第6話



 ✳︎✳︎



 大きなアサガオが咲いている水色の浴衣。色鮮やかな小さく可愛らしい花の描かれた霞色の巾着袋。片手には真っ赤なリンゴ飴。


 彼女は祭り会場に着くや否や、いち早くにリンゴ飴の屋台を見つけ出して、満足そうにリンゴの刺さった割り箸を受け取っていた。


 だから、彼女の両手は埋まっていた。それでも言いつけは守らなければいけない。


「カスミ、手を繋ごう。迷子になって、はぐれたら危ないよ」

「……うん。そうだね」


 彼女の驚いた顔から変わる様子を見ていた。彼女は手に持っていたリンゴ飴を巾着服の持つ手に移動させると、彼女はこちらに手を差し出した。


 それを遠慮もなしに握ると、再びお祭りを散策し始めた。


 彼女の楽しげな様子は変わらない。


「お祭りはやっぱり楽しいね」

「そうだね。美味しい匂いがする」


 彼女の言葉に返すと、焼きそばの屋台に目を奪われる。


「どうする? 買っていく?」

「お金ないし、たぶんお母さんが買ってるから大丈夫」

「ふふっ、私のリンゴ飴の付き添いだもんね」


 しかし、次々と香る祭りの匂いに、クレープやたこ焼き、大判焼きなど、目が奪われていく。


「それに早く戻らないとね」

「なんで?」

「アヤメをほっといて来ちゃったから、遅くなるとどんどん機嫌悪くなっちゃう」


 彼女の妹の名前に、不機嫌な視線を向けて来る女の子を思い浮かべる。


「アヤメは大丈夫だよ。あいつガサツだから気にしないよ」

「そんなこと言うのはナツキだけだよ」


 彼女はおかしそうにクスクスと笑う。


 アヤメは男の子のように短い髪で、いつもサッカーをして遊んでいる。俺に対しても強気な態度で睨んでくる。


「アヤメは寂しがり屋なんだから、ちゃんと構ってあげないと機嫌悪くなっちゃうの」

「あんな男っぽい奴が?」

「アヤメは可愛い女の子だよ。もっと、ちゃんと見てあげたらナツキにもわかるよ」


 彼女の言葉に頷きつつも、彼女の妹が可愛いということに疑問を抱く。


「さて、待ち合わせ場所って神社の祠みたいなところで良いんだよね?」

「うん。そうだったよ」


 そう返すと両親との待ち合わせ場所に向かって歩き始める。しばらく歩いて祠の近くまで来ると、お互いの両親と彼女の妹が待っていた。


「いつか……」


 彼女の呟きに彼女の横顔を見る。その目は真っ直ぐと祠の方を見ている。


「いつか、ナツキとアヤメが仲良く笑い合う日が来ると思うの」

「そんなの来ないよ」

「ううん。来るよ。だって、喧嘩するほど仲が良いって言うでしょ?」


 彼女はこちらを見て笑いかけてくる。それを俺は疑うような視線で返す。


「……ないな。アイツがその気ないじゃん」


 視線を彼女の妹へ向けると、彼女は物凄い剣幕でこちらを睨んでる。


「お姉ちゃんっ!」

「ありゃ、なんかやっちゃったかな」


 彼女の妹のむくれた表情に彼女はそう言って、キョロキョロとすると繋いだ手を見た。そして、それをパッと離すと彼女は妹の方へ微笑みかける。


「ただいまー」

「ただいまじゃない! なんでアイツと買いに行っちゃうの!」

「ナツキが暇そうにしてたから」

「誰が暇そうだ」


 姉妹の会話に口を挟み、恨めしそうに二人を見る。


「こんな奴、誘わなくて良いじゃん! 私も行きたかった!」

「えー、せっかくの祭りだし、ナツキが暇そうだったし」

「だから、誰が暇そうだ」


 再び恨めしそうに二人を見るが、彼女らはこちらを見ない。これは確実に無視する気だ。


「リンゴ飴が欲しかったなら、お姉ちゃんのあげるよ?」

「違うっ! いらない!」

「だよねー」


 二人の会話は噛み合っているようで噛み合ってない。


 そんな呆れた気持ちで見ていると、彼女の妹がこちらを睨んだ。


「だいたい、なんでアンタも断らないの!」

「だって、断る理由がないじゃんか」

「知らない!」


 それは無いぜ、全く。会話にならないじゃあねぇか。


 助けて欲しいと言わんばかりに彼女を見ると、彼女はクスクスと俺らを見て笑っていた。


 どうやら助ける気はないようで何よりです。


 彼女は俺と彼女の妹が仲良くなれると言っていた。それにこうして喧嘩しているのも仲が良い証拠だと言っていた。


 一体、どうやってそんな考えに行き着いたのかわからない。


 彼女はその結果を見届けることもなく、俺と彼女の妹は仲良くなることはなかったのだから、彼女の発言は無責任だったのだろう。


 夢の中だというのに、そんな寂しい気持ちだけが胸の中にじんわりと広がった。

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