第86話 エルバルクの屋敷

 大きな門を押し退け、私は一気に屋敷の敷地内まで駆け込んだ。


 庭園の方には誰もいない。


 痕跡は屋敷の中へと続いている。


 私はそのまま正面玄関の扉を開いた。


 赤フードを被ったまま、正面から自分の家に入るという経験はあまりないので新鮮だ。


 屋敷の中は魔法鎧兵たちとは別で、使用人たちが避難した痕跡もある。


 だが、お父様と思われる足跡は見当たらなかった。


 元々、お父様は何か有事が起きても、逃げるようなタイプではない。


 昔から色々な貴族の影の闘争に巻き込まれながらも、大貴族エルバルクの当主として、家を守り続けた人だ。


 大方、敵がベルドロール家だという情報をつかみ、真っ向から相手をするつもりだろう。


 お父様は若い頃に異国の武術を学んでおり、通常の賊程度なら心配はない。


 だが、今回は特殊な魔法鎧兵が相手だ。


 すぐにでも助けにいかなければ。


 私は階段を駆け上がり、屋敷の中枢、お父様の私室まで急ぐ。


 特に外部に対して、屋敷の構造を隠しているわけでもないので、魔法鎧兵の足跡も一直線で向かっていた。


 お父様の私室の前に辿り着くと、両開きのドアが開きっぱなしになっていた。


「お父様っ!!」


 私が急いで室内に踏み込むと、お父様は三人の魔法鎧兵に囲まれ、部屋の端に追い詰められていた。


「エルバルクの打倒はベルドロール家の悲願の一つ! 大人しく殺されてもらおう!!」


「たった三人でここに踏み込んでくるとは、私も舐められたものだな」


 魔法鎧兵にそう言い返したのは、エルバルク家当主、セイリス・エルバルクーー私のお父様である。


 お父様は素手だったが、まるで刃物でも持っているかのような鋭く強力な拳の突きを繰り出した。


 鎧とぶつかり、甲高い音が響く。


 スキルとは関係ない、肉体機能を極限まで効率化させ、攻撃力を高める異国の武術。


 ただの鎧だったら、間違いなく穴が空いていただろう。


 だが、魔法鎧には傷一つついた様子はなかった。


 城下町の兵たちが着ていた魔法鎧よりも、より高度な強化魔法がかけられているようだ。


 エルバルクの屋敷には、さすがに精鋭を送り込んだというところだろう。


「はぁ……」


 お父様は傷のない魔法鎧を見てため息をつく。


「また厄介なものを作ったようだな。ベルドロールは。昔からバルゴのやつはそうだった」


 そして、


「ここで因縁に決着をつける。かかってこい、ベルドロールの私兵ども」


 お父様の表情が真剣なものに変わった。

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