれるであろう」


「そうだね。巣の中に薬草の煙を入れて追い出して、網で捕まえようと思うんだ」


 ユイト殿は戦闘に関しては得意ではないようだが、このような機転が利くお方だ。


「明日、湖に行く前に山に行って、煙の良く出る薬草を採ってくるよ。セイランは網の準備をしておいてくれるかな」


「心得た」


 食事を終え、ふたりで部屋に戻る。拙者は、命の恩人であるユイト殿に身も心もささげると言っている。この機に親睦を深めるのも良いとは思うのだが、ユイト殿はあまり気にされていない御様子。並べたベッドに寝間着に着替えて入る。


「拙者はユイト殿の事は主人とお慕いし、言っていただければ夜伽でもする所存。何なりと御用を言っていただきたいのですが」


「セイランの言葉は少し難しいけど、ボクの方こそセイランの事はすごい人だと尊敬しているんだ」


 ユイト殿は度量が広いのか、誰も分け隔てなく接しておられる。人の良きところを見つけ、御自分の成長の糧になさろうとする。


「拙者には魅力が御座らぬか」


「何言ってるんだい。セイランは綺麗で凛々しくて、すごく魅力的な人じゃないか。ボクも早くセイランの横に並べるような人になりたいな」


 今はそう言ってもらえるだけで十分であろう。この命ある事がユイト殿のお陰である事に代わりないのだからな。



 翌日。ユイト殿はひとりで山に行くと言っていたが、キイエ殿がついているなら大丈夫だろう。拙者はあの大ネズミが暴れても破れぬ網を用意せねばな。


 町の中の店を探して網を用意した頃、ユイト殿が帰ってこられた。キイエ殿の背に乗り、再び昨日の湖へと向かう。


「キイエ。昨日の湿地帯とは反対側にある、森の近くの平原に降りてくれるかな」


 湿地では動きが取れない。今回は森近く草の生い茂る場所で湖を観察する。岸辺近く、何匹かのネズミがいるようだ。近づくと姿が消える。


「あの辺りに巣があるんじゃないかな」


 岸辺の段差がある部分に大きな穴が開いている。おそらくこれが大ネズミの巣なのだろう。その巣の出入り口に網を仕掛ける。ユイト殿が薬草を束にした物に火をつけて巣の中に放りこんだ。


 しばらくすると、巣穴から白い煙が立ち昇ると同時に、大ネズミが巣から飛び出してきた。巣の出口に仕掛けた袋状の網に突っ込みジタバタしている。3匹のネズミが掛かったようだ。それを岸まで引っ張り上げる。


「少しこれで眠ってもらおう」


 大ネズミを眠らせるため、違う薬草を焚いて網の近くに置いて我らは少し離れる。すると背後から魔獣の気配がした。振り向くと同時に刀を抜く。


「ユイト殿、魔獣だ。用心されよ!」


 豹型の大きな魔獣だ。鋭く長い牙が2本生えている。


「1匹だけか。ならば」


 その魔獣に向かって走り間合いを詰める。すると魔獣もこちらに向かって走りだし拙者を飛び越えた。刀を振り上げたが僅かに届かずユイト殿の方に向かった。


「ユイト殿!!」


 振り返ったその先に1条の光の帯が見えた。白い光が魔獣を捕らえて横一直線に伸びる。

キイエ殿か!? 我らの邪魔にならぬ様、少し離れた場所に座っておられたキイエ殿の炎のブレス。


 光の帯が消えた後には、消し炭となった魔獣の残骸だけが残っていた。


「ユイト殿、大丈夫であったか」


「大丈夫だよ。大ネズミも逃がしていないよ」


 どうやら魔獣は我らを狙ったのではなく、罠にかかった大ネズミを狙ったようだ。この辺りでは何の力もない大ネズミが魔獣たちの餌になっているのだろう。

眠らせたネズミは魔獣に狙われぬよう、キイエ殿の近くに置いて次の巣穴を探す。


 今度の巣穴では4匹の大ネズミが捕獲できた。そのネズミたちを町に持ち帰る。



「この大ネズミの毛皮が軍靴になると?」


「そうらしいね。水辺の生き物だから水に強い革になると思うよ」


 確かに触り心地のいい毛が密集して水を弾いている。普通のネズミとは全然違う物だな。そのネズミを逃がさぬよう、網に入れたまま木の箱の中に入れる。餌となる岸辺に生えていた草も一緒にいれて蓋をする。


「キイエ、この箱を持って飛べるかな」


 箱にロープをかけて、キイエ殿が足で持って飛び上がる。


「それほど重くはないが、落とさぬよう少しゆっくりと飛ぼう」


 我らもキイエ殿の背に乗り、2日後、王都の何でも屋に到着した。到着したのは夜も遅く、大ネズミの入った箱を裏庭に置き。我らも就寝した。



 翌朝。


「ギャ~!!」


 メアリィ殿のけたたましい悲鳴を聞いて。刀を持ち裏庭へと駆ける。そこには真っ青な顔で尻餅をついているメアリィ殿が箱を指差す。


「ネズミ! 大きなネズミの魔獣があの箱に……」


 怯えた声で拙者に訴えながら、後ろに隠れる。

どうやら不審な箱を見つけて蓋を開けてしまわれたようだ。ユイト殿やミルチナ殿も騒ぎを聞きつけて裏庭に来られた。


「これは、昨日ボク達が捕まえてきたヌートっていうネズミだよ」


「何言ってのよ! あんな大きなネズミがいてたまるものですか。あれは魔獣よ!」


「そんな事はないよ。ほら」


 ユイト殿がネズミを抱えてこちらに見せる。


「キャー、バカ。こっちに来るんじゃないわよ。ミルチナ、あいつを焼いちゃいなさい!」


「でも、なんだかかわいい顔してますよ。本当にネズミなんですか?」


「なに言ってんのよ! そのシッポをみなさい、ネズミよ、ネズミの魔獣よ。さっさと処分しなさい」


 半分泣きながらメアリィ殿は家の中に入られてしまった。まあ、今日中には軍に引き渡す事になるのだが、昨晩のうちにメアリィ殿には報告しておくべきであったか。


 出勤してきたシンシア殿にも見てもらったが「まあ、大きなネズミね」と言っておられたが、それほど驚いてはいないようだ。予定通り軍に引き渡して報酬をもらう。軍の方も元気なネズミを見て、上手く繁殖できそうだと喜んでおられた。



「ユイト。あのネズミを触った手、ちゃんと洗ったんでしょうね」


「ちゃんと洗ってるし、もう夕方だよ」


 メアリィ殿は朝の騒ぎを忘れられないようだ。トラウマにならなければ良いが。


「メアリィ! 逃げたあのネズミが後ろに!」


「ギャー」


 メアリィ殿がユイト殿に抱きついておられる。

ユイト殿。ご冗談もほどほどにな。



---------------------

【あとがき】

お読みいただき、ありがとうございます。


今回で第1章は終了となります。

次回からは 第2章 開始です。お楽しみに。


ハート応援や星レビューなど頂けるとありがたいです。

今後ともよろしくお願いいたします。


この25、26話はリアルな友人からもらったネタをお話にしたものです。

旧日本軍が軍靴に大型ネズミを使ったのは史実だそうですよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る