第5話 アナタの居ないハジマリ その4
声が出せないことに気づいた私は、一瞬パニックになるも、すぐにノートを取り出して、そこに「声がだせない」と書いて3人に見せた。
3人とも不思議そうな表情を見せたけど、すぐに私が本当に声を出せなくなっていることに気づいたようだ。
4人共どうしようどうしようと慌ててしまったけど、さすがは少し年上なだけあって、しばらくして騎飛くんが「ひとまず家に返って、このことを親に伝えたほうがいいよね」とひとまずの方針を立ててくれた。
彼のせいで声が出なくなっていると思うんだけど、そういうしっかりしてるところは、ちょっとすごいと思う。でも怖い。
でも、私たちの両親はみんな日中はお仕事していて、今、家に帰ってもだれもいないだろう。
さすがに私もこのまま1人になるのは怖い。
かといって、騎飛くんと一緒にいるのはもっと怖い。
だから素直に、「ないとくんといるのははちょっと怖い。はるかちゃんとりひとくん、私の家で一緒にいてくれない?」とノートに書いてみんなに見せる。
騎飛くんはちょっとショックを受けているようだったけど、怖いんだからしょうがないよね。
親友の2人は「もちろん」と快諾してくれた。
ほんとにこの2人には感謝してもしきれないなぁ。
そのまま騎飛くんは私達とは別方向に帰宅して、私と親友の2人は私の家へと帰った。
もともと今日の放課後は3人で一緒に遊ぶつもりだったんだけど、こんなことになっちゃって、いつも明るい理人くんも無言だし、遥ちゃんも心配そうにしてるし、申し訳ないなぁ......。
そんなことを思っていると、すぐに私の家についた。
そこからは、2人は私に気を遣ってか、私の家で、喋らなくてもいい遊びをしていた。
マンガを読んだり、ゲームをしたり、3人私の部屋でゴロゴロして夕方まで過ごしていた。
空が暗くなってきたころ、お母さんが帰ってきた。
私のお母さんは、近くの公立高校で保健室の先生をしている。
終業式ということもあり、いくつかの会議があったみたいで、「ただいまぁ〜」と疲れた様子の声が聞こえてきた。
私がトテトテと玄関に迎えに行くと、それぞれ別々に遊んでいた遥ちゃんと理人くんが私の横について来てくれた。
彼らは私がしてほしいことをとてもよく察してくれるから助かる。
それから遥ちゃんがお母さんにことの顛末を伝えてくれたけど、話を聞くたびにお母さんの顔がみるみる青くなっていく。
それでも話し終えるまで聞いてくれるあたり、お母さんの人柄だよね。
「そうね......まずは私の方で症状を確認して、それから病院にいきましょう」
話を聞き終えたお母さんはそう言って、私にいくつか質問をして答えられるか、とか音を出せるかを確かめる。
「これは重症ね。多分、心因性の失声症だと思うけど、ちゃんと病院にかかりましょう」
最低限の診察を終えると、お母さんは精神科の病院に電話して、すぐに車を出してくれることになり、一応状況を知っていて意思疎通できる人が必要ということで、親友の2人も病院についてきてくれることになった。
結局病院の先生も、お母さんの診断同様、心因性失声症の可能性が高いと言って、カウンセリングへの定期的な通院を推奨された。
その日はそれだけで、私達が帰ることには血相を変えたお父さんが慌てて出迎えてくれて、その慌てる様子がいつものおおらかなお父さんと違っていて、ついクスッと笑ってしまったの。
私が笑う様子に一安心したのか、ひとまず玄関を上がってリビングに移動した。
病院からの帰宅して、遥ちゃんと理人くんもそれぞれ自分の家に帰っていったので、今、家の中にはお父さんとお母さんと私だけ。
2人と一緒にいると、親友の2人といる時以上に安心できる。
それでも私は声を出せないままで、大好きな2人とお話できないことに少なからずショックを受けてしまう。
