第37話 始動、サキ小隊 ④
クズル男爵の屋敷、その一部屋で絨毯に隠された魔法陣を発見した。
流石にこれはまずいんじゃなかろうか。
という事で、サキ隊長からクラッチ駐屯地の魔法兵隊から、魔法陣に詳しい者を連れてくるよう命令されたので、急ぎ基地に戻って詳しい人を連れてくる。
「まさか、ルキノさんが魔法陣に詳しいとは思いませんでしたよ。」
「いやあ、私の魔法の師匠に比べたら、まだまだ足元にも及ばないけどね。」
ルキノさんを連れて、クズル男爵の屋敷へと到着して、直ぐに現場へと向かう。
魔法陣が描かれている部屋の現場保存の為、ニールが部屋の入り口を見張っていた。
サキ隊長も一緒だ。
「隊長、連れてきました、魔法兵隊のルキノ上等兵です。」
「ご苦労ジャズ、ルキノ上等兵、早速で悪いが見て貰いたいものがある。この部屋の中だ。」
「わかりました、拝見しましょう。」
こうして俺達は、魔法陣が描かれている部屋へと入る。
部屋へ入った瞬間、ルキノさんが何かを感じたらしく、「む? これは」と漏らしていた。
どうやらルキノさんもこの魔法陣の存在に、何かの危機感を感じている様だった。
「この魔法陣なのだが、解るか? ルキノ上等兵。」
サキ隊長がルキノさんに尋ねる。
ルキノさんは杖で床をコツコツと軽く叩き、魔法陣を手で触れて、描かれている模様をなぞってみたりしながら、何かを確かめている様子だった。
ルキノさんには何か解るのだろうか。流石魔法使いといったところか。
「みなさん、この魔法陣の事なのですが。」
「何か解ったのか! ルキノ上等兵。」
ルキノさんは一つ咳払いをし、俺達に説明した。
「はい、まず、この部屋に入った瞬間、魔力を感じました。この部屋には魔力が漂っています。それと、この魔法陣は最近使われた形跡があります。しかもここ数回、連日のように。」
「やはり、この魔法陣は使われていたか。して、これは一体なんだ?」
ルキノさんは杖で、魔法陣の一部に書かれている文字をコツンと置き、俺達にその文字を注目させた。
「まず、ここに書かれている文字は、「女」又は「女性」という意味です。そして、その隣に書かれている文字は「悪魔」、いや、これは「淫魔」でしょうか? 兎に角、アストラルサイドの存在を指しています。そして、最後にここ。この文字は「召喚」と書かれています。」
女性に悪魔に召喚か。こいつはもう、言い逃れ出来ない証拠だな。
そこで、ニールがルキノさんに聞いた。
「ルキノさん、つまりこれは、何ですか?」
「………はっきり言ってこれは、女悪魔、もしくは女淫魔召喚の魔法陣という事になります。これはおぞましいですよ。はっきり申し上げて普通の精神では考えられない事柄ですよ、これは。」
ここでサキ隊長が腕を組み、ルキノさんの説明を聞いてどこか納得した表情をしていた。
「つまりこれは、女悪魔召喚の魔法陣という事なのだな?」
「はい、間違いなく。」
「なるほど、これで合点がいった。家具の引き出しの中にぎっしりと詰まった下着やら水着は、おそらく召喚した女淫魔に着させていたという事だな。それであんなに沢山の下着がこの部屋にあったのか。」
ふーむ、つまり、クズル男爵は夜な夜な女淫魔を召喚していた。という訳なんだな。
女淫魔、つまり。
「サキュバスの召喚。で、ありますか。どうします隊長?」
「兎に角、男爵をここへ呼んで来い。説明して貰わなければらん。」
「わかりました、呼んできます。」
こうして俺は、応接室に待機しているクズル男爵を呼びに向かい、「申し訳ありませんが、男爵様。こちらへ」と促し、件の部屋へ男爵を案内した。
「やあ、みなさん、お疲れ様です。そうですか、この部屋の事がもうバレてしまいましたか。貴方方は優秀な兵士なのですね。参りました。」
クズル男爵はなぜだか、程よく余裕のある態度だった。
早速サキ隊長が、男爵に問い詰める。
「クズル男爵様、この部屋にあるこの魔法陣、貴方のやった事ですね?」
「私が直接描いた訳ではありませんが、ある魔法使いに頼んで書いてもらいました。」
