第64話

そう言いながらも、レントの目は泳いでいる。



なにかを隠しているのがバレバレだ。



「たとえば、ユウコと付き合いながら少し心が動いたりとか?」



梓は質問の内容を少しだけソフトな言い方に置き換えた。



「いや、付き合う前だったけど、ちょっと妙なことになったことならあるんだ」



レントの言葉に梓と玲子は目を見かわせた。



「妙なこと?」



「あぁ。俺、別にその子のことは好きじゃなかったんだけど、すごいアプローチされたんだ」



「それって、誰? 新聞には乗せないから、教えて?」



「聞きたがりだなぁ」



玲子がグイグイ質問してくるので、レントは苦笑いを浮かべている。



でも、もう少しでなにか見えてきそうなのだ。



ここで引くわけにはいなかった。



「でも、その子は亡くなったんだよ」



レントが真面目な表情に戻って言った。



「それってもしかして……」



梓はそこまで言って口をつぐんだ。



レントの口から聞くべきことだった。



「そう。マミちゃんだよ」



マミちゃん……。



やっぱりそうだった。



でも、レントはユウコと付き合う前だと言った。



ユウコは彼氏を取られたと言っていたけれど、どちらが本当のことを言っているのかわからない。



「でもマミちゃんのことは本当に一瞬だけだった。なにせあの子、ほとんど学校に来てなかっただろ?」



レントが急に早口になった。



まるで誰かへ向けて言い訳をしているように感じられた。



「その時、ユウコとは付き合ってなかったんだよね?」



玲子の質問に「当たり前だろ!」と、レントは顔を赤くして怒鳴った。



「ユウコと仲良くしてたのに、マミちゃんがどんどん話かけてきてそれでユウコに勘違いをされたことならあるけど」



レントはそう言って深いため息を吐きだした。



まるで迷惑をしていたと言わんばかりの態度だ。



「なぁ、もういいか? 休憩時間がなくなる」



不意にスマホで時間を確認して、レントは2人からの返事も待たずに教室を出て行ってしまったのだった。


☆☆☆


ユウコの話とレントの話は食い違っている。



マミちゃんがレントに好意を抱いていたとしても、そのタイミングによっては全く話が違うものになってしまう。



「もう1度、マミちゃんに会いに行こう」



放課後になるのを待って、玲子は梓に声をかけた。



もちろん梓もそのつもりだった。



真相を明らかにしてあげないと、マミちゃんはB組から離れることができない。



マミちゃんが悪霊化するところなんか見たくなかった。



梓と玲子、それに厚彦の3人はB組の教室へと向かった。



昨日と違って今日はもう誰の姿もない。



堂々とB組に入っていくと、昨日よりもさらに重苦しい空気が充満していた。



「なんか、呼吸が苦しい」



玲子が青ざめて呟く。



「大丈夫? 無理ならやめとく?」



梓の言葉に玲子は左右に首を振って「大丈夫」だと答えた。



梓は真先にマミちゃんの机に近づいて、花瓶を逆さまにした。



昨日掃除をしておいたのに、今日もまた残酷な言葉が書かれた紙きれが何枚も出てきた。



筆跡も1人や2人のものではない。



マミちゃんの悪口を言っていた3人組だけでなく、B組の複数の生徒がマミちゃんへのイジメを行っていた可能性がある。



次いでマミちゃんの机の中を確認すると、ノートや教科書はすでに撤去された後だった。



梓はきつく唇をかみしめる。



マミちゃんの両親が持って帰ったのならば、学校側になんらかの説明を求めているはずだ。



でも生徒たちが隠ぺいしたのだとすれば……。



「梓」



名前を呼ばれてハッと我に返った。



厚彦が手招きをしている。



「なに?」



近づいて行くと手首をつかまれた。



「周りの人間がなにも答えてくれないなら、梓が見るしかない」



その言葉に梓はゴクリと唾を飲み込んだ。



マミちゃんに触れて、追体験をしろと言っているのだ。



梓は大きく深呼吸を2度した。



マミちゃんがどんな経験をして亡くなって行ったのか、自分ならそれを見ることができる。



マミちゃんを、ここから解放してあげることができるかもしれないんだ。



「わかった。見てみる」



梓は力強く頷いて、手を伸ばしたのだった。

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