第8章 『ロープウェイが破壊される』   全25話。その16。

          16. ロープウェイが破壊される



「た、大変だ。ゴンドラが、ロープウェイの機械が壊れて起動しないらしいぞ!」


 一月二十六日。


 時刻は午前、八時五分。


 外の廊下の方から部屋のドア越しに誰かが慌ただしく走り、頻りに騒ぐ声が聞こえて来る。

 うるさいなぁ~と思いながらも勘太郎は眠たい眼を擦りながら布団をどかすと、昨晩の事を思い返す。


 羊野が自分に割り当てられた部屋に戻ってから約十分後、身支度を整えた如月栄子が三階の食堂に姿を現す。

 後ろで束ねられた綺麗な黒髪を揺らしながら和やかに現れた如月栄子は羊野瞑子が同席していない事を勘太郎に聞いてきたが、羊野は体調不良で急遽部屋に戻ったと告げると食堂の周りを見渡しながら勘太郎と向かい合うようにテーブルを挟んだ椅子へと座る。

 そんな如月栄子が何か不安を感じたのか、思わず回りを見渡すのも無理は無い。何故ならこの三階の食堂には今現在、人は勘太郎以外誰もいないからだ。


 勘太郎は如月栄子が事前にドリンクバーの自販機から持ってきたコーヒー入りのマグカップをテーブルに置くのを確認すると、ロープウェイで麓に降りた時の状況と出来事を事細かく話して聞かせる。


 街へ続く道路が土砂崩れで寸断され閉じ込められた事や。その後突然現れた闇喰い狐や白面の鬼女といった殺人鬼と対峙をした事や。登山サークルの大学三年生の陣内朋樹が何者かに公衆トイレの個室で殺されていた事などを全て話して聞かせる。


 勘太郎の口から語られる陣内朋樹の死に如月栄子はかなりの強いショックを受けたようだったが、最後までめげる事無く静かに話を聞いてくれたようだ。


 その聞き入るような真剣な姿勢にまだまだいけると思った勘太郎はついでに羊野瞑子がリクエストをしていた(妹の)如月妖子が生前生きていた時の軌跡を小学校・中学校・高等学校・そして大学での話や家庭で過ごした思い出の出来事などを質問方式で聞いていく。


 だが姉の如月栄子自身が妹の学校生活の中身を知っている訳がないので、生前に聞いた限りの話や実家で共に生活をしていた時の出来事などを重点的に話してくれた。

 如月妖子が高校生の頃近くのレストランでアルバイトをしていた時の話や、大学に入学した直ぐ後に入った登山サークル内での活動の話や、二年前から飼い始めた室内犬のトイプードルの話とかを深夜の十二時が過ぎるまで勘太郎は長々と昔話のような話を聞かされる羽目になる。


 思い出話を語った事でその思いに火が付いたのか行き成り饒舌に妹の如月妖子が関わる話を語り出した如月栄子に勘太郎は内心『しまった。この話はいつ終わるんだ!』と思ったが、食堂にわざわざ呼び出して自分から話を聞いた手前、話を中断する事もできずに、如月栄子の中々終わらない話に最後まで付き合う事になる。


 更に1時間後、心身共に疲弊しきっていた勘太郎は気力だけでこの局面を乗り切り、眠気のためか時々意識が飛びそうになりながらも無事に話を聞き終える事が出来たのだが、そこは勘太郎の今の状態に気付いた如月栄子が人知れず気を遣い上手く話を終わらせた事は言うまでも無い。


 そんな如月栄子の気遣いもあり、勘太郎はどうにか深夜の一時くらいに話を終え、無事に解散する事に成功したのだ。そして今に至る。



 昨夜の事もあり、朝のゴタゴタで無理矢理に起こされた勘太郎は少し機嫌が悪かったが、「うるさいなぁ~、何事だ」と独り言を言いながら、また布団にうずくまり二度寝の態勢を取る。

 そんな二度寝などは絶対にさせないとばかりに呼び出しのブザーを何回も連続して鳴らして来たのは勘太郎の部屋を訪れた羊野瞑子である。


 ピッンボン……ピッンボン……ピッンボン……ピッンボン……ピッンボン!


 羊野はドアの横に設置してあるプッシュホン機能のブザーを押しながら中で寝ている勘太郎を呼び続ける。


(くそ、うるさいな。これじゃ落ち着いて二度寝ができないじゃないか。この嫌がらせのような鳴らしかたは絶対に羊野の奴だな。昨夜は俺を見捨てて一早く部屋に戻った癖に、俺の二度目を邪魔するんじゃねえよ。ちくしょう、こうなったら少し文句を言ってやるぜ!)