「そして、夜な夜なこの魔法陣で女悪魔、つまり女淫魔を召喚している。という訳ですね?」
「はい、仰るとおりです。」
「…………召喚して、その女淫魔に何をさせているのですか?」
「いやあ、お恥ずかしい事ですが、夜のお相手ですよ。昔はね、若いメイドや性奴隷などを囲っていたのですが、ここ最近はなんだかどの女性でも満足出来なくなってしまいましてね、それで伯爵様に相談したところ、サキュバスを召喚してはどうかと勧められましてね。」
「それで、女淫魔を召喚していた。という事ですね。」
「はい、仰るとおりですよ、女性の貴女にこの様な事を知られるのは、何だか気が引けますよ。」
なるほど、それで夜な夜な怪しげな明かりが外へ漏れ出ていたという事か。
魔法陣の女淫魔を召喚した時に明かりが発生して、妙な猫なで声というのはサキュバスの「あつい声」だったという事だったのか。
下着や水着などはプレイの時に着せていたという訳か。なるほどな。
「私達は愛し合っています。愛し合っているのです!」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
ここで、ルキノさんとサキ隊長が、男爵に詰め寄った。
「気は確かですか!? 相手はモンスターですよ! 何を考えているのですか! 貴方は!」
「女淫魔召喚などと! あまり誉められた事ではありません! 何を考えているのですか!」
「いやあ、お恥ずかしい。」
ふーむ、これで一応問題は解った。謎と思っていた事は理解できた。
あとは、今後の対応なのだが。下手に公にする訳にもいかないよな。
他でもない領主と太いパイプがある貴族だし、衛兵が動けない訳だ。
確かにこれは裁くには少々事が小さい。
まあ、女神教会からしたら、背信行為として宗教裁判って事になるだろうが、さて。
「隊長、どうします?」
「ジャズ、我々はアリシア軍人だ。女神教会の聖騎士ではない。ここで男爵を拘束する事はできない。尤も、淫魔召喚など誉められた事では無いが、その召喚したものを使って悪さをしている訳でもない。」
「つまり?」
「………引き上げるぞ! 任務は終了だ!」
やはりそうなるか。別に、淫魔を召喚したところで、実害がある訳でもない。
他に被害が出ているという事もない。
今の所、男爵の完全な趣味嗜好の範囲内での出来事だ。
まあ、俺達のやれる事などこの程度だろう。
屋敷からの去り際、ルキノさんがクズル男爵に進言していた。
「男爵様、悪い事は言いません。直ぐにでもあの魔法陣を消して、淫魔召喚などお止め下さい。いいですね。」
「ははは、そう仰らずに、他の貴族の方達もみんなやっている事ですよ。今更止めるなど、そんな事をしたら私は何に快楽を求めればいいのですか?」
「………いいですか、女淫魔とのまぐわいというのは、決していい事ではありません。そこは肝に銘じて下さい。精根尽き果てるまで搾り取られるだけですよ。そしていつか………。」
「………解っております。解ってはいるのです。ただ、やめられないのですよ。もう。」
こうして、今回の任務、隣近所の苦情という問題は、モヤっとした感じで終了した。
まあ、気険な事にならずに済んで良かったと言えば、そうかもしれないが。
はてさて、これであの男爵様はこのまま、あんな事を続けて大丈夫なのだろうか。
「まったく! これだから男というのは駄目なんだ! 何がサキュバスだ! 背信行為もいいところじゃないか! 私達が女神教会の人間だったらあの男爵は宗教裁判ものだぞ! 何考えてんだか!」
サキ隊長はお怒りだった。
無理も無い、初任務がこんな結果になってしまって、どこか憤りを感じている事だろう。
報告書には問題無しと書いていたが、サキ隊長はしっかりと、コジマ司令にありのままを報告したのだった。
その後、男爵がどうなったかは誰も知らない事であった。
噂では、それは麗しい女性と結婚したという事が、
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