四 攻撃
二〇三四年三月二十二日、水曜、一九三〇時。
静止軌道の外側1000キロメートル(地球から37000キロメートル)の位置にいるISS-BS1は、地球の自転に伴って地球を周回し、その周回軌道の接線方向に月を見る位置から、月へ向って移動を開始した。
8分後に、ISS-BS1は月の周回軌道に入った。
コントロールデッキの空間に時空間、4D座標(平行時空間を表示する平行座標と直交している亜空間曲線座標)が表示されて、月とフェルミ艦隊、ISS-BS1、レプリカの〈ザルド〉が現れた。実際はみなステルス状態だが、PDのステルス解除処理によって実態が4D座標に現れている。
実際のISS-BS1は多重位相反転シールドのままステルス状態だ。月を周回する楕円軌道にいるフェルミ艦隊(オリジナルのフェルミ艦隊)にも、月へ移動中のザルド(レプリカ)にも気づかれていない。
「PD。PeJ。ISS-BS1をフェルミ艦隊と同じ、月を周回する楕円軌道に乗せろ!」
Jはレプリカの〈ザルド〉を攻撃する態勢を整えるために指示した。
「了解しました。
Jの考えを、全員が理解しました。全員、納得していますよ」
コントロールデッキに立つPDが、コントロールポッドのJとC(カムト・ヘクトスター、吉永CSC指揮官)とG(ガル・ヘクトスター、前田班長)、Z(ザック・オオスミ、 班員倉科)、Z(ザック・オオスミ、 班員倉科)たちに微笑んだ。
4D座標上で、月を周回するフェルミ艦隊の楕円軌道と、ISS-BS1の周回軌道が接近して重なり、そして、フェルミ艦隊の楕円軌道になった。
今や、ISS-BS1はフェルミ艦隊と同じ月の周回軌道上にいて、フェルミ艦隊の後方に位置しているが、その存在空間を0次元変換していため、そして、多重位相反転シールドによるステルス状態のため、フェルミ艦隊を管理するAIの巨大宇宙意識・PDフェルミンに気づかれていなかった。
フェルミ艦隊とレプリカの〈ザルド〉のシールドは位相反転シールドだ。そのシールドでステルス状態を構成しても、4D探査(素粒子信号時空間転移伝播探査)機能を持つISS-BS1からは丸見えだった。
二〇三四年三月二十二日、水曜、一九三八時。
オリジナルのフェルミ艦隊は、ステルス状態のまま静止軌道速度、秒速3.07キロメートルで、月を周回する楕円星軌道上を航行している。
レプリカの〈ザルド〉は地球から地球の静止軌道上から7000キロメート程離れたばかりだ。月との距離は約341400キロメートルだ。
ISS-BS1がレールガンで秒速1000キロメートルの高速運動量弾を放っても、レプリカの〈ザルド〉に着弾するまで341.4秒、約5.7分、約6分かかる。これでは着弾前に高速運動量弾を気づかれてしまう。
C(カムト・ヘクトスター吉永CSC指揮官)たちはそう考えた。
Jが説明した。
「気づかれていいんだ。我々の前にいるのはフェルミ艦隊だ。どちらもステルス状態だが、我々のISS-BS1は気づかれない。フェルミ艦隊が攻撃されるだけだ。
ISS-BS1の楕円軌道の長軸方向接線上に、レプリカの〈ザルド〉が現れるのを見越して高速運動量弾を放つ!!」
「了解した!」
Jが命じた
「PD。ボーマン艦長。警戒ランク7戦闘態勢だ。
全クルーを配置につけろっ!
ターゲットは、レプリカの〈ザルド〉のPDドライブ(プロミドン推進装置)と、スキップドライブ(亜空間移動推進装置)だ!
ISS-BS1の前方にいるフェルミ艦隊の、艦体間を縫って攻撃しろ!」
「了解!」
PDの応答と同時に、コントロールデッキとJたちのコントロールポッドに、艦内各兵器と担当各部署のコントロールポッド内3D映像が現れた。
PDの指示が艦内に響いた。
「全クルーに告ぐ!
緊急指令!警戒ランク7戦闘態勢をとれ!
緊急指令!警戒ランク7戦闘態勢をとれ!
二分後に空気を抜く!
二分後に空気を抜く!
全員、スーツとアーマー装着せよ!
全員、スーツとアーマー装着せよ!」
レプリカのフェルミ艦隊を壊滅したのは本日二十二日の午後だ。以来、ISS-BS1の戦闘態勢は解除されていない。すでに全クルーが戦闘気密バトルスーツを装着しさらにバトルアーマーとヘルメットを装着している。
コントロールデッキとJたちのコントロールポッドに、各兵器担当の3D映像が現れ、各兵器担当のターゲットスコープロックオン4D映像に、全クルーが配置完了して兵器管理AIとのシンクロを示す黄色表示が現れた。
と同時に、フェルミ艦隊の警戒ランク7を示す黄色表示現れ、さらに約377400キロメートルの彼方にいる〈ザルド〉も、警戒ランク7を示す黄色表示が現れた。
「〈ザルド〉が攻撃態勢です。気づかれてはいません。我々の存在を警戒しています!」
PDが、ISS-BS1から341400キロメートルの彼方の〈ザルド〉を4D探査してそう言った。
フェルミ艦隊と〈ザルド〉は、フェルミ艦隊の背後にいるISS-BS1に気づかぬまま、警戒態勢をとっている。
クルーへの指示を終えたPDは艦体と兵器状況を確認した。いつもルーティーンだ。
「兵器の戦闘態勢確認完了!