 そう憤慨した勘太郎は毛布を頭から被りながらもぞもぞと起き出すと、部屋のドアの横に設置してあるプッシュホン機能の受話器を静かに取る。


 ガチャリ!


「はい……もしもし……どちらさんですか……」


「黒鉄さん、いつまで寝ているんですか。もう朝の八時は過ぎていますよ。いい加減に起きて下さい。また新たな事件が起きていますよ!」


「新たな事件だか何だか知らないが、昨夜は夜遅くまで如月栄子さんと話をしていたし、体の節々も痛いし、当然体の疲れもまだ完全に取れてはいないから、今日は後三十分だけ寝かせてくれよ。頼むからさ……」


「え、ちょっと何を言っているのか全然分からないんですけど……いいから早く起きて下さい。今物凄く楽しい……じゃなかった……物凄く深刻な事態になってしまって、皆さんが慌てふためいている真っ最中なんですから、早く起きてください!」


「皆が慌てふためいているだって。一体何が起きていると言うんだ?」


「ロープウェイを動かしている機械が破壊されたみたいなんですよ。どうやら私達が寝ている深夜の内に誰かがロープウェイ乗り場に出向いてロープウェイの機械が起動しないように入念に破壊したようです。これで私達は誰一人としてこの山の頂上から逃げられなくなりました。つまり私達は本当の意味で、白面の鬼女が自由に動ける狩りのフィールドの中に閉じ込められてしまったと言う事です。これで向こうもようやく本気になったと言った所でしょうか。これは中々に面白い事になってきましたわね。フフフ……ッ!」


 昨夜の内にロープウェイが壊された事を聞いた勘太郎は余りの驚きのせいか眠気と寒気が一気に吹き飛び、目を見開きながら勢いよく部屋のドアを開ける。



「な、なんだって。ロープウェイが壊されて動かないだってぇぇ。天気は……空の天気はどうなったんだよ!」


「昨夜のラジオ放送での天気予報ではもう二~三日は猛吹雪になると言っていましたが、天気予報が外れたせいで今日は朝からすこぶるいい天気です。ですがこんないい天気にも関わらずやはり救助隊のヘリコプターは一向にその姿を現さない用ですわね。やはりこの生き残りを賭けた狂人ゲームが終わるまで救助はできないと言う事でしょうか。フフフフ、まさにこれは前途多難ですわね」


「そうか、天気予報は大幅に外れ、山の天気はもうすっかり晴れ渡っているというのに、救助ヘリは飛んでもいないか。本当に俺達はあの白面の鬼女の正体を突き止めるまで、この山からは下山はおろか脱出もできないんだな。本当に困ったものだぜ!」


 勘太郎は羊野を部屋の中に入れると薄暗い部屋の中を閉ざしていたカーテンを勢いよく開ける。その瞬間外からの日の光が部屋の中を瞬時に照らし、外の雪景色が快晴であることを思い知らされる。


「くそ、眩しいな。物凄くいい天気じゃないか。でも深夜にあれだけ雪が降っていたら、深夜の内にロープウェイを破壊しに行った犯人の足跡は当然期待はできないと言う事か」


「ええ、つい先ほど登山サークルの部員の飯島有さんがやっぱり下へ降りると言い出してロープウェイ乗り場に向かったそうですが、雪道を歩く際には雪は新雪で足跡は一つも無かったそうでしたから……深夜にロープウェイを破壊した犯人は雪が止む前にロープウェイ乗り場に出向いて破壊をし……そしてそのまま誰にも見つかる事無く山荘ホテルに帰って来たと言う事になりますね」


「雪が止んだのは何時だ?」


「恐らくは午前の四時くらいでしょうか」


「朝の四時か……今から四時間前に雪が止んだと言う事か。ならそのロープウェイを破壊したという犯人は当然四時になる前に、昨夜の内にロープウェイ乗り場に行って帰って来ないといけないと言う事になるな。なら犯人が出歩いた時間はかなり絞られるんじゃないのか」


「ええ、確かにそうですわね。昨夜は登山サークルの部員達も、途中から現れた江田俊一さん・宮鍋功さん・島田リリコさんの三人の来客達も二十二時以降は皆部屋でおとなしくしていたみたいですからね」


「つまり、ここにる人達には皆昨夜のアリバイがないと言う事か」


「ええ、そう言う事になりますね。そしてそれは昨夜に黒鉄さんと一緒にいた如月栄子さんも例外ではないと言う事です」


「如月栄子さんもか。でも彼女とは深夜の一時まで三階の食堂で話をしていたのだがな」


「確かに黒鉄さんと如月栄子さんには深夜の一時まで三階の食堂にいたというアリバイがありますが、解散したのが深夜の一時なら、残りの三時間を使ってその後にロープウェイ乗り場に向かったとも考えられますわ」


