第94話 待遇
学院長に連れられて訓練場に入る。
「魔法の対象はあの的を使ってください」
学院長が示す方には鉄のような丸い的があった。
「あの的に魔法を当てればいいだけですか?」
「実力を見たいので、見せていただける限りでいいので本気を出してもらえますか?魔力が多く威力が高ければ優れた魔法士というわけではありませんのでやり方はお任せします」
任せると言われるのが1番困るな。
ウォーターボールを1発放つくらいで判断してくれると楽なんだけど……
僕はどうしようか考えた結果、ウォーターボールとファイアーボールを同時に使うことにした。
「ウォーターボール!ファイアーボール!」
水と火それぞれの球が5つずつ的に向かっていく。
同時といっても実際にはウォーターボールを放ってすぐにファイアーボールを放っただけである。
リキャストタイムは魔法ごとに掛かるので、こういった形で連続で使うことは出来る。
ただ、MPを温存するなら相手の弱点属性の魔法を放ちたいので、こういった使い方をする機会は少ない。
「器用な使い方をするのですね。属性の違う魔法を同時に使うにはかなりの修練と才能が必要のはずですが、その若さで扱えることに驚きです」
ある程度の力を見せるつもりだったけど、少しやり過ぎていたようだ。
「通常は同時に魔法を使うことは出来ないのですか?周りに魔法を使う方がいなかったので、自分の扱う魔法以外のことは詳しくないんです」
僕は気になったことを聞きつつ、水魔法と火魔法のリキャストタイムが切れるのを待つ。
アリオスさんと模擬戦した時の事も見せてほしいと言われているので、すぐにやって欲しいと言われない為に時間を稼ぐ必要がある。
「クオンさんはもしかして独学で魔法を使っているのですか?」
「はい、そうです。なので、仲間が魔法を使いたいと言っても僕には教えることが出来ません」
独学ということで返事しておけば、魔法について全く詳しくなくても怪しまれないだろう。
「そうですか……。例えば水魔法を使いたい場合、身体の中の魔力を水属性に変換するように練る必要がありますよね?」
「そうですね」
ふーん、そうなんだ……。
「同時に火魔法を使いたい場合、身体の中の魔力を水属性に変換しつつ、火属性にも別回路で変換して練る必要があります。魔力の流れを2つ作る必要があるので、教えられたからといって簡単に出来るものではありません。属性の違う魔法を同時に使う為のスキルも存在しますが、もしかしてクオンさんはそういったスキルをお持ちですか?」
「持ってませんよ。そういったスキルを獲得していると、簡単に同時に発動出来るのですか?」
そろそろリキャストタイムが切れるな
「スキルにもよりますが、意識しなくても自動的に魔力を操作してくれるそうですよ。私は持っていませんので、聞いた話になりますが……」
「そうなんですね。後はアリオスさんと模擬戦した時と同じことをすればいいですか?」
リキャストタイムが切れ、水魔法が使えるようになったので再現することにする。
「ええ、お願いします」
「さっきと同じ的がアリオスさんだと想定して見てください」
僕はアリオスさんにやったように幻影で作ったウォーターボールの少し後ろに本物のウォーターボールを重ねて、的にぶつける。
「水球を2発連続で放ったようにしか見えませんでしたが、これでアリオス様に一撃を与えたのですか?」
「はい、そうです。アリオスさんは手前の水球を剣で斬った後、後ろに重ねていた水球に当たりました。実戦であれば横にズレて躱していたでしょうから、模擬戦で僕の力を見ようとしていたから当たっただけですね」
学院長には水球が2発放たれただけにしか見えなかったようだ。
手前の水球が幻影で作った偽物とは気づいていない。
やはりこの方法はアリオスさんレベルの手練れだからこそ効果があることのようだ。
「こんな簡単な方法でアリオス様に一撃与えることが出来るとは思えません。アリオス様は何故隠されていた水球は斬らなかったのかしら。アリオス様なら隠された水球にも気づくはずですし、2振りすることも出来たはずです。本当に今と同じことをしたのですか?」
「はい、そうです」
「なにかカラクリがあるのかしら?」
「それに答えることは出来ません。僕の切り札ですので」
カラクリがあると言っているようなものではあるけど、カラクリの内容を教えなければ問題はない。
「もう一度見せてはもらえないかしら?」
