第7話 どうせなら核心を突いていく
—1—
「……寝れなかった」
体育館はすぐそこだというのに
藤崎さんから呼び出された衝撃で脳が興奮状態になってしまったオレは見事に一睡もできなかった。
おかげでコンディションは最悪だ。充血した目は家を出る前に目薬をさしてきたから回復したが、クマまでは誤魔化せなかった。
まあ、執筆が佳境になれば徹夜をすることも珍しくないからそこまで普段と変わらないか。
強いて言うなら昨日の体育の疲労で体が重いくらいだ。
将来のことを考えたら筋トレでも何でもいいから体を鍛えておいた方が良さそうだな。
クリエイターって基本的にずっと座りっぱなしだし。
体育館の向こうから野球部の掛け声とバットでボールを弾く金属音が聞こえてくる。
運動部は祝日が活動のメインだからな。
彼等はいつ休んでいるのか疑問だ。
「…………」
思わず目が奪われる。
体育館の裏手に回り込むと藤崎さんが壁に背中を預けて立っていた。
木の隙間から差し込む太陽の光が瞼を閉じている藤崎さんの顔をゆらゆらと照らしている。
耳にはピンク色のヘッドホンをしている。どんな曲を聴いているのか。時折口元が動いている。
あまりに美しい光景にいつの間にかオレの眠気もどこかに飛んで行った。
「深瀬くん、いたなら声を掛けてくれればいいのに」
オレの気配を感じ取ったのか、藤崎さんがヘッドホンを首元に掛けて背中を壁から離した。
「ごめん、何か聴いていたみたいだったから」
「なるほど。深瀬くんなりの優しさだったってことか」
どうやらこちらの都合の良いように解釈してくれたみたいだ。
何だか申し訳ない気分になる。
でもただ見惚れていただなんて口にしたら引かれるに決まっている。
藤崎さんはスマホを操作しながらこちらに近づくとずいっとオレの顔の前に画面を見せてきた。
『深瀬:クラスメイトが配信者として活動しています。クラスではそのことは隠しているみたいです。配信をきっかけに仲良くなりたいのですが活動について触れたら嫌われてしまうか心配です。藤崎花火さんは友人から配信について話し掛けられたらどう思いますか?』
「私が配信者として活動してるってどこで知ったの?」
危惧していた通り事情聴取が始まった。
少しでも受け答えを間違えたら藤崎さんの中でのオレの評価は地に落ちてしまう。
ここは慎重に答えなくては。
「
「凄い偶然だね。そっか。それなら他の人に広まったりはしてないってことだね」
藤崎さんはほっと安堵の溜息を吐いた。
「やっぱり配信者として活動してることは知られたくないの?」
「んー、別に隠してる訳じゃないよ。日常会話で聞かれることがないから明かしてないだけ。深瀬くんはアニメは好き?」
「うん、語り出したら止まらないくらいには好きだよ」
胸を張って言える。
オレの人生にアニメは必要不可欠だ。
物語のキャラが辛い時や苦しい時を支えてくれた。
だからオレは物語を作る側になった。
「今では趣味がアニメって割とオープンに言える世の中になったけど、数年前までは世間の目を気にして言えない人が多かったでしょ?」
「そう言われてみればそうかもしれない」
異性にオタクと思われたくない。
思春期の男子は特にその傾向が強かった。
「配信もそれに近いような状況にあるの。ゲーム実況者とかVtuberとかが一気に増えて界隈としては凄く盛り上がってるけど、まだ自分から配信者として活動してるって公言するにはハードルが高いなって感じる」
「コンテンツとしての歴が浅かったり、急発展してる最中だから大衆の理解も得られにくいのかもね。でも、どの界隈も一定数偏見を持ってる人はいると思うよ」
アニメ、ライトノベル、配信、音楽、イラスト。
専門性の高い分野の知識が乏しい人ほど偏見を持っているような気がする。
残念なことに人は理解できないものに対して排除しようと攻撃的になる。そういった風潮は遥か昔から存在する。
最近では多様性が重要視されるようになってきたから風向きも変わり始めているけど。
「やっぱり平和が1番だよねー」
のんびりとした口調で心からの想いを吐き出した藤崎さんは額に浮かぶ汗をハンカチで拭いた。
木々がある程度日差しを遮ってくれているとはいえ、6月の末、今日の最高気温は29.4度。すでに夏に片足を突っ込んでいる。
「飲み物買いに行かない?」
エンタメ系の話になると時間を忘れて話し込んじゃう癖がある。
話をするだけなら別に外である必要はない。
昇降口で靴を履き替え、1階の購買部脇にある自動販売機へ向かう。
静まり返った校内にオレと藤崎さんの足音だけが響く。
「音楽、何聴くの?」
首元にぶら下げているヘッドホンを指差して話題を振ってみる。
こういう機会でもない限り聞けないからな。
「YUIとかLiSAが多いかな。後はアイドルの曲も結構聴くかも」
趣味の話をしている藤崎さんは楽しそうだ。
表情から音楽が好きなのが伝わってくる。
「幅広く聴くんだね」
「そう?」
ポケットから財布を取り出して炭酸飲料を購入する。
藤崎さんは水を選んだ。
あてもなく校舎を歩いていると階段の踊り場で藤崎さんが足を止めた。
自然とオレも足を止め、踊り場を見下ろしながら手すりに体を預ける。
今日1日で藤崎さんとの距離がかなり縮まった。
休み時間にフルで話したとしても10分だが、その何倍もの時間を2人きりで過ごしたのだから当然だ。
細くて小さな手でペットボトルのキャップを開ける藤崎さん。
それにつられてオレも炭酸飲料を口に含んだ。
配信に関する話は一通り終わったし、趣味に関する話も一応はできた。
いきなりがっつくのは敬遠される原因になりかねない。
それでもオレはどうしても気になっていることがあった。
藤崎さんは昨日の配信で「思い出の作品を見つけてついつい時間を忘れて立ち読みしちゃった」と言っていた。
藤崎さんが書店で立ち読みをしていた作品、その本はオレのデビュー作だ。
「昨日の配信の冒頭で思い出の作品を見つけたって言ってたけど、『キミの瞳に映る星を探して』のことだよね?」
「見えてたんだ……隠したつもりだったんだけどな。配信を聴いてたならやっぱり気になるよね」
藤崎さんのキャップを閉める手が止まり、若干戸惑いを見せたがすぐに平静を取り繕ってこちらを見上げた。
「オレの作品が藤崎さんにとって思い出になってたってこと?」
「私が配信を始めたきっかけでもあるかな」
「どの辺りが? よかったら参考までに教えて欲しいんだけど」
「それはもう少し仲良くなったら話すね。私と仲良くなるんでしょ?」
藤崎さんが悪戯に笑った。
その表情は今まで見てきた藤崎さんの中で1番可愛かった。
どうやら配信で送ったオレのコメントを受け入れてくれたみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます