第11話 私は挑戦を始めます

 朝。

 いや厳密には朝かどうかはわからない。

 今の私は世間とは違う時間を生きている。


 時計を見て確認。

 午前10時ちょいすぎ。

 これなら一応朝の部類だ。


 なら早速朝の義務、食事から。

 手を伸ばして固形バランス栄養食の箱、アイソトニック飲料のペットボトルを取る。

 寝たまま朝食開始ですぐ終了だ。


 何か今日はするべき事があったような気がした。

 何だろう。

 少し考えて思い出す。

 そうだ、移住場所の予約をするか否かだった。


 しかしすぐ予約してはいけない。

 今までしっかり読んでいなかった注意事項その他をよく読んでおかなくてはなるまい。


 早く予約しないとと焦る気持ちを抑える為、昨日寝る前に飲んだのと同じ即効性の頓服1錠を嚥下。

 約款だの注意事項だのを読む作業を開始だ

 

 結果、今まで見落としていた幾つかの事項が明らかになった。

 まず一番重要なのはこれ。


『移住後は基本的に地球に戻る事は出来ません。また連絡を取る事も出来ません』


 異世界と日本を行ったり来たりという事は出来ないようだ。

 考えてみれば当然。

 往復して貿易なんてやられた日には世界が思い切り変化してしまうだろうから。


 ただこの規定には例外事項が1つある。


『移住後14日以内に限り、惑星オースでの生活があわないと判断した場合は、移住を取り消し元の生活へ戻る事が出来ます。

 ただしその場合は今後、本移住計画に参加する事は出来ません』


 クーリングオフに似た事が出来るという事のようだ。

 でも100万円キャンペーンで買ったものはどうなるのだろう。

 そう思ったらしっかり規定がある。


『移住に際しキャンペーン等で購入した物品については、次のどちらかの措置を選ぶ事になります。

 1 購入合計金額の全額及び移送費用(最大30万円)を支払い、自らが使用権限を持つ場所へと物品を送付する。

 2 購入合計金額の5割を支払い、所有権その他一切を放棄する。

 なおこれらの金額を元移住希望者が支払えない場合、移住取り消しを行う事は出来ません』


 まあ当然だよなと思う。

 ご利用は計画的にという奴だ。


 逆に言えばキャンペーンで100万円をフルに使っても、50万円を支払えば14日以内なら元の生活に戻れるという事になる。


 でもこの場合、例えばヒラリア共和国の移住に関する規定とかはどうなるのだろう。

 読むとちゃんと書いてあった。


『移住を取り消した場合、惑星オース側との移住取り消し手続きは本事務局の方で行います。この件について、移住取り消し手続き者は手数料以上の不利益を受けません。なお手数料は現日本国居住者については最大3万円とします』


 つまり最大でも3万円払えばあとは問題ないと。


 更に読むと日本側で勤務先を辞める手続きについて等についても書いてあった。


 このクーリングオフもどきを使用する可能性がある場合、退職手続きをせず休暇扱いにしておいた方がいいとか。

 結果的に移住を最終決定した場合、退職手続きは事務局でやって貰えるとか。

 移住を最終決定した場合、退職手続き代行の手数料は住民票抹消や住宅の賃貸契約解除等と同じく一切かからないとか。


 移住を決意したが途中で断念、惑星オースへ行く前に諦めた場合はどうなるか。

 この場合も先程のクーリングオフもどきと似た措置になるようだ。

 つまりキャンペーンで購入した分はある程度支払えと。

 ただしこの場合、使用していないので購入物品をキャンセルする金額は3割でよいとの事。

 二度と移住が出来なくなるなんて事もない。


 さて、頓服のおかげもあり、読むべきものは何とか全部読んだ。

 時計を見ると午後3時。

 昼食の義務を忘れていたので、例によってバランス栄養食を機械的に頬張り、アイソトニック飲料で流し込む。


 自分の中で結論が出た。

 勿論続行だ。

 予約をしてしまおう。

 今の私なら途中でキャンセル出来る程度の財力はある。

 それにキャンペーンでの物の購入を決定しないで途中でやめる分には費用負担もゼロだ。


 そもそも向こうに私という人間を特定する情報をまだ与えていない。

 だからどう考えても問題はない筈だ。


 よし、なら善は急げ。

 まだあの場所は予約していないよな。

 あ、でも予約取り消しというのは出来るのだろうか。

 もっといい場所が見つかったという理由で。


 疑問は調べておくに限る。

 幸いこの件はすぐに解決した。

 移住前の予約取り消しは全く問題ないそうだ。

 いい場所が見つかったという事で予約変更も大丈夫。

 手数料が余分にとられるという事もない。 

 

 よし、押さえるぞ!

 タブレットでページを開く。


 まだあの場所は予約されていない。

 予約決定ボタンをぽちっとなと押す。

 実際は液晶画面だからぽちっとなんて感触はないけれど。


『予約されました。認証番号30-64479。この番号を控えておいてください。なお移住事務局の方にもこの番号は同時に通知されます』


 理想の場所確保、いや予約完了だ。


 さて予約の有効期間は3ヶ月。

 しかし私の休職期間は残り2ヶ月。

 その気になれば最大6ヶ月、つまり残り5ヶ月まで延長する事は可能。

 でも出来ればその辺やりたくない。

 もうあの職場に顔を出したくないから。


 それなら残りの休職期間でクーリングオフ期間までカバー出来た方がいい。

 あと多少の日数の余裕も欲しい。


 となると、今日から移住開始まで1ヶ月ちょいというスケジュールがベストだ。

 この間に言語学習や魔法訓練を移住可能なレベルまでやっておく必要がある。


 確か最短1ヶ月でマスター可能と書いてあったはずだ。

 そして今の私は24時間使う事が出来る。

 よし、1ヶ月ちょい後、惑星オースの海岸を踏めるかどうか。

 今日、今現在から挑戦を開始しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る