藤崎さんは相談に乗りたい

丹野海里

第1章 クリエイターだって青春がしたい

◯気になるあの子は配信者「6月下旬」

第1話 隣の席の隠れ美少女が配信者だった

—1—


『ヒロインの言動と行動が単調で魅力が感じられない。序盤が面白かっただけに最近は迷走しているとしか思えない。作者はもう少し女の子の気持ちを理解するべき』


 小説投稿サイトで連載している作品にコメントが付いたかと思えばかなり辛辣なものだった。

 込み上げてくる怒りを抑えるべく、ペットボトルのお茶を口に含み、勢い良く机に置く。


「おー怖い怖い。また小説に批判コメントでも付いたか?」


「オレは女子の気持ちが分かってないんだとさ」


「そりゃそうだろ。秋斗は彼女ができたことないんだから」


 一緒に弁当を食べていた新川颯しんかわはやてがオレの顔を見てニヤニヤと笑みを浮かべる。

 颯に悪気が無いことは1年以上の付き合いで理解しているつもりだが、今のは流石にイラッとした。


 まあ、彼女ができたことがないのは事実だ。

 事実だからこそ余計にイラッとした。恐らくこれは嫉妬だ。

 世間的に見ればイケメンに分類される颯には可愛い彼女がいる。

 放課後や休日には2人で遊びに出掛けたりしているらしい。

 たまに聞かされる惚気話に対応するこっちの気持ちも考えて欲しい。

 正直言って羨ましくて仕方がない。


「なあ颯、彼女ってどうやって作るんだ?」


「そんなもん簡単だろ。気になってる女の子に声を掛けて連絡先を交換して、仲良くなったら遊びに誘って、タイミングを見て告白すればいい」


 一体どこが簡単なんだ?

 どうやら聞く相手を間違えたみたいだ。


「気になる女の子ねー」


 教室の端ではクラスの1軍女子がわいわい楽しそうに昼ご飯を食べている。

 1軍女子のグループは基本的に性格が明るくて、ルックスも良い。

 頭の方はそんなに良くはないが、付き合う上で学力はそこまで重要な要素ではないだろう。

 1軍女子は波長の合う1軍男子と付き合うことが多いため、中間層に位置するオレとは接点がない。

 だから『気になる』とまではいかない。


 となると。

 オレは隣の席をチラッと横目で見た。


 藤崎祭ふじさきまつり

 黒髪ボブで瞳が大きく、美しい顔立ちをしている。細身で小柄な体型が小動物を連想させる。

 ちなみに胸はそこそこ大きい。多分。

 そんな藤崎さんは両手で菓子パンを美味しそうに頬張っていた。


「藤崎さん、可愛いもんな。秋斗が気になるのも分かる」


「な!? そ、そんなんじゃないって!」


 オレとしたことが動揺してお茶を床に落としてしまった。

 ペットボトルが飛び跳ねて、藤崎さんの足にお茶がかかった。最悪だ。


「ごめん藤崎さん、今拭くから!」


「う、うん」


 慌てて机の中からティッシュを数枚取り出し、藤崎さんの足を拭こうと手を伸ばすも寸前のところで手を引っ込めた。


「これ使って!」


「ありがとう」


 危ない。危うくクラスメイトの生足を触る変態野郎になるところだった。

 冷静を装い、床に溢れたお茶を拭き取ってゴミ箱にシュート。

 ティッシュの塊はゴミ箱のふちに当たり、分裂して床に転がる。

 結局、ゴミ箱の前まで行ってほぼゼロ距離で捨てることに。

 今日はとことんついていないみたいだ。


「深瀬くん、お茶大丈夫?」


 席に戻ると藤崎さんが僅かに残ったオレのお茶の心配をしてくれた。

 お茶をかけられた被害者だというのになんて心が優しいのだろう。


「大丈夫。藤崎さんこそ、大丈夫だった?」


「平気だよ。ちょっとビックリしただけ」


「本当ごめん」


 ビックリしたのはお茶がかかったことに対してだよな?

 颯の発言に対してじゃないよな?

 というか聞こえてなかったよな?