「つまり、如月栄子さんもその気になったら一時から四時までの間にホテルを出てロープウェイ乗り場に行く事は十分に可能と言う事か」


「はい、可能です。なので皆さんに登山サークルの一ノ瀬九郎さん・二井枝玄さん・佐面真子さん・田口友子さん・そして途中から来た来客の江田俊一さん・宮鍋功さん・島田リリコさんの三人……そして如月栄子さんを入れた八人の中に白面の鬼女が必ずいると思っていたのですが、なんだかまた一つ謎が増えてしまいました」


「なんだよ、その謎とは?」


「まず結論から言います。昨夜は誰一人としてこの山荘ホテルの玄関から外へは出てはいません。それは私が保証しますわ」


「この山荘ホテルから誰も人は出てはいないだって、なら一体誰があのロープウェイ乗り場にあるロープウェイの機械を壊したと言うんだよ? まさか本当に白面の鬼女の正体は外にいる部外者だとでも言うのか」


「それはまだ私にも分かりません。ただそう断言するにはそれなりの訳があるのですよ」


「ならその訳と言うのを聞かせて貰おうか」


 羊野は手に持つ白い羊のマスクを被ると溜息交じりに落ち着きを払いながら話し出す。


「実は大石学部長・斉藤健吾・田代まさや・一ノ瀬九郎・二井枝玄・そして私を入れた六人で、交代で一階玄関の前にあるカウンターで見張りをしていたんですよ。二十四時から見張りに参加をしてくれている他の皆さんはカウンターの後ろにある小部屋で雑魚寝をしていたのですが、その間に一時間に一回というペースで山荘ホテル内の見回りもしていましたから、そのランダムな見張りに白面の鬼女は部屋から出るに出られなかったはずです。そのはずだったのですが……」


「なぜか昨晩の内にロープウェイ乗り場にあるロープウェイの機械が何者かの手によって壊されていたと言う事か。確かに不可思議な話だよな。もしも白面の鬼女がこの山荘ホテル内にいる誰かだというのなら移動の際は必ずその雪道には嫌でも足跡を残す事になる。だがその雪に足跡が一切なかったと言う事は、雪が止んだ4時以降ではなく、雪が激しく降っていた夜の二十二時から深夜の四時の間にロープウェイの機械を破壊してそのまま山荘ホテルに戻ったと言う事になる」


「昨日の昨夜に黒鉄さんが麓から帰ってきたのが夜の二十二時でしたから、そこから今日の四時までの間にアリバイがない人がもっとも怪しいと言う事になるのでしょうか」


「まあ、そうなるよな。当たり前だがな」


「なら普通に考えて、一階に部屋がある如月栄子さんとその隣に部屋がある江田俊一さんは犯人ではないと言う事になりますわね」


「ほう……なぜそう思うんだ?」


「だって、私達六人は二十四時から一階の表玄関のある受付カウンターにいたんですよ。そこからは渡り廊下が一直線に見えるんですからもし部屋を出たのなら嫌でも目に付きます」


「つまり外に出るにしても一階の廊下にでないと表裏共に玄関からは絶対に出れないと言う事だな」


「はい、しかもその表玄関前の受付カウンターには私達六人がいましたから誰も外に出ていないことは確認済みですわ」


「お前……早く部屋に戻ったかと思ったら登山サークルの男性ぜいを集めて、そんな自警団的な事をやっていたのか。全く知らなかったぜ!」


「後考えられる可能性は、部屋の窓から出たり、二階の部屋ならロープを降ろして外へと出たとも考えられますが、だとしても外灯があるロープウェイ乗り場に続く道を通らないと行けませんから、必ず私達の誰かに気付かれるのは避けられないはずです」


「そうだよな。それによしんば行きは上手く人の目を避けてロープウェイ乗り場まで来れたとしても、帰りも見つかること無く部屋に戻る事はできないよな。どうやら羊野の話では外にも注意を払っていたらしいからな。となると最後の可能性は二十二時から二十四時の間に誰かが山荘ホテルを抜け出してロープウェイ乗り場に行って帰って来たと言う事になるのだが、その間のアリバイは一ノ瀬九郎・二井枝玄・佐面真子・田口友子・江田俊一・宮鍋功・島田リリコの七人にはあるのか?」


「アリバイですか……江田俊一さんは昨夜の二十二時から朝の七時まで一切その姿を見せてはいませんでしたが、三階の食堂で勝手に朝ご飯を作って食べて、七時三十分にまた部屋に閉じこもってしまいましたよ。なんでもまだ出版社に送る書き物があるのだそうです」


