こういうときはマジで焦る

「ちょっっっ............えっ.........え?」



何かを考えているつもりで、実際には何も頭は働いていない。

とにかく、なにかまずい状況になっていることだけは認識できる。




目を覚ましたは良いものの、右腕には柚津の頭が乗っていて、身動きをとることができない。

振り払ってもよさそうなものだが、混乱がでかすぎて、どう動いて良いのか判断できるほど頭が働かない。

とりあえず、右腕がサタデーナイト症候群に見舞われていることは、その腕のしびれが教えてくれる。


昨晩は金曜日の夜だったのにサタデーナイト症候群とはおかしなものだ、などという無意味なことは頭をよぎるのに状況を理解する思考は働かない。

むしろ、状況を理解したくない気持ちが、無意味なことを考えさせているのかもしれない。




しばらく茶番とも言える時間を過ごしていた梨樹人だったが、ある程度落ち着いてくると、布団が直接地肌に触れる感触に意識が向き、自分もなにも身に纏っていないことを実感する。

これが急激に梨樹人を現実に引き戻した。



記憶はないわりに、宿酔いはほとんどないな。気持ち悪くもないし頭痛もしないのは助かった。



「おい柚津!起きてくれ!」



幸せそうに眠っている柚津の頭の下から自分の腕を引き抜いて、ゆさゆさと肩を揺さぶり起こす。



「ん〜、さっき寝たばっかじゃん〜。もうちょっと寝かせて〜」


「いや、そういうこと言ってる場合じゃなく!頼むって、起きてよ!」



梨樹人のしつこい睡眠妨害に耐えかねたのか、目をこすりながら眠そうに話し出す。



「もぉ〜なぁに〜?別に休みなんでしょ〜?もうちょっとゆっくりしよーよぉ〜」



と、甘えた声を出しながら、梨樹人の腕を掴み、ぐいっと引き寄せる。

起きたてのせいか、うまく力が入らず、再びベッドに横になる形になってしまい、腕枕の形に戻される。



「おい柚津、ちょっと。まじで、どういうこと!?」


「ん〜、なにがぁ?」


「いや、なんていうか。この状況だよ。え、これって、そういうこと?」


「ふふっ。そういうことってなによ。でも、そうだね、昨日は気持ちよかったね」



語尾にハートマークがついているのがわかる。

梨樹人にはそういうことをした記憶はない。だが物的証拠、というか、状況証拠は、昨夜の出来事を証明するのに十分な効力を発揮している。



「覚えてないの......?」


「うっ、ごめん、覚えてない......」



おぼろげに、というか、ほとんど確実に状況を理解し始めて自己嫌悪に陥り始めていた梨樹人だったが、この一言で完全に状況が飲み込め、自己嫌悪の深さをさらに深くする。

そこに追い打ちをかけるように、柚津が甘えた声で続ける。



「りっくんが覚えてなくても柚津は覚えてるよ!まさか、りっくんがシてくれるなんて思ってなかったよぉ」



まじか、やっぱり俺はやっちまったんだな......。



「しかもぉ〜、責任はとるからって、生でいっぱいシてくれたしね。もしかしたらまだでてくるかも!」



しばらく何を言っているのか理解が追いつかず、ぼーっとしてしまっていると、柚津が膝立ちになって「ほらっ」といいながら秘部を見せつけてくる。

腹筋に力を入れているのだろう。ぷにっとしたお腹の形が少し変形している。


しばらくして、たらっと白い液体がたれてくる。

血液が沸騰するような、頭から足にいろんなホルモンが流れるような、そんな感覚に襲われ、焦りが強くなる。



そんな梨樹人の心情を知ってか知らずか、柚津はさらに煽るようなことを告げてくる。



「今は、危険な日じゃないけどぉ、安全な日ってわけでもないんだよねぇ〜。ねっ!責任はとってくれるって言ってたもんね」



可愛くウインクされるが、正直素直にそれを可愛いと思える精神状態にはない。

それなりにまじめを自負する梨樹人の頭の中を流れるのは、子ども、結婚、将来設計、進学、就職、といった現実的に責任を取る場合の未来の話。



「覚えてないけど......でも、こうなってるってことは......そうだよな......」


「嬉しい!じゃあ、これで最後じゃないよね!」



頭の中を焦りが支配しているとはいえ、柚津が言いたいことの意味は理解できた。

昨晩、「柚津と会うのはこの家でする飲み会が最後だ」という約束を反故にする、ということだろう。



「あぁ......そうだな。とりあえず、悪いんだけど、シャワー借りてもいいかな?」


「え?うん、もちろんいいよー。私はもうちょっと横になっててもいいかな?」


「うん、そうしてて」


「でも、柚津が寝てる間に帰っちゃヤだよ?」


「わかってるよ。それに、こういうとき俺がそういうのできない人間だって、わかってるだろ」


「そうだよね!じゃあ、いってらっしゃ〜い。おやすみなさ〜い」



そういって再び布団に潜る柚津を見送って(?)、風呂に直行する。




*****



シャワーを浴びながら、思考を整理する。



どうやら俺が柚津とヤってしまったことは間違いなさそうだ。

しかも責任取るとまで言ったのか。昨日はあんだけもう合わないと決めてたはずなのに。

意思弱すぎだろ。え、てかまじでデキてたらどうすんだ。

これから大学院に進むし、収入は、メンタルトレーナーの仕事をもらえるっていっても、学費もあるし養うだけの余裕は無いだろうし。

それに籍も入れなきゃいけないか?デキ婚?最近は授かり婚とか言うんだっけか。そうなる前に籍を入れたほうが良い?

いやでも、いま俺は柚津とヨリを戻したいとは一切思ってない。少なくとも覚えてる範囲ではそう思った記憶もない。

もし柚津がなんともなく次の生理を迎えられてたらそれっきりにしてもらった方がいい。

いやそれは自分本意すぎだろ。流石にこんなことして責任取らないのは漢らしくなさすぎじゃないか。


うんたらかんたら..................。



整理できないまま風呂から出てしまった。

当然、着替えの用意はないので昨日来ていた服をそのまま着る。



準備はできたので、風呂の部屋を出て、部屋に戻ろうと台所の前を通り過ぎようとしたとき、梨樹人の目にとんでもないものが飛び込んでくる。



台所の流しの中に、5本ほどの精力剤が見える。

呆気にとられているところでチラっと横のゴミ箱を見ると、なにかわからないが、よく錠剤がいくつか込められている銀色のアレの残骸と、粉薬を包んであったと思しき薬包が顔をのぞかせているではないか。



おいおいまじか、これを飲まされてたのか?だからこんな状況になってるのか?

とりあえずこのことを柚津に問い詰めないとな。



シャワーよりもこの異様な光景のおかげで少し冷静さを取り戻した梨樹人は、改めて柚津が待っている部屋へと向かった。

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