 真相が分からないまま藤崎さんは席を外してしまった。


—2—


 その日の夜。

 いつものようにパソコンに向き合い、原稿と格闘しているとふと学校での出来事が蘇る。


「オレ、嫌われてないよな?」


 クシャクシャと頭を掻き、立ち上がって気持ちをリセットする。

 見えもしない相手の気持ちを考えていたところで何も解決しない。

 藤崎さんにとっては些細な出来事の1つでしかないはずだ。

 そうだ。きっと、そうに違いない。

 本人も平気って言ってたもんな。


 気持ちを落ち着かせて再び原稿に取り掛かる。

 去年、高校1年生の時にとあるWEB小説賞で銀賞を受賞したオレは、その半年後に作家としてデビューを果たした。

 タイトルは『キミの瞳に映る星を探して』。

 ジャンルは青春SF。

 シリーズモノでは無くて1巻完結のストーリーだ。


 作家というのは難しいもので、デビューしたからといって次に新刊が出せるとは限らない。

 売り上げが良ければ続刊が出たり、コミカライズが決まったりするが、それはほんの一握りで、多くは打ち切りになる。


 打ち切りになった作家はまた振り出しに戻り、小説賞で受賞するか小説投稿サイトで読者からの評価を集めて出版社から声を掛けてもらう必要がある。

 オレもWEB連載をしながら小説賞に向けてクオリティーアップをしている最中だ。


「ダメだ。そろそろ目が限界だ」


 屍のように机の上に並べられた眠気覚ましの微炭酸飲料の缶。

 人類はどう抗っても眠気には勝てない。

 机に伏せていたスマホを手に取り、配信アプリを開く。


 配信アプリで配信をしている人は様々だ。

 カメラに向かい、視聴者のコメントを読み上げて雑談をしたり、料理配信をしたり、ゲーム配信をしたり、歌を歌ったり、イラストを描いたり。

 有名になりたい人から暇潰しで利用する人まで多岐に渡る。


 オレは寝る前にベッドの上で配信を視聴することを日課としている。

 それには理由があって。


「あれ? 颯のやつ、今日は配信してないのか」


 ペンネーム『0→100ゼロヒャク』としてイラストレーターを目指す颯はこのアプリでお絵描き配信をしているのだが、今日は配信しないみたいだ。

 どうせ彼女と電話でもしているのだろう。


 適当にスクロールしながら配信者名とその内容を流し見していると、気になるタイトルが目に飛び込んできた。


【藤崎花火の人生相談枠】


 気付けばオレは配信枠を開いていた。

 たまたま同じ名字ってだけだよな?

 藤崎なんてそれほど珍しい名字でもないし。名前も違うし。

 でも、ペンネームって可能性も捨てられない。


『えー、続いての人生相談、お悩みはたらこ唇さんから。職場の上司の口が臭いです。間接的に上司に伝えるにはどうしたらいいですか?』


「この声は藤崎さんだよな?」


 今日話したばかりだから聞き間違えるはずがない。

 視聴者数も287人と人生相談の枠にしては多い。というかトップページに載ってるんだけど。


 えっ、藤崎さんって学校では大人し目な雰囲気だけど、裏では有名配信者だったの?


『上司だと直接口臭いって言いにくいよねー。それが原因で仕事で対応変わっても面倒くさいし。そうだなー、差し入れでガム渡すとかはどうだろ? 上司のために無駄な出費になるけど、口臭いのを我慢するのと天秤にかけてどっちがマシかで判断してみて!』


 なんか裏の藤崎さん、思っていたより口が悪いんだが。

 あの可愛くて小動物みたいな見た目から放たれる言葉とは思えない。イメージと違い過ぎてギャップが。

 やっぱり、声が似てるだけで藤崎さんとは別人なのかもしれない。

 頼む。そうであってくれ。


『あ、もうこんな時間か。最後に今日起こった出来事を聞いて欲しいんだけど、学校で友達とお昼を食べてた時に隣の席の男子がお茶を溢して私の足に掛かったのね。まあ、溢したのはわざとじゃないから仕方ないと思う。でも、今日履いてた靴下がかなりお気に入りのやつだったからマジで焦った。急いでトイレに行って水で擦ったから大丈夫だったけど、跡が残ったらテンションガタ落ちだった』


 えー、とりあえず藤崎さんで確定。

 藤崎さんにとってオレの印象がお気に入りの靴下にお茶を掛けてきた最悪な奴だということも分かった。


「配信の件も含めて明日からどう接すればいいんだ……」

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