「そうか、山岳に関わる雑誌に毎月書くコラムでも持っているのかな」


「それと現在疑われている登山サークルの一ノ瀬九郎・二井枝玄・佐面真子・田口友子の四人ですが、彼らには確実なアリバイがありました。なのでいずれもロープウェイを破壊した犯人ではないと思われます。それにその四人が犯人だったとして、その四人の部屋は皆いずれも二階にありますから、二階の窓から出入りをしない限りは外にあるロープウェイ乗り場に行くことは当然出来ない物と思われます」


「て言うか二階の部屋の窓からロープで出入りするのは面倒くさいし……手間も掛かるし……何より現実的ではないよな。なら二十二時から二十四時の間に表玄関から外に出てロープウェイ乗り場に行ったのかな。その時間帯ならまだ誰も受付カウンターには人がいなかったからな。出入りは自由だろ!」


「先ほども言ったようにその四人には歴としたアリバイがあります。二十三時から二十四時の間は登山サークルの男達の方は皆が自警団をする順番を決めるために二十四時まで大石学部長の部屋で話し合いをしていたみたいですし。一方女性陣の方では、恐怖で不安がる飯島有さんに寄り添うようにしながら佐面真子さんと田口友子さんが二十四時まで飯島有さんの部屋にいたみたいですよ」


「つまり、皆にはそれなりにアリバイがあると言う事か」


「はい、そう言う事になりますね。登山サークルの男性勢は皆二十四時から朝方の七時まで見張りと見回りに駆り出され。女性陣の佐面真子さんと田口友子さんは一緒に二人で部屋にいたと言っていましたから、一応はアリバイがあるという事になりますね」


「なら最後にあの男女の関係の宮鍋功と島田リリコのカップルはどうなんだ。あの二人にはアリバイはあるのか?」


「アリバイですか、一応あるにはあるんですが……二人は昨夜中、島田リリコさんの部屋にいたみたいですから、一応は二人でいたと言う事になりますね」


「でも二人はカップルだからな、もしも二人が共犯ならそのアリバイは意味をなさない事になるのだがな」


「あの円卓の星座の狂人の白面の鬼女が、仲間を……共犯者を作るとはどうしても思えないのですが」


「お前は相変わらず一人の犯行だと言いたいんだな。だがまあいずれにしてもだ。この中に白面の鬼女がいるとしたならだ、必ず誰かが嘘を言っていると言う事になる。そいつを見つけないとこの話は進まないと言う事だな」


「まあ平たく言えばつまりはそう言うことですわ」


「くそ、今のところはみんなそれなりに怪しそうにも見えるし……だがだからと言って明確な犯人に繋がる証拠も見つける事ができない。向こうは正体を隠しながらいつでも俺達を襲えると言うのに。一体奴の不可思議な移動トリックやそのアリバイはどうやったら崩せるんだよ。色々とあり過ぎていい加減、頭がこんがらかって来たぜ。このていたらくじゃ何れはあの白面の鬼女の術中にはまって皆が狩られてしまうよ。これから一体どうしたらいいんだ!」


 言いしれぬ見えない恐怖に震えながら弱音を吐く勘太郎とは対照的に、羊野瞑子は邪悪に微笑みながら羊のマスク越しに言う。


「ホホホホホホッ、黒鉄さん何を言ってるんですか。狂人・白面の鬼女が私達を狩るのではなく。私と黒鉄さんが白面の鬼女を狩りに行くのですから、そこを間違えないでください。昨日黒鉄さんをボコボコにしてくれた仮は私が代わりに晴らして差し上げますわ!」


「それは頼もしいな。なら俺達も身支度と万全の準備を整え次第、直ぐにロープウェイ乗り場に向かうぞ!」


 そう言いながら勘太郎は持参していた大きなリュックサックの中をゴソゴソと探ると、一番奥にある下から小型のアタッシュケースを取り出す。


「フフフフ、やはりここぞと言う時はこいつの力を借りないといけないようだな」


「黄木田店長が持たせてくれたのですか」


「ああ、北海道の大雪山周辺に巣くう正体不明の鬼女が相手だと言ったらこのアタッシュケースを持たせてくれたんだよ。ここぞと言う時は遠慮無く使えと言ってくれてな。となれば当然その中身は例の物だろう」


「例の物……つまりはその小型のアタッシュケースの中身は黒鉄の拳銃と言う事ですか」


「このずっしりとした鉄の重さはまず間違いはないだろう。こいつは俺の危機を何度も救ってくれた黒鉄の探偵が持つ唯一の武器、黒鉄の拳銃だ。前もって黒鉄の拳銃を持って行くと黄木田店長には言っていたからな。気を利かせて準備をしてくれたんだろうぜ!」


