第13話 フリースロー対決

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 週の真ん中水曜日。

 7月7日、七夕の昼休み。


 朝のニュース番組で七夕特集が組まれていたが、オレ達高校生の生活に変化があるかと言われれば特に変わりはない。

 約400年の伝統をもつ宮城県の仙台七夕まつりは全国一の規模を誇り、毎年200万人以上が訪れている。

 七夕だから7月7日にやるお祭りなんじゃないかと思われることが多いが、仙台七夕まつりはお盆と稲刈りの豊作の両方を祈るという意味合いがあり、開催期間が8月6日〜8月8日となっている。

 これは新暦と旧暦の間の中暦が採用されているかららしい。

 祭りの前日にあたる8月5日の前夜祭では約16,000発の花火が上がるのでそこも見所の1つだ。


 去年は里緒奈の家族とオレの家族の合同で花火を見に出掛けたが今年はどうなることやら。

 つい最近、水族館で花火の話をしたからか藤崎さんの顔が浮かぶ。藤崎さん、「祭りと言ったら花火」って言ってたし、花火が好きなんだろうな。

 まあ、祭りに行くにしても原稿を書き進めて完結までの目処をつけておかないと話にならない。

 今日も帰ったら夜までパソコンと格闘だな。


 そんなことを考えながら黙々と弁当を食べ進める。今日も冷凍食品が美味い。

 ちなみに藤崎さんはというと弁当を持ってどこかに行ってしまった。

 代わりに颯が藤崎さんの席に座っている。

 颯が言うには恐らく更科さんのクラスじゃないかとのことだ。


「食後の現代史は眠くなるんだよな」


 すでに欠伸をしながら颯が気怠そうにぼやく。


「現代史に限らず食後は眠い。あと異様にトイレに行きたくなる。授業中に挙手してトイレに行くか休み時間まで我慢するかで毎回悩んでる」


「我慢するなよ。病気になるぞ」


「毎回トイレに行ってたら気まずいだろ」


「それはそうだけど病気になるよりはマシだろ」


 食事中にトイレトークで盛り上がっているとプリントを抱えた鈴木先生が教室に入ってきてキョロキョロと誰かを探し始めた。

 鈴木先生はオレ達の担任で化学を担当している。男子ソフトテニス部の顧問で小さいけどガタイがしっかりしている。優しくて生徒からの人気も高い。


「秋斗! 悪いけどこのプリント職員室まで届けてくれないか? 先生急用入っちゃってさ。日直だし、頼むわ」


「分かりました。先生の机の上に置いておけばいいんですよね?」


「ああ、よろしくな!」


 日直という言葉を出されたら断る訳にはいかない。

 鈴木先生からプリントの束を受け取り、急遽職員室に向かうことに。

 弁当も食べ終わったし、昼休みもまだ半分くらい残ってるから時間には余裕がある。


「颯、手伝ってくれたり?」


「おやすみ秋斗。夢の中で応援してるわ」


 淡い期待もあっさりと砕かれ、机に突っ伏す颯。

 寝るのは自由だがせめて自分の席に戻れ。藤崎さんの席で寝るな。

 オレが職員室に行っている間、客観的に見れば勝手に女子の席で寝てるヤバい奴に見えなくもないが本人は寝ると言っているんだ。放置しよう。


—2—


「あ、深瀬くん、職員室におつかい?」


「更科さん、いや、鈴木先生にプリントを届けて欲しいって頼まれてさ」


 職員室で用事を済ませると廊下で更科さんとばったり遭遇した。

 水族館振りに会ったが変装をしていない更科さんは他の生徒とは身に纏っているオーラが違う。何が違うんだろうな。インフルエンサーって凄い。


「パシリにされた深瀬くんにご褒美として恋のキューピットである私が良いことを教えてあげる」


「良いこと?」


「体育館に行ってみな。祭と2人きりになれるよ」


 更科さんはウインクをして教室の方に戻って行った。

 体育館の方から歩いてきたということは途中まで藤崎さんと一緒だったのだろう。

 恋のキューピットから有難いお告げを頂き、体育館に足を伸ばす。


 藤崎さんが1人で何をしているのか気になるが、その答えはすぐに分かった。

 床を弾むボールの音。

 体育館でボールの音となるとバスケとバレーの2択まで絞られるがこの重量感のある音はバスケットボールだ。


 靴を脱ぎ、靴下で体育館に入る。

 藤崎さんはフリースローラインからリング目掛けてシュートを放っていた。