騎飛くんについては、夜に騎飛くんとそのご両親、求道護さんと求道乙女さんの3人がうちまできて、平謝りしていった。
私があんまり騎飛くんを責めないでほしいつ伝えていたこと、理人くんと遥ちゃんからお母さんが正確な状況を聞いていたこと、騎飛くんのご両親が私の両親と親友の関係にあることもあってか、私の両親が騎飛くんを強く責めることはなかった。
私は玄関に来ていた騎飛くんをひと目見ただけで怖くて逃げ出しちゃったから、ドア越しにしか話を聞いていないのだけど、お父さんが1つだけ「しばらく夕愛には近づかないでくれるかな」と優しい声で結構厳しいことを言っているのが聞こえてきた。
その要求に、騎飛くんが悲しそうな声で、素直に「はい」と答えていたのを聞いて、ほんの少しだけホッとした自分がいた。
もろもろが終わって、私はお布団に入った。
といっても怖かったので、今日は久しぶりにお父さんとお母さんのお布団に入れてもらった。
そうして久しぶりに一緒に寝られて、大好きな2人に挟まれて安心しちゃったからか、お布団に入ってすぐに微睡んでしまう。
あぁ、今日は怖いことがいっぱいだったなぁ。
声、すぐに出るようになったらいいなぁ。
明日のホームパーティー、楽しいと良いなぁ。
そんなことをぼんやりと思いながら夢の世界に落ちていくのだった。
*****
また夢を見てるのがわかる。いつもの夢だ。
でもいつもとちょっと違うみたい。
いつもより声が鮮明に聞こえる気がする。
表情はわからないけど、その姿もいつもよりよく見える気がする。
「来世でも、必ず、キミのすべてを、僕のものにしてみせるよ」
誰かわからないけど、私のことを本当に大切に思ってくれているのがわかる。
その声を聞いてるだけで、とっても温かい気持ちになるんだもん。
幸せな気持ちに浸っているうちに、目が覚める。
昨日あったことを思い出して、一瞬それも夢だったのかな?って思ったけど、隣にお父さんとお母さんが寝てるのを見るに、どうやらホントにあったことみたい。
試しに声を出してみようとするけど、コヒュっと空気が出る音が鳴るだけで、言葉を紡ぐことはできなかった。
ココロのどこかで寝て起きたら治っているんじゃないかなぁなんて思っていたんだけど、そんなにうまくはいかないみたい。
昨日の、騎飛くんが迫ってきた時のことを思い出すと、背中を電撃のような、虫が這うような悪寒が走り、体感温度が下がったように感じた。
私は咄嗟に考えないようにして、両親が眠る布団の中に頭まで埋まって震える。
そうしていると、お父さんもお母さんも目を覚ましたみたいで、小さい声で「大丈夫だからね」と言いながら震える私の頭と背中をゆっくりと撫でてくれて、それでやっと落ち着くことができた。
いつの間にか二度寝していたみたいで、目を覚ましたときには、私の隣にはお母さんだけがいて、私の頭を撫でてくれていた。
くあぁ〜とあくびを1つして、のそのそと起き上がる。時計を見るともう10時だ。
お母さんに「おはよう」って言おうとしたんだけど、やっぱり声は出ない。パクパクと口を開閉するだけで、餌を食べようとする金魚みたいになっちゃった。
そういえばお父さんはどこに行ったんだろう?と思ってお母さんに聞いてみると、「理人くんのお家にパーティーの準備をしに行ったわよ」と答えてくれた。
そうだ、今日は大好きな幼馴染たちとその両親たちと一緒にパーティーをするんだった!
昨日はいろいろ辛いことあったし、今も声は出なくて悲しいけど、皆で一緒にいられるならその辛い気持ちも和らぐと思う。
でも......声が出ない私が参加しちゃったら、皆の空気悪くしちゃうかな......?
そうやって私がネガティブ思考に陥っていると、お母さんがまたギュッと抱きしめながら「心配しなくても大丈夫だからね」とあやしてくれる。
むぅ、私ってそんなにわかりやすいのかな?