「そうですか。なら早く開けて中身を見せてくださいな」


「ああ、いいぜ。今開けるからな」


 期待に胸を膨らませながら思い切って小型のアタッシュケースを開ける勘太郎だったが、その中にあったのはデザートイーグルに似せて作られ魔改造された電動モデルガン(通称・黒鉄の拳銃)ではなく、如何にも重量感があり鉄で出来た重そうな二十センチくらいの短い棒状の物が目に入る。


 期待に満ちていた勘太郎の顔が一気に不安と絶望へと変わる。


「な、中身は黒鉄の拳銃じゃないぞ。おいおい、マジかよ。一体なんだよ、これは?」


「恐らくは護身用に使う折りたたみ式の警棒か何かじゃないんですか。警備員や警察官達が持っているあの武器ですよ」


「ああ、折りたたみ式の警棒ね。まさか今回は強化ゴム弾を撃ち出す黒鉄の拳銃ではなく、この警棒で白面の鬼女と接近戦で戦えと言うのかよ。確かに火薬を使った飛び道具ではないし、狂人ゲームで使用するにしてもルール違反にはならないんだが……この直接的な接近戦の武器で白面の鬼女に勝てるとはどうしても思えないんだが」


「確かにこのままその警棒で挑んでもあの白面の鬼女には到底通じませんわね。何か黒鉄さんなりの工夫で敵の意表を突かないと勝ち目はありませんわよ」


「白面の鬼女の意表を突くか……」


 そう言いながら勘太郎は小型のアタッシュケースの中からずっしりと重い鉄の警棒を手に取ると、棒の先端に付いてあるスイッチを押す。その瞬間警棒の先端が伸び、その形状は五十センチほどの長さの警棒へと変わる。


 シャキン!


「このずっしりとした重みはなかなかにいいじゃないか。最初は不安でしかなかったが、これはこれでいいのかもしれないな。接近戦では白面の鬼女が持つ鎖鎌の刃くらいは受け止める事ができるかもしれないし、もしもまぐれで奴の体の何処かにでも当たったら悶絶くらいはさせられるかも知れない」


「まあ、当たればですけどね」


 鉄で出来た警棒を後ろの腰ベルトに挟んだ勘太郎は軽く身支度を整えると羊野と共に、何者かに破壊されたというロープウェイ乗り場へと足を向ける。


          *


 山荘ホテルを出て吹き付ける風と外気の寒さに耐えながら歩くこと五分、ロープウェイ乗り場に着いた勘太郎と羊野は、数人の男女が入り乱れて何かの事で言い争いをしている所へと鉢合わせをする。

 その中心的な人物はどうやら登山サークル部員の大学四年生・飯島有のようだったが、勘太郎は飯島有と言い争っているもう片方の相手に一瞬己の目を疑う。


 飯島有が怒りをまくし立てている相手が、依頼人の如月栄子だったからだ。その回りにはその喧嘩を仲裁するような形で大石学部長・斉藤健吾・田代まさや・二井枝玄の四人がその場にいたがその迫力に皆たじろいでいるようだったので、勘太郎は急いでその興奮冷め有らぬ輪の中へと入っていく。


「飯島有さん、それに如月栄子さん。こんな所で言い争って、一体どうしたんですか?」


「あ、探偵さん。この人やっぱりあの殺人鬼と通じているわよ。きっとそうよ。だって可笑しいじゃない。昨日白面の鬼女がこの山荘ホテル内に侵入して来た時にこの女は妹が帰って来たと言い張って勝手に表玄関に出て行ったのよ。その後、のこのこと外に出た如月栄子さんの後頭部を白面の鬼女は叩き付けて彼女を気絶させたようだけど、それって変じゃない。なんで白面の鬼女は彼女を殺さなかったのかしら。もしかしたら如月栄子さんは白面の鬼女の仲間で、私達を襲わせる為に表玄関の鍵を開けに行ったんじゃないかしら。だから私達に犯人の仲間だと疑われないように技とあの殺人鬼に気絶させられたように見せかけたのよ。そうよ、きっとそうよ。この女は白面の鬼女の仲間に間違いは無いわ。きっと私達の今いる情報をその殺人鬼に流しているのよ!」


「なんで行き成りそんな事を言い出したのかは知らないけど、私があの殺人鬼の仲間なはずがないじゃない。あなた達を殺す理由も当然ないしね。それとも何か知っているのかしら? 今現在行方不明になっている……ウチの妹の妖子がいなくなった本当の訳を……」


