第6話 アルス対クロキ1
何回も何回も転びながら一時間以上掛けて街に着いた。
やっとセレに着いたアルスはその場にへたり込んでしまう。
「あ~。超疲れた。でも、ナナを探さないとな」
酷使した身体に鞭を打ち無理やり立ち上がった後、
セレへ入るための手続きを行う。町民にナナの特徴を伝えて聞き込みをする。
だが、まともな結果は得られなかった。
「糞。あいつ、セレにいるんじゃないのかよ」
アルスは苛立ちを抑えられずに呟く。
「随分憤っているようだな」
一人の男が音もなく、アルスの後ろを取ってくる。
彼は慌てて後ろを振り向く。
するとそこには中肉中背に黒ぶち眼鏡を掛けた男が、
彼を面白がっている風の表情で立っていた。
「あんたは?」
「俺は情報屋のバンテロ・スナップさ」
「なら、亜麻色の髪に翡翠の瞳をした女の子を見かけなかったか?」
「それを教えるには金がいる」
「なら、いい」
「なんだよ。ケチケチするなよ」
「金があるなら払ってるよ。けど、全部金取られちゃってるんだよ」
「一文無しか。で、あんたはどこから来たんだ」
「俺はネス村の方から来たんだよ」
「あそこは馬車が必要な筈。馬車で行くために金を使い切ったってことかい?」
「ちげぇ。金は宿屋に泊っている時に盗まれたんだよ」
「じゃあ。走ってここまで来たのか」
「そうだよ。なんか変かよ」
「馬車で四時間掛かる所を走って来るって控えめにやばくないか?」
「教えて欲しいか? 超人的な健脚のコツを。
だが、それを教えるためにそっちの方を先に教えてくれないか」
と外連味たっぷりに言う。
パンテロが実態を知ったら発狂するかもしれないが、
彼の中での期待値を大きくして情報を引き出してやろうと考えたのだ。
「そういうことにしておいてやるか」
「俺は急いでいるんだよ。早くしろ」
「そうカリカリするなって」
「早く教えてくれ」
焦らされていることに腹が立ったアルスはバンテロを睨みつける。
「分かった。先に教えてやる」
「いいから早く言ってくれ」
「あんたの言っている子は西の果てのスラム街にいる」
「分かった。そこまで行けば会えるんだな」
「そう。その子を脅迫しているのはおそらくクロキ。現役の勇者だ」
「やっぱりか」
「そうだ」
「ああ」
「ほぅ。勇ましいな。かなり興奮もしているようだし、相当な因縁があるようや」
「ああ」
あいつは俺の人生最大の敵だ。そして今度はこの世界でも敵として立ちはだかってくる。俺はあいつに勝たなければならないのだ。
「勇者クロキは勇者の名声を使って裏でやりたい放題しとる。
だからあんたの拳でクロキを正してくれ」
「あいつらしいな」
「権力者と繋がって甘い汁を啜ったり、気に入らない奴は脅したり、消したり。
ありとあらゆる悪事をやっとる外道や」
「ぶっ飛ばして、セレに平和を取り戻してやるよ」
「そう言っていただけると嬉しいですわ。で、あんさんの名前は?」
「アルスだ」
「名字がないって奴か。まあ、ええ。クロキをぶっ飛ばしてくれ。
じゃなきゃ、この国はあいつ等に腐敗させられてしまう」
「分かった」
立ち去る時のパンテロの目は捨て石を見るかのような冷たいものであった。
アルスはそんな彼の視線を一切感じず、セレの中にあるスラム街に向かっていった。
スラム街はセレの外れにある。
王族や貴族等の執政者はスラム街の存在を隠蔽したいと考えているため、公式的には存在しない区画になっている。
そのため、不衛生で生活インフラは滅茶苦茶だ。
保護すら受けることの出来ない社会的弱者の姥捨て山というわけである。
アルスは周辺を常に警戒しながら進んでいく。
ぎらついた目をした住民達はよそ者に過敏に反応しているが、
襲ってくるようなことはしない。
その分モンスターより凶暴ではないかもしれない。
しばらく歩いていると、何かを取り巻いているように集まっている人を見かける。
アルスはここにクロキがいると確信する。慎重に様子を窺っていると、
「大平だよな。バレてるぞ」
クロキに出て来るように促されたアルスは渋々姿を晒した。
「たった一人か。俺も随分舐められたもんだ。なぁ?」
クロキはナナの首を腕で抱きながら言う。
「クロキ! ナナを解放しろ」
「アルス。なんでこんな所に来たんだよ」
「黒木。なんでお前はこんなことをするんだ」
「なんでだろうな」
クロキはその問いに対していびつな笑みを浮かべる。
「お前ってやつは……本当にむかつく野郎だ」
「アルス。僕のことなんて放って逃げろ」
「嫌だ」
「威勢がいいじゃねぇか。大平の癖に」
クロキはにやりと笑う。
飛び掛かるアルスを軽々とあしらい、
「お前。こいつと、ワンチャンあると思ってねぇよな?」
必死になっているアルスを小馬鹿にする。
「どういうことだ?」
「こいつは女に転生した大木だ。つまり、中身は男だってこそさ」
「そんな……それは本当なのか、ナナ」
「ああ、本当だよ。勇」
「それとだ。もう一つ面白いことを教えてやるよ。こいつはな」
「やっ、止めろ。それ以上言うなクロキ」
ナナは必死に止めるが、クロキは止まらない。
「こいつはトランスジェンダ―の糞ホモ野郎で、お前に一丁前に恋してたんだよ。
受けるだろ?」
クロキは心底からナナを馬鹿にしているような口調で言う。
「面白くねぇよ」
「残念な感性だ。俺は最高傑作だと思うんだけどな」
「人の好きって感情を笑ってるてめぇのセンスが糞だって言ってるんだよ、黒木」
「どんなものでも差別しないヒーローってか。滑稽だな」
クロキは取り巻きにナナを押し付けた後、じりじりとアルスに近寄ってくる。
「武器すら持ってないとは。馬鹿だな。てめぇは」
「お前をぶん殴るのにはこれで十分だ」
クロキはひゅーっと冷やかすように口笛を吹いた後、
「お姫様、王子様に思われる気持ちはどうだよ」
とナナに向かって問う。
「勇。もう帰れ。僕は大丈夫だから。早く」
「おいおい。そこは助けて、じゃねぇのか? お前は俺が大平を殺すことの協力をすべきなんじゃないのか? なぁ?」
クロキは反抗的な態度を取るナナに腹を立てている様子だ。
「勝を放せよ、クロキ。俺とお前の勝負なんだからよ」
「かっこつけたこと後悔するんじゃねぇぞ。大平」
「上等だ。
俺がお前をぶっ飛ばして二度と阿保みたいな考えを出来なくしてやるよ」
二人の間で鋭い視線がぶつかり、火花が散った。
お互い構えた後、睨み合ったのであった。
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