第5章 女当主 41

 シェリーはさっそく家の図書室に入って、ワインの製造に関する専門書を取り出して、読み始めた。

 翌日には、エディ・ベケットにこれからワイナリーに力を入れていくことを話した。 エディには、シェリーの補佐役として働いてもらわなくてはならない。


 シェリーとエディは精力的に動き始めた。


 アシュビー家の葡萄園を視察して、もっと作付け面積を増やせるかどうかを検討した。そして、ワイナリーに貯蔵されているワインの販売網を拡大すべく、ロルティサのワイン店に売り込みに行くことにした。


 シェリーは社交界へも頻繁ひんぱんに出入りするようになった。昼食会や小さなパーティー、貿易商たちの会合など積極的に参加した。これからの商売のために、顔を広め、必要な情報を収集するのが目的だ。


 シェリーの毎日は、こうして忙しいものとなっていった。彼女にとっては、いい効果をもたらした。

 レオナルドのことを考えなくてすむからだ。


 レオナルドと別れてから、悲しむ時間が存在しなかった。シェリーは意図的に多忙を極めるようにしていたのだ。

 やがて時間とともに、レオナルドとの思い出は風化するに違いない。シェリーはそう思って、心に封印をした。



 ある日、ベック家でティーパーティーが行われ、シェリーは出かけていった。


 十人ほどの若い女性が着飾って集まった。シェリーと同じような領主の娘がほとんだ。


 紅茶を飲みながら、焼きたてのお菓子を食べ、いろいろな話で盛り上がった。そうするうちに、カトラル伯爵のことが話題にのぼった。

 カトラル伯爵の結婚話だ。


「どうも婚約するらしいわよ」ベック家の令嬢のエレンが言った。

 シェリーは心臓が高鳴り、思わず顔をふせた。


「なんでも、相手はコルトハード大公の姫君なんですって」

 皆、一様に関心を示した。


「でも、カトラル伯爵って女癖が悪いって話よ」結婚したばかりのキャシーが言った。

「やっぱりね。奥方はたいへんよね」

「前の伯爵より、ずっとやり手だけど、女性にだらしないのは嫌よね」エレンが、あきれたように言った。


「ここだけの話だけど、けっこう大勢の女性を泣かしたみたい」キャシーが面白そうに言った。

「ひどいわね。どんなことを言って誘惑するのかしら」

「だけど、あの顔でささやかれたら楽しいかもね」

「そうね。一度くらいならのってもいいかも。遊ぶには最適な男よ」

 みんな大笑いをした。

「いやーね」


 彼女たちのさえずる声が、シェリーには、鳥のくちばしが突っつき合っているみたいに、鋭く聞こえた。


 シェリーのカップを持つ手が震えてきた。シェリーは気づかれないように、カップをテーブルにそっと置いた。

 そばに座っていたキャシーが、シェリーの耳元でささやいた。


「シェリー、噂なんだけど、あなたカトラル伯爵と付き合っていたの?」


 







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