第4章 伯爵家の別邸 38

 ディナーにはこった料理が出された。レオナルドは、シェリーの好みがわかっているのか、デザートには彼女の好きなリンゴのケーキが出てきた。

 このもてなしも、シェリーには重苦しく感じられた。


 窓からは、かすんだ月がささやかな光を放っているのが見えていた。


 シェリーは食事を終えると、部屋に用意されてあった羊の毛のショールをはおると、玄関から外に出た。

 ポーチに立つと、あたりは真っ暗だ。湖面が月に輝いているだけだ。屋敷から森に続く道が、なんとかうっすらと見える。

 すでに、かなり冷え込んできていて、シェリーは体を縮こませた。


 やがてレオナルドが馬に乗って、帰ってくるのがわかった。彼もひとり立っているシェリーに気がついた。

 彼は馬をつなぐと、ポーチの階段をきまり悪そうにのぼって来た。

 黒い厚手のコートを着ている。


 レオナルドはシェリーに声をかけた。

「どうして、ここにいるんだ。寒いだろうに」

「レオナルドこそ、こんな時間に風邪をひいてしまうわ」

 彼はちらりと目をやった。

「戦争に行っているときは、この時刻は行軍をしていた。なんともないよ。それにいつも野宿だ。敵を用心しながらね」

 シェリーはつい、目をうるませた。

「戦争ではつらい思いをしたのね」

「そうだ。遠い戦場であったことは、とても女子供には話せない。おかげで強くなれたがね」

 シェリーは笑みを浮かべた。

「いつも、そんな言い方をする。あなたは女を馬鹿にしている」


  レオナルドはおどけたように笑った。

「これは失礼、アシュビー嬢。あなたには怒られっぱなしだ。どうやったらあなたに気に入られるだろうか」

 シェリーは 急に真面目な顔になった。

「レオナルド、そんな夜、行軍をしながら、なにを考えていた……?」

 レオナルドの目が輝いた。

「知りたい?」

 シェリーはうなずいた。


「ロルティサのことを。いつ帰れるだろうかと…… そして君はどうしているだろうかと想っていた」

 シェリーは言葉が出てこなかった。

 二人は黙って見つめ合った。

 レオナルドはうつむきかげんに玄関の扉を開けると、屋敷に入っていった。

 シェリーは涙があふれた。

 愛しているのに、通じあうことのできない二人の想い。



 シェリーは夜、広いベッドに横たわった。

 ため息を何度もついた。寝返りを何度もうち、やがて眠りに誘われていった。


 夢を見た。レオナルドの夢だ。彼に優しく抱かれるのに、ほほ笑みかけると、すぐに消えてしまう。


 レオナルドはどこ?


 シェリーは目が覚めた。

 夜の闇だけがうつろに存在している。孤独の深い闇だ。彼女は恐怖を感じた。

(夢だ。彼はいない)


 ああ、おそらく、ここに住むようになったら、こんなふうに、レオナルドの不在を悲しむのだろう。彼はそのとき、伯爵邸で妻と過ごしているのだ。レオナルドが抱いているのは、妻のカトリーナだ。


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