でも、こうしてもらってるとやっぱり安心する。
しばらくギュッとしてもらって満足したから、お母さんの肩を押して「もういい」とアピールする。
「じゃあ、そろそろシャワー浴びて準備しましょうか!」
離れたと思ったらお母さんが急にシャワーとか言い出した。
普段は顔を洗うだけなのに朝からシャワーを浴びるの?と疑問に思っていると、やっぱり私の考えを見透かしたみたいに補足してくれた。
「今日はね、理人くんと遥ちゃんのお家だけじゃなくて、もう3人、夕愛ちゃんが多分知らない家族が来るの。
お父さんとお母さんの幼馴染の夫婦とその息子さんよ!
もしカッコイイ男の子だったら、夕愛ちゃんもきれいなカッコで会いたくなぁい?」
初見さんがくるから身ぎれいにしておくのが良いということのようだ。
ていうか、そんなの聞いてなかった!
大好きな親友たちだけで楽しめると思ってたのに!
声が出ないのをバカにされたり、また意地悪されたりしたら嫌だし......行きたくないなぁ......。
その後、イヤイヤだったけどお母さんに強制的に連れて行かれて、とりあえずシャワーを浴びてお気に入りのワンピースに着替えるところまではきた。
「夕愛ちゃーん、そろそろパーティーの時間よ?そんなに拗ねてないで一緒に行きましょう?」
お母さんが呼んでる。
準備はしたけど行きたくない......。
私を騙してたお父さんとお母さんのことなんてもう大嫌い!......嘘、大好き。自分に嘘はつけないや。
でも、行きたくない!知らないヒトと一緒にパーティーなんてしたくないよ!
私が拗ねているとお母さんが「先に行ってるから、寂しくなったら理人くんのお家にきなさいね?」と言ってドアを出ていく音が聞こえる。
そんな......こんなに傷心中の娘を1人置いて出かけるなんて!薄情なお母さんだ!
まぁ理人くんのお家は隣だから何かあったらすぐに駆けつけられる距離ではあるんだけど......。
それでもひどいよ!もういいもん、ふて寝してやるんだから!
「絶対に行かないぞ!」と決意していたのも束の間、隣のお家から聞こえる賑やかな声を聞いているとものすごい寂しさを感じる。
それでも「行かない」と決意した手前、顔を出しにくくてそのまましばらく部屋でうずくまっていると、ピンポーンと玄関のベルが鳴る。
インターホンにでると、遥ちゃんがカメラに映っている。
「夕愛ちゃーん、一緒にあそぼー!知夜くんも、とってもいい子だよ〜!」と元気よく伝えてくれている。
でも声の出ない私はインターホン越しに何の返事もできない。
知夜くんって誰なのかわからないけど、多分新しく参加してるっていう男の子のことだよね。
遥ちゃんはいい子だと思っても、私にとっていい子かはわからないじゃん!声も出ない根暗な女の子のことなんていじめるかもしれないし!
でも、このままじゃ遥ちゃんを無視してるみたいになっちゃう!
もしそれで遥ちゃんに嫌われるなんて耐えられない!
早く出ていって何か伝えなきゃ!
嫌われることへの焦りと、「顔を出すきっかけをくれてありがとう」という感謝の気持ちを抱えて、慌ててドアを開けて外へでていった。
それから遥ちゃんに手を引かれて、徒歩数歩の理人くんのお家のお庭に入る。
ここまで言ってなかったけど、私も遥ちゃんも理人くんのお家も、どれも一軒家でそれなりに大きい部類に入ると思う。
中でも理人くんのお家のお庭はとっても大きくて、パーティーをするときはいつもそこでやらせてもらってるんだ。
だからお庭までは行き慣れてるし、今は遥ちゃんが手を引いてくれてるから道のりに不安はないんだけど、やっぱり初めて合う人、しかもこんな最悪なタイミングで出会うなんて、本当に最悪だ。
せめてちゃんと喋れるときなら、なんとかがんばれたかもしれないのに......。
心の中でいつまでもぶつくさと文句を垂れ流していた私だったけど、『彼』を見た瞬間、それまで感じていた全部の嫌な気持ちがキレイに消え去っていた。
<あ、あなたが私の運命のヒトなのね......>
心の中のつぶやきは誰にも伝わるはずはなかった。
目の前に現れた初対面の男の子、御門知夜くん以外には。
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