◯影響力「7月中旬」
第15話 一緒にお風呂に入るのは幼馴染の特権ですよね?
—1—
7月中旬のある日。
『青春小説大賞』用の原稿を書き進め、気が付けば夕方。
カーテンを閉めるべく立ち上がったついでに体を天井に向かって伸ばす。
座りっぱなしで背中もお尻も痛い。
ゲーミングチェアのような高価な椅子を買えばデスク作業の負担も軽減できるのだろうが、買い物に行く足がないのと組み立てが面倒臭そうという理由から小学生の頃から愛用している木の椅子を使い続けている。
ネットでゲーミングチェアの価格帯を調べると3万円〜4万円も出せばかなり良い物が買えそうだ。
お金は有難いことに銀賞を受賞した際の賞金と印税が残っている。
今後のことを考えて今度時間がある時にでも両親に頼んで家具屋に行ってみるか。
「さて、やりますか」
小休憩のネットサーフィンをやめて再び小説管理画面へ。
「それにしても伸びないな」
『青春小説大賞』では選考に読者からの評価は影響されないが、WEB連載という形で作品を投稿しているからにはどうしても数字が気になってしまう。
『人嫌いのクラスメイトが茜色に染まるまで』
フォロワー数7 PV数22 評価数6 評価者2
書籍化作家でもこれが現実だ。
賞への応募作品数はすでに500作品を超え、毎日更新されるランキングの上位作品はフォロワー数1500人越え、評価数が700を超えてるものもある。
とはいえ、青春という限定的なテーマということもあってファンタジーを主題とした賞に比べたら全体的に数字の動きが鈍い。
青春小説の中でも市場で人気を博しているのが青春リベンジ系の作品だ。
大学生や社会人の主人公が高校時代にタイムリープをして青春をやり直すという内容だが、恋愛や部活など爽快感があって面白い。
他には何らかの理由で突然ヒロインと同居することになる、同居系の作品も流行っている。
『青春小説大賞』でもこれらの流行を取り入れた作品がランキングの上位に並んでいる。
オレはもう1つのトレンドでもある女性主人公+女性ヒロインというテーマで作品を構成したが、タイトルからはそこまで読み取れない為、敬遠されているようだ。
伸びない数字を見て嘆いていても何も始まらないので作品を書き進めるしかない。
作品の応募受付が始まって半月。
早くも焦りが出てきた。
『青春小説大賞』規定文字数到達まであと67,548文字。
—2—
アイデアは考えて捻り出そうとする時ほど出なかったりする。
オレの場合はトイレをしている時や電車に乗っている時など、無意識下に突如として降ってくる。
それはお風呂に入っている時も同じ。
フル回転させていた脳をリフレッシュさせるかのようにシャンプーで頭皮まで揉みほぐす。あ、気持ち良くて眠くなってきた。
健康面を考えたら湯船まで使った方がいいのかもしれないが、最近は暑いからシャワーだけで済ませている。
「ちょっ、入ってるんだけど」
シャンプーを洗い流そうとシャワーに手を掛けるとお風呂場の扉が開かれた。
目を閉じているから誰かは分からない。
というか、何も言わないし出て行く気配もない。
「ちょっと?」
「ダメです。こっち見ないで下さい」
急いで髪の毛を洗い流して振り返ろうとするも細い指で頭を押さえられた。
後頭部が一瞬柔らかい何かに当たった気がしたが、その答えが何なのかは目の前の鏡を見てすぐに分かった。
「里緒奈、何してるんだ?」
「秋斗先輩、なんでそんなに冷静なんですか?」
体にタオルを巻いた里緒奈が鏡越しにそう聞いてきた。
スラリとした健康的な足にタオル越しにもはっきりとわかる胸の膨らみ。こいつ案外着痩せするタイプだったのか。
いくら幼馴染とはいえ、この状況で意識するなという方が無理がある。
冷静を装うことで精一杯だ。
「恥ずかしいならなんで風呂場に入ってきたんだ? というかどうやって入ってきたんだ?」
鏡越しだが里緒奈の頬が赤く染まっている。
「玄関で秋斗先輩のお母さんと会って、買い物に行くからゆっくりしていきなさいって」
「流石にお風呂に一緒に入れって意味ではないと思うんだけど」
いくらセキュリティーの甘い母さんでもそこまで馬鹿ではないだろう。
年頃の男女をお風呂に招くなんて真似は。
「……せ、積極的にって更科先輩が言ってたから」
背中でゴニョゴニョと何か言っているが声が小さくて聞き取れなかった。
「で、オレはどうすればいいんだ? 髪も洗ったしそろそろ出たいんだけど」
「だからこっち見ないで下さいってば!」
「んぐっ」
危ない。もう少しで首が折れるところだった。
「先輩は湯船に浸かってて下さい。私はシャワーを浴びます」
「はい」
逆らうだけ時間の無駄だと判断したオレは股間を押さえながら大人しく湯船に体を沈める。
早くしないと母さんが買い物から帰って来そうだしな。
「今日は秋斗先輩に相談しに来たんです」
「相談?」
里緒奈は椅子に座り、シャワーで体を流し始めた。
艶のある肌が水を弾いている。
「オリジナル曲の歌詞がまとまらないって話をしたじゃないですか。先輩は小説を書く時に何を考えてますか?」
「難しいな。キャラクターを物語のゴールに向かって導くようなイメージかな。起承転結を意識したり、展開に起伏を付けて読者が飽きないように工夫はしてるけど」
「なるほど。じゃあ、先輩は何の為に小説を書いてますか?」
「何の為か……」
簡単な質問が故に言葉が喉元で引っ掛かる。
風呂場にはシャワーの音だけが響き、湯気やらこの状況の恥ずかしさやらで頭が熱くなってきた。
「初めは単純な理由だった。漫画でもアニメでも影響を受けた作品の続きとかサイドストーリーを考えるのが好きだったんだ」
「小さい頃公園でよく話してましたよね。自分だったらこんな展開にするって」
オレが小学生の頃、友人達の間で毎日のように漫画の考察をああでもないこうでもないと話し合っていた。
そんな各々の妄想をぶつけ合う時間が1番楽しかった。
「自分で小説を書くようになってからは自分が作る最高に面白いと思う物語に共感して欲しかった。読んだ人に喜怒哀楽のどれでもいいから何らかの感情を抱いて欲しかった。過去形みたいな言い方になったけどそれは今でも変わってない」
「感情の揺さぶりですか。深いですね」
里緒奈がシャワーを止めてうんうんと頷く。
何か感じるものがあったのだろう。
「里緒奈は曲を通して誰に想いを伝えたいんだ? 聞き手の顔を想像したら自然と歌詞とメロディーが降ってくるかもしれないぞ」
「私が想いを伝えたい人……」
ゆっくりと横目でこちらを見てくる里緒奈。
こっちを見ないでとは言われたものの、しっかりと目が合ってしまう。
と、その時。
「秋斗、アイス買ってきたから冷凍庫に入れとくねー。ん? あらあら」
買い物から帰ってきた母さんが洗面所の扉を開けて声を掛けてきた。
すぐに扉は閉まったがオレは重要なことに気付いてしまう。
「里緒奈、着替えってどこに置いた?」
「洗濯機の上です。先輩の着替えの横に畳んで置きました」
「そうか。そうだよな」
あ、これ死んだな。100%母さんに見られた。
こうなったら下手に言い訳するより触れない方がいいだろう。
オレと里緒奈は時間をズラしてお風呂から上がり、何事も無かったかのように自室でアイスを食べた。
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