「そ……そんなの……わ、私が知る訳がないじゃない。馬鹿じゃ無いの、妖子は勝手に失踪して行方不明になったのよ、ただそれだけよ!」


「ば、馬鹿、よせよ。妖子さんのお姉さんになんて事を言うんだ。飯島!」


「うるさい、うるさい、うるさあぁぁーい、このままじゃ私達は本当にあの白面の鬼女とか言う殺人鬼に殺されるわ。ロープウェイが破壊されて唯一の逃げ道も塞がれちゃったし、早く何とかしないと、あのいかれた殺人鬼が私達を殺しに来るわ。それにもしかしたらあの白面の鬼女は如月妖子かも知れない。でないとしつこく登山サークルの部員達だけを襲ったりはしないわ。きっとそうよ。妖子が……妖子が……山の中から蘇って……私達を殺しに来たんだわ。きっとそうよ、そうに違いないわ!」


「何を言っているんだ、妖子が来る訳が無いだろう。『彼女は死んだんだ。』馬鹿な事を言うなよ!」


 大石学部長は頻りに取り乱す飯島有を窘めるが唯一の逃げ道でもあるロープウェイを壊された事で彼女の不安から来る憤りは止まらないようだ。


 飯島有の切羽詰まった余裕の無い見えない恐怖が、彼女自身を更に追い込んでいるかのようだ。だからこそ飯島有は疑心暗鬼になっているのだろう。

 それほどまでにあの白面の鬼女は飯島有にとって今や恐怖の対象となっているようだ。


 しかし何故そうまでして飯島有は白面の鬼女を……いや、如月妖子を白面の鬼女だと思うのだろうか。それは分からないが裏を返せば彼女が持つ何らかの罪の意識や罪悪感がこの用な言動をさせているとも考えられる。そう考えるのなら納得も行くと言う物なのだが。


 二人の喧嘩の原因を確認した勘太郎は、飯島有と如月栄子の喧嘩の仲裁をする為、更に中へと割って入る。


「飯島さん、如月さん、とにかく喧嘩はやめて下さい。怖いのは分かりますが今ここで言い争っても意味が無いでしょ。それに如月栄子さんが白面の鬼女の仲間だという確たる証拠もないのですから、そんなに如月栄子さんを責めるのはどうかと思いますよ!」


「なぜこの女をかばうのよ。あの白面の鬼女が如月妖子なら、姉の如月栄子が協力しているに決まっているじゃない。きっと私達を皆殺しにするために私達をこの山に誘ったんだわ!」


「この山に誘ったって……仮にあの白面の鬼女の正体が妹の如月妖子さんだったとして、なんであなた方登山サークルの部員達が狙われないといけないんですか。なにかこの姉妹に狙われると思う……訳でもあるんですか?」


「そ、それは……」


 勘太郎の疑問につい口篭もる飯島有を見ていた斉藤健吾が怪訝な顔をしながら自分の考えを勘太郎に伝える。


「けどよ、飯島さんの言う事も分からなくはないぜ。理由は分からないが、あの白面の鬼女に狙われているのは皆ここにいる登山サークルの部員達だけだからな。それはわざわざ俺達の後を追って麓の下にまで現れた事がその証拠だぜ。三階の食堂にいた管理人の小林さんがなぜ真っ先に殺されたのかは正直謎だが、一年半前に自分の不注意からこの山でいなくなった如月妖子が登山サークルの部員として同行していた俺達を恨むのは流石にお門違いと言う物だぜ。後輩の陣内朋樹も殺されてしまった事だしよ、逆恨みも甚だしいし、これは流石にシャレにならないっしょ!」


「確かに、佐藤先輩の言うとおりですよ。あの白面の鬼女は必要以上に俺達を追いかけて雪崩で道を封鎖したり、ロープウェイを破壊したりして、俺達の逃げ道を悉く奪っている。これは明らかに俺達、登山サークルの部員達を精神的に追い込んで、誰一人として逃がさない為だ。そう考えるのなら俺達に密かに逆恨みを抱いている人物が最も怪しいと言う事になる。この山で行方不明となっている如月妖子さんに成りすまして白面の鬼女の姿を借りている人物が俺達をこの山荘ホテルに誘い込んだのだとしたら、全ての辻褄が合うんだよ。つまり、それが出来るのは如月妖子さんのお姉さんでもある如月栄子さんしかいないと言う事だ。なにせ俺達はその如月栄子さんの頼みで今ここにいる訳だからな!」


 まるで探偵にでもなったかのような田代まさやの言い分に、如月栄子は強いショックを受けたようだ。


「みなさん酷い、ひどいわ。私は殺人鬼の協力者なんかじゃ無いし、ましてや白面の鬼女なんかでもないわ。この冬の季節に一緒になって妖子を探してくれた皆さんに感謝こそすれ、そんなあなた達を殺そうだなんてするはずが無いじゃないですか!」