「魔力があまり多くはありませんので……。それに何度も見られるとカラクリに気づかれる気がするのでお断りさせてください」
実際には的に水球は1つしか当たっていないので、何度も見れば1つは偽物だと気づくだろう。
こういった騙し打ちみたいな戦法は、効果があるのは一度きりと思った方がいい。
やり方を変えたとしても、幻影のスキルが使えるということを知られているのと知られていないのでは大きな差がある。
知られないに越したことはない。
これからお世話になるので一度だけ見せただけだ。
「そうですか。それは残念です」
「他に何か話はありますか?」
僕は帰っていいか確認する
「……ああ、そうでした。本来は初めに聞かなければならないことを聞いていませんでした。クオンさんは当学院に編入されますか?」
案内の後そのまますぐに学院長室に来たから、ベレッタさんに聞いていないようだ。
「在籍はさせてもらうことにしました。ただ、実際に学ばせてもらうのはこちらのイロハだけで、僕とこちらのヨツバはイロハが学んでいる間、学院の設備を使わせてもらうことにしました。ベレッタさんは構わないと言っていましたが、本当に良かったんですか?」
一応確認しておく
「構いませんよ。ちなみに設備というのはどれのことでしょうか?」
「寮と書庫、それからダンジョンです」
「書庫ですか。何をお調べになられますか?」
「神様やその遣いなど信仰についてです」
「信仰深いようには見えませんが……。いえ、失礼しました」
「大丈夫です。実際に信仰深いわけではありませんので。調べたいことがあるだけです」
「そうですか。では司書に話をしておきますので、どのような内容の本を探しているかお尋ねください。調べごとが捗るでしょうから」
「お気遣いありがとうございます」
「いえ、お付き合いいただいたせめてものお礼です。では寮の方に案内させます」
僕達は訓練場を出た後、近くにいた学生に案内されることになった。
「授業のほうは良かったんですか?」
僕は案内してくれている学生に聞く。
「大丈夫です。この腕章を付けている人は学院の仕事を手伝うことで学費や入学金を免除してもらっています。働きながら魔法の勉強をさせてもらっているとお考えください」
お金がない人でも通えるようになってるということか。
案内された部屋は明らかに寮の一室ではなかった。
「えっと、ここは?」
「学院長よりこちらの部屋に案内するように言われています」
「でもここ、貴族が使うような部屋に見えますよ?」
「はい、そのとおりです。ここは御貴族様が入学される場合に使われる部屋になります」
貴族が使うようなではなく、貴族が使う部屋だった。
「本当に使っていいんですか?」
「私としてはここに案内するように言われているだけですので、断られると困ってしまいます」
確かにそうだ。決めているのはこの人ではないのだから……。
「わかりました。ありがたく使せてもらいます」
「それからこちらをお受け取りください。外に出る際にはそちらのバッジをお付けになって下さい」
バッジを3個受け取る
「これはなんですか?」
「あなた達が学院の貴賓であることを示すバッジになります」
「このバッジがあると何が出来るんですか?」
「一般の生徒では使えない設備を使うことが出来ます。それから私を含め、この腕章を付けている人に雑務を頼むことが出来ます。なので何かありましたら遠慮なく仰ってください」
特別待遇が過ぎる。もっと普通でいいのに……
「わかりました。今は特に困っていないので大丈夫です。ありがとうございました」
学生に帰ってもらう。
「2人ともバッジいる?」
僕は2人に聞きながら渡そうとする
「……いらないかな」
「私も」
「だよね。僕もいらないかな。でも必要になるかもしれないから持ってはいてね。付けなくてもいいから……」
「……うん」
僕は2人にバッジを渡す。
「それじゃあ、また明日ね」
「クオン、帰るの?」
「これだけ広いっていっても2人と同じ部屋っていうのは気が引けるからね」
「部屋自体が何個もあるから、これは同じ部屋とは言わないよ。だから気にしなくていいよ」
まあ、ヨツバの言う通りここは部屋というより家だ。マンションの1階層を丸ごと借りているのに近い。
「……そうだね」
本当はこんな広くて高そうな所は落ち着かないから帰って1人になりたかっただけだけど……断る理由を僕は間違えたようだ。
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