第239話 選択肢

「人が集まってきた。離れよう」

昼間でも分かるほどの光が路地から漏れたことで、なんだなんだ?と人が集まってきた。

クローネが消えたことは気になるが、今はここを離れた方がいい。


「離しなさい」

そう思いネロ君の手を掴むと、掴んだ手を振り解かれた。


「……僕はネロ君の味方です。とりあえずここを離れないと、ネロ君に迷惑が掛かりますよ」

ネロ君を鑑定すると、名前のところがクローネに変わっていた。

種族は人間どころか堕天使でも精霊でもなく、半神となっている。

色々と思うところはあるが、ここから離れる為に、僕がネロ君の敵でないこと、このままではネロ君に迷惑が掛かることを伝える。


クローネとネロ君が元の関係に戻ったというのは状況からわかるが、さっきまで話していた僕を警戒している理由がわからない。


「……そのようですね」

ネロ君の姿をしたクローネは宙に浮かび、飛んで行ってしまった。

後始末を僕に押し付けて。


「魔導具の不具合があっただけです。危険なことは何もありません」

明らかに空を飛んで行った子供がいるので嘘を言っているのはバレバレなわけだけど、一応言い訳は残して僕も走って逃げる。



さて、クローネはどこに行ってしまったのだろう……?


当てもなく探さないといけないのかと思っていたけど、ネロ君が泊まっている第1騎士団の宿舎に行ったらネロ君はいた。


「さっきはごめんなさい。クオンさんが来るまでにクローネから話を聞いたら、学院長に取引を持ち掛けた後の記憶がないみたい」

ネロ君が僕を見て答える。

鑑定の結果もネロ君になっており、種族も人になっている。


「クローネと話がしたいんだけど、代わってもらうことは出来る?」


「先程は失礼しました。ネロから話は聞いております」

急にネロ君の口調が変わる。


先程の堕天使の時とは違い声はネロ君のままだけど、クローネに変わったようだ。


「クローネなんだよね?記憶を取り戻したってことでいいのかな?」


「はい。記憶を無くしていた頃の記憶がありませんので、記憶を取り戻したといった感覚もありませんが……」

天使だった頃の記憶がないのか。

あの神のこととか、色々と聞きたかったのに。


「クローネがネロ君に残したっていうカードを触ったら記憶を取り戻したみたいなんだけど、どこまで覚えてるの?」


「ネロに危害を加えていた者達に制裁を与えた後、学院の長にネロに罰を与えないよう頼もうとしたところまでですね」


「あのカードはなんなの?」


「一部を残して私の魂を封印したものです。ネロの命に危機が起きた時に目覚めるようにはしていましたが、あの者は私の頼みを聞いてくれたようですね。ネロには寂しい思いをさせてしまいましたが、ネロに迷惑を掛けないためには仕方のないことでした。私が力を行使したことを知るもの全てを消滅させるという選択もありましたが……」

カードの方が本体だったのか。

残った一部がどういう経緯かわからないけど天使となり、本体であるカードと接触したことをトリガーに目を覚ましたと。


ただ、天使になっていたことと、クロウトの命令で孤児院に嫌がらせをされても目覚めなかったことを考えると、仮にネロ君が死にそうになっても目は覚まさなかったかもしれないな。


「別に責めるつもりはないんだけど、死ぬことを対価にネロ君に罰が下らないようにしたのに、実は生きてましたっていうのは騙しているのと同じじゃない?」


「騙し合いこそ人族が好んで歩んできた道ではないのですか?圧倒的な力で滅ぼすのではなく、人族の領分で済ませた時点で誠意は見せています。騙されてネロを解放すればよし、しなければ私が目を覚まして辺り一帯を無に帰すことになっただけです」

思っていたクローネの印象とは大分違うな。

ネロ君以外の人間は虫と同程度にしか思っていなさそうだ。


「まあ、僕は本当に責めるつもりなんてないからどうでもいいんだけど……。クローネがこうして表に出ている時はネロ君の意識は眠ってて話は聞こえてないんだよね?」


「そうです。あなたがネロの恩人で、私とネロを再会させたと聞いたのでこうして話していますが、本来ならネロの時間を私が奪うつもりはありません」


「それならぱっぱと用件を済ませるよ。ネロ君とクローネの関係を教えてもらえる?ネロ君はクローネが契約している理由は知らないみたいなんだよね」


「あなたに教えるつもりはない」

完全な拒絶をされる。

踏み込んではいけない領域のようだ。


「気になっただけだから言いたくないならいいや。ネロ君には精霊って説明しているみたいだけど、半神なんだよね?精霊が人の体を操ると半神になるの?それとも、クローネは神で、ネロ君と合わさったから半分神なの?」

天使になっていたから半神となった可能性もある。半分が人とも限らない。


「…………あなたは他の作り物とは違うみたいですね」

クローネがこちらを真っ直ぐと見つめた後、意味深なことを言う。


「作り物とはなんですか?質問の答えになってませんよ」


「失言でした。禁忌とされることですので、知る覚悟があるならご自身で調べてください」

調べろと言われても、禁書庫も国王が隠してた書物も調べてあるし、他に何を調べればいいのか……?


「この世界が神の選定をしていることに関係あるのかな?」


「これ以上私からお話しすることはありません」

きっぱりと拒否されてしまうと、これ以上聞くことは出来ない。ただ、拒否するということは、関係はありそうだ。


「それじゃあ最後にもう一つだけ、カードが消えたわけだけど、これからもネロ君は占い師を続けることは出来るのかな?」


「出来ませんね。私の力がカードという形で具現化したから起きていたことであり、私に未来をみる力があるわけではありません」


「それは……残念だね」

ネロ君の気持ちを考えないなら、クローネの記憶を取り戻したのは失敗だったな。

ネロ君以外の人のことはどうでもいいように思っている節があるし、未来がわかるという桁外れの力よりもクローネの方が優れている保証もない。


「ん、うーん。あ、クローネと話は出来た?」

ネロ君に戻ったようだ。


「話は出来たよ。何を話してたかネロ君はわからないんだよね?」


「うん」


「カードがなくなって占いが出来なくなったから、それは僕の方からレイハルトさんに言っておくね」


「ありがとう。こんな大変な時にごめんなさい」


「こうなるとは思ってなかったから仕方ないよ。占いの為に呼ぶことはなくなると思うけど、ネロ君をスカルタに送る余裕が今はないから、しばらくここで寝泊まりは続けてね」


「うん」

ネロ君が小さく頷く。

ネロ君自身も事態が悪化したことはわかっているだろう。



宿舎を出て、騎士団本部の会議室に向かう。

会議室にはレイハルトさん、ルージュさん、委員長、それからマリエールさんがいた。


「レイハルトさんに二つ大事な話があります」


「そんなに改まってどうした?」


「ネロ君のカードが諸事情で無くなりましたので、今後ネロ君は占いを出来なくなりました」


「……もう一つはなんだ?」

レイハルトさんは一つ目のことを気にしながらも、もう一つの話を先に聞く。


「僕がやる予定だった作戦ですが、これも諸事情で協力出来ないことになりました。もしかしたら既に未来が変わっているかもしれませんが、他の案で進めてください」

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