第56話
「ちょっと、梓!」
大きな声で後ろから呼ばれて振り向くと、玲子が立っていた。
梓を追いかけてきたようで、息が切れている。
「どうしたの玲子」
「そこに厚彦くん、いる!?」
玲子の言葉に梓と厚彦は目を見かわせた。
「いるんだね。あのさ、思ったんだけど、マミの魂ってまだ病院とかにいるんじゃないのかな?」
早口に言う玲子に梓は目を見開いた。
厚彦も驚いた顔をしている。
「そりゃ、いるかもしれないけど、どうする気だ?」
「厚彦が、どうする気だって聞いてる」
「今から会いに行くんだよ!」
梓は更に驚いて玲子を見つめた。
玲子の表情は真剣そのものだ。
冗談を言っている様子ではない。
「だからお願い、梓と厚彦くんも一緒に来て! それで、あたしに通訳をして! お願い!!」
☆☆☆
友人にそこまで頭を下げられたら、断りたくても断れなくなる。
かくして梓と玲子、それに厚彦の3人はマミちゃんが入院していた中央病院へと向かっていた。
中央病院行きのバスの中はお年寄りで埋まっていて、梓と玲子は吊革につかまって立っている。
厚彦は堂々と運転手の膝に座り、運転手気分を満喫していた。
バスが病院前に到着すると同時に玲子は立ち上がり、料金を支払う時間さえ惜しい
という雰囲気で下車した。
そのまま院内へ足を進めると、病院特有の消毒液の匂いがした。
学校の保健室を思い出す。
「マミちゃんがいたら教えてよ?」
「わかってる」
玲子の言葉に梓は大きく頷いたのだった。
☆☆☆
玲子が最初に行ったのは地下の霊安室だった。
もしかしたらまた遺体があるんじゃないかと期待していたが、ここにはもうマミちゃんの体も、魂もいないようだった。
次にマミちゃんがずっと入院していた内科病棟へと向かった。
マミちゃんの病気の詳細は梓は知らない。
けれど、長い間闘病を続けてきたのだということだけは知っている。
「どう? なにか見える?」
梓が厚彦へ向けて聞いた。
「いや、いないみたいだ」
厚彦も真剣にマミちゃんのことを探してくれているが、今のところ見つかる気配はないようだ。
それから玲子は院内の売店や屋上など、マミちゃんが日常的に行っていそうな場所へ足を運んだ。
しかし、そのどれもにマミちゃんの姿はなかった。
「いないか……」
玲子は肩を落として病院を出た。
「もしかしたら、家にいるのかもしれないよ?」
玲子を元気づけようと梓は言った。
マミちゃんの葬儀はまだ終わっていないから、きっとこの世のどこかにはいるはずだった。
もしも自分の体の近くにいるとすれば、実家か葬儀場のどちらかだ。
「そうだね……」
「行ってみる?」
その問いかけに玲子は横に首を振った。
「今行っても、きっと迷惑になるから」
マミちゃんが亡くなったばかりで、家の人が消沈していることはわかり切ったことだった。
「ありがとう2人とも。学校に戻ろう」
玲子は悲しげな表情でそう言ったのだった。
☆☆☆
学校へ戻ってからも玲子は沈んだ顔をしていた。
といっても今日沈み込んでいるのは玲子だけじゃない。
偶然隣りのクラスを除いたとき、キウラスメートたちはマミちゃんの机を囲んで泣いていた。
その様子は痛いたしくて、梓は直視できないくらいだった。
学校全体が暗い雰囲気に包まれ、重たい鉛を飲み込んでしまったような感じがしていた。
「今日は厚彦まで大人しいね」
休憩時間、ひと気のない廊下で梓は話しかけた。
いつもはおちゃらけている厚彦が、今日は静かに授業を聞いているのだ。
「え、あぁ……」
厚彦は梓の声に曖昧な返事をする。
まるで梓の声がほとんど聞こえていないかのような態度。
「考え事でもしてるの?」
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