ブリッジ隔壁閉鎖完了!
多重位相反転シールド稼動確認完了!
兵器管理AI起動完了!マスターAIと同期完了。
ターゲットオートロックオン完了。
各兵器と担当の意識思考シンクロ完了。
全兵器が司令官Jと艦長の指揮下です!」
「PD!兵器管理は万全か?」
PDがJに答えた。
「万全です。指揮官J」
PDがJを、司令官、と呼ぶのも、攻撃態勢時のルーティーンだ。
「PD。ただちに攻撃態勢をとらせろ!」とJ。
「全艦、攻撃態勢に移れ!
全艦、攻撃態勢に移れ!」
「全クルー了解!」
ボーマン艦長からの応答と同時に、コントロールデッキに現れている、艦内各兵器と担当各部署のコントロールポッド内3D映像の状況表示アイコンが、戦闘態勢の黄色表示から攻撃態勢の赤色表示に変った。ISS-BS1の艦内各部署の兵器が攻撃態勢になっている。
電子兵器と電磁兵器はエネルギー充填を完了し、レールガンや各種ミサイルなど飛翔兵器はいつでも反射可能だ。〈ザルド〉に発見されるのを見越して、レールガンには隕石に偽装した10キログラムのチタン合金弾が装填されている。
艦内各部署にPDの指示が響いた。
「二十秒後に、本艦の空気を抜く!
二十秒後に、本艦の空気を抜く!
空気抜きに備えろ!
空気抜きに備えろ!」
艦内空気が0になった。艦内は艦外と同じだ。
コントロールデッキに現れている艦内各兵器と担当各部署のコントロールポッド内3D映像が、各部署のコントロールポッド内ターゲットスコープロックオン4D映像切り替わった。
「PD!レールガンの、高速運動量弾の4D座標を0次元変換できるか?」
「わかりました。全弾を0次元変換します・・・。
変換、完了です。
レールガンを撃ちますか。一発で壊滅しますよ」
「そうしてくれ」
「全クルーに告ぐ!
これより、〈ザルド〉をレールガンで攻撃する。
前方のフェルミ艦隊からの攻撃を想定し、各兵器部署は臨戦態勢をとれ!」
PDの指示に、了解の赤色閃光シグナルが、コントロールデッキとJたちのコントロールポッドに現れている、電子兵器と電磁兵器と各種飛翔兵器部署ターゲットスコープロックオン4D映に、表示された。
「レールガンを撃てっ!」
Jの指示とともに、多重位相反転シールド間隙が直径50センチメートルの円形に100分の5秒開いて、隕石に偽装した10キログラムのチタン合金の高速運動量弾が五発発射された。
五発の高速運動量弾は、PDの4D探査(素粒子信号時空間転移伝播探査)ビームによって誘導され、フェルミ艦隊の各艦の間隙を縫って、〈ザルド〉の航行進路に向って飛翔した。
フェルミ艦隊も〈ザルド〉もISS-BS1から放たれた、隕石に偽装した五発の10キログラムのチタン合金高速運動量弾に気づかなかった。
「ボーマン艦長と全クルーに告ぐ。
攻撃態勢を維持したまま現状に留まれ!
フェルミ艦隊が攻撃したら月から離れてレールガンを撃つ!」
「了解!」
とボーマン艦長とクルー。
「J!フェルミ艦隊が月の周回軌道をそれたぞ!
高速運動量弾の攻撃を気づかれたか?」
C(カムト・ヘクトスター吉永CSC指揮官)は〈ザルド〉攻撃を察知されたと思った。
「だいじょうぶだよ。フェルミ艦隊の月面降下と〈ザルド〉攻撃が、たまたま同じ時期だっただけだよ。
ほら、フェルミ艦隊は〈ザルド〉に対して位相反転シールドを張ってる。〈ザルド〉がステルス状態だから、フェルミ艦隊は〈ザルド〉の存在に気づいてないよ」
「〈ザルド〉とフェルミ艦隊は通信してないのか?」
「そうだよ。フェルミ艦隊は旗艦〈ユウロビア〉を奪われて〈ザルド〉にされた。あの〈ザルド〉はレプリカだけど、フェルミ艦隊は旗艦〈ユウロビア〉を奪われたとは記憶してないんだよ。
さあ、5分が過ぎたよ・・・」
PeJがそう言った途端、コントロールデッキとコントロールポッドに現れているターゲットスコープロックオン4D映像が 約341400キロメートルの彼方の〈ザルド〉の4D探査映像に変わった。レールガンの高速運動量弾が着弾するまで発射から341.4秒、約5.7分、かかる。すでに5分が過ぎている。残り40秒だ。
〈ザルド〉に五発の高速運動量弾が着弾した。
一瞬の眩い閃光とともに、〈ザルド〉のPDドライブ(プロミドン推進装置)とスキップドライブ(亜空間転移推進装置)は破壊され、捕捉していたヒッグス場の全エネルギーを解放して、さらに一瞬、眩い閃光を放ってむ巨大なヒッグス粒子と化した。
解放されたヒッグス粒子は、閃光を放ちながら〈ザルド〉を分子に変え、さらに原子から素粒子、そしてヒッグス粒子へ変え、ダークマター空間へ消えた。
高速運動量弾の着弾から、〈ザルド〉の消滅まで100分の1秒程度だったが、C(カムト・ヘクトスター吉永CSC指揮官)たちとクルーには、長い〈ザルド〉消滅の場面だった。
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