 下を向き、体を震わせながら涙を流す如月栄子の雫が地面へと落ちる。


「そこまでだ。これ以上如月栄子さんを犯人だと決めつけても何の解決にもならないだろ。如月栄子さんが白面の鬼女だという証拠はまだどこにも無いんだからな」


 続いて羊野がすかさず口を出す。


「それに私達探偵に言わせれば犯人は登山サークルの部員達の中に紛れ込んでいると言う可能性だって充分に考えられると思いますが」


「いや、それは流石にないだろう」


「なぜそう言い切れるのですか。現在行方不明の如月妖子さんに関係なく、他になにか別の理由で別の誰かに恨まれ襲われる事だって充分にあるんじゃないんですか」


「他に別の理由だと……白面の鬼女の事で頭が一杯で別の理由の事までは流石に考えてはいなかったな」


 如月栄子の弁護をする勘太郎に続いて羊野が好かさず話を続けるが、羊野が何気に口にした言葉に、大石学部長・飯島有・斉藤健吾・田代まさやの四人が、部員の一人でもある二井枝玄に疑いと疑惑の目を向けながら咄嗟に距離を取る。


(羊野ぉぉ~っ頼むから余計な事は言うな。余計にこいつら疑心暗鬼になって周りの人達を疑いだしたじゃ無いかあぁぁぁぁーっ!)と勘太郎は心の中で叫ぶ。


 そんな勘太郎の心配した通りに斉藤健吾と田代まさやの二人が他の登山サークルの部員達に疑いの目を向けながら話し出す。


「昨日、白面の鬼女がこの山荘ホテル内に現れた時にその場にいなかった佐面真子・田口友子・一ノ瀬九郎の三人……あいつらにも一様は要注意だな。あと二井枝……お前も怪しいしな」


「そんな……俺は白面の鬼女じゃないですよ」


「分かる物かよ!」


「ああ、そうだな。今この場で信じられるのは、あの時その場にいた俺達四人と二人の探偵さん達だけだ」


「もうこんな所には一秒もいたくはないし、早くこの山から出たいわ。吹雪も止んだし、他にこの山から下山する方法を早く見つけてよ。大石学部長……あなたが何とかしなさいよ!」


「飯島さん無茶を言わないで下さいよ。すぐに救助ヘリが来ますから。そうですよね。探偵さん!」


「そ、それは……」


 何やらゴダゴダと騒いでいる大石学部長・飯島有・斉藤健吾・田代まさやの四人に、勘太郎は昨日から考えていたある提案をする。


「皆さんここはどうでしょう。皆さんの不安を払拭する為にもここは一つ我々に任せてもらえないでしょうか。行方不明となった如月妖子さんの遺体探しが今回の仕事ではありましたが、事こうなってしまっては仕方がありません。このまま白面の鬼女の犯人探しも同時にしていきたいと思いますので、ですから皆さんも我々にご協力のほどをよろしくお願いします」


「ええ、あの白面の鬼女のいるこの山頂から無事に出ることが出来るんだったら俺達は何でもするぜ。なぁ~みんな!」


「そうだな。でも、具体的にはどうしたらいいんだ?」


 藁をも掴む思いで聞き返す斉藤健吾と田代まさやに勘太郎は単刀直入に言う。


「皆さん一人一人に事情聴取をさせて下さい。取り敢えず皆さんの話を、アリバイを聞かないことには始まりませんので」


「分かりました、探偵さんの言う通りにします。ホテルの中にいる他の部員達にも言っておきますからいつでも話を聞きに来て下さい」


 そう言うと大石学部長・斉藤健吾・田代まさや・そして二井枝玄の四人は早々と山荘ホテルの方へと歩き出し、その後を一人残された飯島有が「ちょっとあなた達、待ちなさいよ!」と言いながら慌ててついて行く。

 そんな彼らを作り笑顔で見送っていた勘太郎は、肩を落とししょんぼりとしている如月栄子を見ながら話しかける。


「大丈夫ですか、如月さん」


 勘太郎が手を差し伸べようとすると如月栄子は首を横に力無く振りながらその気遣いを遠慮する。


「黒鉄さんも本当は私のことを犯人かも知れないと疑っているのでしょうか。私が勝手な復讐心を抱いて彼らをこの山頂のホテルへと集めて、白面の鬼女の名を語り、殺人を行っていると、思っているのでしょうか」


