第5章 女当主 45

 青い軍服に白いズボン、青い帽子をかぶり、軍服の金ボタンがひときわ輝いている。

 カトラル伯爵のあとを騎馬兵たちが三列にわかれ、整然と美しく行進している。


 シェリーはジェフのかたわらで、彼の腕に手をまわし、息をこらしてその姿を見ていた。


 カトラル伯爵が、シェリーの前を通り過ぎた瞬間。レオナルドはシェリーを認めた。

 伯爵の視線とシェリーの視線がからんだ。時間が止まった。


 カトラル伯爵の顔色が変化したが、伯爵はすぐに視線を正面にすえ、何事もなかったように通り過ぎていった。

 それに続き、騎馬兵が通っていった。砂埃すなぼこりが舞い上がっている。


「りっぱなものだ」ジェフが感心して言った。

「そうね」シェリーは無表情で答えた。


 レオナルドを見ると、心の裂け目がまたうずき始めてしまう。もう、関係ない人なのに……

                 *


 シェリーがエリザベスに、夕食の介助をし終えた時間だった。薄青うすあお色の夕闇が降りてきていたときだ。


 ジェフが突然、アシュビー家を訪れた。ジェフがこんな時間に訪れることは、今までにはなかった。何事だろうかとシェリーは思った。

 居間にジェフを通すと、ジェフは黒い鞄から書類を出してきた。


「商工会に提出した申請書が認可されたよ」

 シェリーは、その認可の書類に目を通しながら言った。

「あれから一週間しかたってないのに。ずいぶんと早く認可されたのね」こんなことってあるのだろうか。普通は早くても数か月かかるはずだ。それどころか場合によっては、却下されることも珍しくないのだ。それだけ、厳格な審査のはずだ。


「本当に早い」ジェフが浮かない顔で言った。

「どうかしたの? ジェフ」シェリーが気遣きづかって言った。

 ジェフが重たい口を開いた。


「それが…… また法律学校に戻らなくてはならなくなった」

「えっ」シェリーは驚いた。


「裁判所からの命令で、今度、法律書の編纂をするから、そのために法律学校に戻って、学術研究してくるようにと言われた」

「だって、戻ってきたばかりじゃない」


「そうなんだよ。僕もやっと帰ってきたばかりなのに、また戻されるなんて残念だ。しかも、この任期は三年にも及ぶことになっている」

「三年も…… 長いわ」シェリーはがっかりした。せっかく親しくなっているのに。


 ジェフも残念そうに下を向いた。

「それにずいぶんとせかされているんだ。明日、もう出発するんだ」

 シェリーはさらに驚いた。


「明日なんて、そんな突然すぎる。どうしてなの」

「わからない。住居もすべて整えてあるから、すぐに出立するようにと命令された」

「なんてこと」シェリーはため息をついた。


 ジェフがシェリーの手を取って言った。

「それで、君にお別れを言いにきたんだ。また、当分のあいだ会えないからね」

「ジェフ、寂しくなる」シェリーは彼の目を見ながら言った。

「僕もだよ。シェリー」ジェフは悲しげに肩を落とした。


 ジェフが帰ってから、シェリーはがっかりして居間の長椅子に座りこんだ。










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