 洗練された美しいフォームを前にして、なぜかオレは音を立てないように忍び足のような形になってしまう。

 邪魔をしてはいけないと脳が判断したのだろう。

 体育の時も思ったが、藤崎さんの所作は経験者のそれだ。素人目だがかなりの実力者に見える。


「深瀬くん?」


 5連続でシュートを決めたところでようやくオレの存在に気が付いた。


「凄い上手だね」


「いつから見てたの?」


「ちょっと前から」


「深瀬くんって気配を消すのが特技だったりする?」


「いや、そういうわけじゃないよ」


 思い返せば体育館裏で会った時もこんな感じだったっけ。

 オレって影が薄いのか?


「パス」


「おっとっと」


 藤崎さんが転がっていたバスケットボールを拾い上げ、バウンドさせて渡してきた。

 昼休みの間、しばらくシュートを打ち込んでいたのか髪の毛が汗ばんで肌にくっついている。

 動きやすくする為だろうが、制服も半袖のシャツを短く折り畳み、スカートも普段より短い。

 少し前屈みになっただけで健康的な太腿が露わになりドキッとする。


「フリースロー対決しない?」


「いいけど、藤崎さんに勝てる気がしないんだけど」


「うーん、お互いにプレッシャーをかけあうっていうのはどうかな? 罰ゲームの内容を決めたりしてさ」


「罰ゲームか」


 顎に手を当てて考える素振りを見せる。

 藤崎さんにして貰いたいことなら山ほどあるがどれも口に出せるようなものじゃない。

 小説家として想像力があるのは良いことだが、豊か過ぎるのも困ったものだ。


「私が勝ったら1つだけ何でも言うことを聞いて貰おうかな」


「お、オレが勝ったら七夕花火に一緒に行って欲しい」


 恐る恐る言葉を紡いで出てきたのは罰ゲームというよりはオレの願望。

 朝のニュース番組の影響で七夕が脳裏に残っていた。


「えっと、それは罰ゲームなのかな? まあいいや」


 藤崎さんはフリースローラインから2歩離れた位置で足を揃える。ハンデのつもりだろうか。

 視線を上げ、シュートモーションに入り膝を曲げる。

 柔らかいタッチで手からボールが離れた瞬間、ボールがリングを通過すると確信する。


「やったね。これで深瀬くんが外せば私の勝ちだよ」


「追い詰められたな」


 プレッシャーをかけるつもりが逆にかけられる展開になるとは。

 体育ではたまたま上手くいったが2度もまぐれが続くとは考えにくい。

 だが、七夕花火を賭けた以上は一応脳内のシミュレーションで成功イメージを思い描く。

 膝を柔らかく使い、リングの手前を狙ってボールを放つ。

 が、ボールはリングに触れることなく虚しく地面にバウンドした。

 言い訳になってしまうが靴下だから上手く踏ん張れなかった。


「私の勝ちだね。お願いが決まったら言うから叶えてね」


 クシャッと子供のような笑顔を見せる藤崎さん。


「オレが出来る範囲のもので頼む」


「それはどうかなー」


 七夕花火に一緒に行くという夢は破れたが藤崎さんとの仲が深まった気がするから良しとするか。

 ゲームでもそうだが経験値はコツコツ貯めるに尽きる。

 今日のオレは少し急ぎすぎた。

 1人で反省会をしていると昼休み終了を知らせる予鈴が鳴った。

 ボールを片付けて体育館を後にする。


「藤崎さんって帰宅部だよね?」


「うん、そうだよ」


「それだけバスケが上手いのになんでバスケ部に入らなかったの?」


 素朴な疑問。

 教室に向かう道中、少しでも藤崎さんのことを知ろうとして出た質問だった。

 藤崎さんは足を止めて視線を足元に逃がした。問いに対する言葉を探しているみたいだ。

 もしかして無神経な質問だったか?


「私にはバスケ部に入る資格が無かったから。バスケをやりたくても入部届けを提出する勇気が無かったの」


 藤崎さんの声は震えていた。

 資格がないとはどういうことだろうか。

 部活は誰でも自由に所属することができる。

 つまり学校側の問題ではない。

 藤崎さん側のメンタルの問題ということだろう。

 弱々しく言葉を絞り出した藤崎さんにこれ以上質問を重ねることはできなかった。


「授業遅れちゃうよ」


 そんなオレの様子を察してか、藤崎さんは明るく声を掛けてきた。

 オレはまだ藤崎さんのことを何も知らない。

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