「それは、その~別にそういう訳では……」


 どう応えていいのか分からず、勘太郎がちどろもどろとしていると、不気味な白い羊のマスクの赤い眼光を如月栄子に向けながら羊野が代わりに話し出す。


「大石学部長さんが言う用に、この白面の鬼女はどうやら登山サークルの部員達を中心に襲っているのは確かな用ですわね。その証拠に下に降りた彼らをわざわざ追いかけて奇襲をかけ。その後はまたロープウェイで上に戻った登山サークルの部員達を追って同じく山頂に上がり、ご丁寧にも翌朝には下に降りられ無いようにロープウェイの機械を破壊しています。でももし如月栄子さんがロープウェイの機械を破壊した犯人なら、黒鉄さんが山荘ホテルに帰って来た二十二時から如月さんが三階の食堂に姿を現した二十二時三十分までの間に、外にあるロープウェイ乗り場に行き、機械を破壊し、誰にも見つかること無く帰ってこなけねばなりません。その間僅か三十分でです」


「なるほど、後は二十二時三十分から~深夜の一時までは俺と如月栄子さんは三階の食堂で話をしていたし、一時から一階にある自分の部屋に戻ってからは、自警団と化した羊野を含めた登山サークルの男性達が表玄関に居座って順番に見回っていたから朝まで部屋からは出れないと言う訳か。なら如月栄子さんのアリバイは完璧じゃないか」


「ええ、完璧ですわね。面白いくらいに……黒鉄さんが下に降りていた時も如月栄子さんは確かに部屋にいてその声をプッシュホン機能越しに聞かせてくれましたから、こちらもアリバイが出来上がっています」


 その意味深な羊野の言葉に如月栄子は羊野をにらみつけながら神妙に言う。


「一体なにが言いたいのですか……羊の女探偵さん。まさかあなたもこの私を疑っているのですか。私には歴としたアリバイがあると、あなたが今そう言ってくれたじゃないですか!」


「そうですわね。確かにあなたの部屋のドアの前であなたの声は聞きました。でも肝心のあなたの姿は全く見てはいませんがね。それに犯人はもしかしたら私達がまだ知り得ない方法で山荘ホテル内からロープウェイ乗り場まで移動をしたのかも知れませんよ」


「フフフフ、面白い事を考える羊の女探偵さんですわね。そんな事が本当に出来たのなら凄いでしょうね。もう恐怖を通りこしてその犯人さんにミステリー賞を贈りたい気持ちですよ」


「まあまあ羊野も如月栄子さんも落ち着いて……」


 二人の言い知れぬ迫力に勘太郎がどうした物かとしどろもどろしていると、如月栄子が後ろの柱の下に置いてあるスケッチブックと筆記用具の入ったカバンを持ち上げる。


「黒鉄の探偵さん、私ちょっと今は一人になりたいので、気分転換に山荘ホテルの裏側の方でスケッチをしていてもいいですか」


「スケッチって如月さんは絵をお描きになられるんですか?」


「はい、あくまでも趣味程度ですけどね。山の背景の絵を描いていると何だか心が落ち着くんですよ。まあ、絵の方は下手ですけどね」


 如月栄子は恥ずかしそうにはにかみながら手に持つスケッチブックと筆記用具が入っているカバンを抱き抱える。だがそんな如月栄子に勘太郎は内心では気遣いながらも心を鬼にして言う。


「き、如月さん、今は外を勝手に出歩いてはいけません。あの殺人鬼がどこの誰で、どこに隠れているかが分からない以上、あなたを一人にする訳にはいきません。今は行動を出来るだけ自粛して下さい。あなたが我々の依頼人である以上、依頼人の危険を護るのも探偵の仕事ですから。なので今は俺の言うことを聞いて下さい。お願いします」


「分かりましたわ……探偵さん。では私は自分の部屋で大人しくしていますね」


 そう言うと如月栄子は、雪道に足跡をつけながら山荘ホテルの方へと大人しく戻って行く。


(すいません……如月栄子さん。でもこれもあなたの身の安全の為です)


 そう心の中で呟くと勘太郎は気分を入れ替え、直ぐに羊野の方を見る。


「よし、では羊野、俺達も山荘ホテルの方に戻るか。戻って山荘ホテルにいる人達を一人ずつ取り調べるぞ!」


 そう意気込む勘太郎に羊野は不適に笑いながら答える。


「フフフフ、申し訳ありませんが黒鉄さん。私はもう少しここで何者かに破壊されたというロープウェイの機械やゴンドラを調べてみたいと思いますので先に戻って取り調べの準備をしてて下さい。こちらも調べ終えたら直ぐにそちらに駆けつけますから」


「またかよ、お前はいつもそうだな。だがまあ、わかったよ。なら後で必ずこいよ。一人でする取り調べは中々にキツい物があるからな!」


「フフフフ、分かっていますわ」


 そう言うと羊野は破壊されたロープウェイの機械を調べる為、ロープウェイ乗り場の建屋の中へと入り。一方勘太郎の方は登山サークルの部員達が待つ山荘ホテルの方へと足を向けるのだった。

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